新潟大学医学部医学科

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開学〜昭和前期

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新潟大学医学部年表 新潟歴史年表 日本・世界の歴史
官立医学専門学校設立以前  
1869 (明治2)年

新潟市寺町五ノ丁(現、西堀通7番町)の正福寺内に施薬院と種痘所(施蘭薬院、新潟県施薬院)を設ける(5月12日)

  ●一世一元の制 明治維新
1870 (明治3)年 新潟仮病院(共立病院)の開設    
1873 (明治6)年

新潟病院の開院(新潟町横三番町)

●新潟遊園(後の白山公園が開園する
●第四国立銀行開業。新潟川汽船会社が新潟―長岡間に蒸気船を運航する

 
1876 (明治9)年

新潟病院が新潟県に移管され、県立新潟病院医学所と改称

   
1879 (明治12)年

県立新潟病院医学所が県立新潟医学校(乙種医学校)と改称

●新潟町・沼垂町でコレラ騒動。郡区町村編制法が実施され、新潟区に新潟区役所、新津村に中蒲原郡役所、巻村に西蒲原郡役所が置かれる

 
     

●新潟町で町の半分焼ける大火

 
1883 (明治16)年

県立甲種新潟医学校を改称

   
     

●初代萬代橋(木橋、長さ約782m)が完成する

 
     

新潟市市政施工

 
1888 (明治21)年

県立甲種新潟医学校の廃止

   
     

●横田切れ、木津切れと呼ばれる大洪水が起こり、蒲原全域が被害を受ける

 
       

●日清戦争が起こる

     

●新潟駅の完成

 
        ●日露戦争が始まる
     

●新潟市で2度の大火(3月と9月)、初代萬代橋が焼失する

 
1910 (明治43)年

官立新潟医学専門学校の開設(4月6日)

●2代目萬代橋が完成する。新潟県の北洋漁業家が露領沿海州水産組合新潟支部を結成する

●韓国を併合する

●辛亥革命

     

●新潟医学専門学校開学。新潟市で上水道竣工、給水を開始する

 
   

生徒募集の〆切である5月末日までに728人の応募があり
試験の結果入学許可者70人(第1回入学生)

 

●明治天皇が亡くなり、大正天皇が即位

     

●越後鉄道(現越後線)・白山―吉田間が開通する

 
1914 (大正3)年

第1回卒業生(51人)を送り出す(11月)

 

●第一次世界大戦が始まる

1915 (大正4)年

野口英世博士が来学し講演(10月)

   
     

●亀田郷で大洪水が起こる(曽川切れ)

 
       

●ロシア革命

1922 (大正11)年

官立新潟医学専門学校が医科大学に昇格し、官立新潟医学大学となる

●新潟市街自動車が新潟市内で路線バス営業を始める。大河津分水が通水する

 
1923 (大正12)年

関東大震災に際し「新潟医科大学救護班」を結成し上京

  ●関東大震災が発生する
1924 (大正13)年

病理学の川村麟也教授が「類脂質の研究」で帝国学士院賞牌を授与される

   
   

ドイツのフライブルク大学 アショフ教授が来学(7〜9月)

   
1925 (大正14)年

川村麟也教授が「恙蟲病の研究」を出版(本学教官の最初の出版物)

   
1926 (大正15)年

新潟医学大学としての第1回卒業生(18人)が卒業(3月)

  ●大正天皇が亡くなり、昭和天皇が即位
1927 (昭和2)年

付属図書館が設置される

   
1929 (昭和4)年

精神病科病室と伝染病室が現在の地に移転、医科大学関係施設が全て現在の地に集約される

 

●アメリカの不景気が世界に広がり、世界的に大不景気になる

     

●信濃川両岸の埋め立て工事が始まる。3代目萬代橋が完成

 
1931 (昭和6)年

付属医院入院患者の便宜に資するために「財団法人協和会」を設立

●昭和橋完成。上越線全線開通。ラジオ本放送開始(NHK新潟放送局)

●満州事変が起こる

        ●盧溝橋事件をきっかけに日中戦争が起こる
     

●小林デパート(現三越)、万代デパート(現大和)が開業

 
1939 (昭和14)年

勅令第315号により、四年制の新潟医学大学臨時付属医学専門部が併設される

   
1940 (昭和15)年

学生の公館としての「有壬公館」が設置される

   
1941 (昭和16)年

日中戦争激化し、文部省訓令により「新潟医科大学報国団」結成(4月)

 

●太平洋戦争が起こる

1944 (昭和19)年

3月31日、勅令第200号改正により、付属医学専門学校と改称

   
1945 (昭和20)年

戦況激しく、医科大学各教室が市街に疎開

●5月、アメリカ軍の爆撃機による新潟港への機雷投下が始まり、港が閉鎖される。新潟が原爆投下目標の1か所となる。8月、アメリカ軍の艦載機による空爆で多くの人が亡くなる

●アメリカ軍の沖縄への上陸
広島・長崎に原爆が落とされる。
ポツダム宣言を受け入れ、連合国に無条件降伏する

1947 (昭和22)年

昭和天皇が本学に行幸(伊藤辰治教授、伊藤泰一教授が恙蟲病について、中田瑞穂教授が脳腫瘍について御進講)

   
   

放射線医学教室より火災(9月)

   
1949 (昭和24)年

国立学校設置法(昭和24年法律第150号)の公布により、新潟大学(人文学部、教育学部、理学部、医学部、工学部、農学部)が設置される

 

●中華人民共和国、成立

         
       

●朝鮮戦争が起こる

1951 (昭和26)年

付属病院外来棟が火災により消失(11月)

●會津八一、澤田敬義、荻野久作の各氏が新潟市名誉市民に推される。泰平橋完成。土地改良区が設立され、低湿地の土地改良事業が始まる

 
1954 (昭和29)年

新潟医科大学の最終卒業式(第30回生)(3月16日)

   
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昭和後期〜現在まで

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1955 (昭和30)年

新潟大学医学部としての第1回卒業生(98名)を送り出す(3月)

●新潟大火

 
   

新潟大学大学院医学研究科(博士課程)が設置される(4月)

   
1956 (昭和30)年

付属病院外来棟(鉄筋コンクリート4階建て)が完成

   
   

皇太子殿下の御来学(7月) 伊藤辰治医学部長が害虫病関係標本等についてご説明

   
1957 (昭和32)年

新潟大学医学部付属脳外科研究施設が設置される(4月)

   
1960 (昭和35)年

新潟大学医学部創立50周年

 

●ベトナム戦争の開始

     

●八千代橋が完成する

●キューバ危機

1963 (昭和38)年

医学部付属衛生検査技師学校が設置される

   
1964 (昭和39)年

新潟で開催の国民体育大会に天皇陛下が御臨幸の際、本学を御視察

●船見下水処理場操業開始。国体に向けた整備のため、市街地の堀がすべて埋め立てられる。第19回国民体育大会(新潟国体)が開催される
新潟地震発生(M7.5)

●東海道新幹線が開通する

   

新潟地震により旧有壬会館が半壊

   
   

新潟日報社と共同して「新大・日報震災診療団」を編成、市内を巡回診療

   
1965 (昭和40)年

医学部は五十嵐地区移転を保留とすることを決定

   
   

椿忠雄・植木幸明両教授が県衛生部に対して阿賀野川流域の有機水銀中毒患者発生を報告

   
1966 (昭和41)年

インターン闘争で学生が医師国家試験をボイコット

 

●中国文化大革命

   

新潟水俣病の存在を確認 神経内科椿忠雄教授を中心に医学部関連教室が協力し、臨床・疫学・実験的研究が進められた

   
1967 (昭和42)年

新潟大学脳研究所が設置される(4月)

   
1969 (昭和44)年

学園紛争が激化、カルテの封鎖も行われ一般市民にも被害が及ぶ

 

●アメリカのアポロ11号が月面着陸

     

●米の生産調整(減反)が始まる。翌年、福島潟の干陸式が挙行される

●日本万博博覧会が開催される

1971 (昭和46)年

脳研究所付属脳疾患標本センターが設置される(4月)

●新潟市公害防止条例が施工される。「ジュリアナ号」が座礁し、大量の原油が流出する

 
1972 (昭和47)年

白菊会新潟大学支部が発足する(昭和52年に新潟白菊会として独立)

●関屋分水路通水

●沖縄諸島が日本に復帰する

1973 (昭和48)年

新潟大学医学部付属腎研究センターと付属動物実験施設が設置される(4月)

●新潟空港初の国際定期航空路、新潟−ハバロフスク線開設。新潟市民病院開院。新潟バイパス・亀田バイパスが開通する。万代シティバスセンタービル・ダイエー新潟店開店

 
1974 (昭和49)年

医学部研究棟(東研究棟)が完成(2月)

   
   

新潟大学医療技術短期大学部が設置される(6月)

   
1975 (昭和50)年

旧本館(明治43年開校時の建物)が解体される

 

●ベトナム戦争が終結

   

医学部基礎校舎および臨床研究棟が完成(3月)

   
1982 (昭和57)年

現在の付属図書館旭町分館が完成する

●上越新幹線・新潟−大宮間が開通する(1985上野まで、1991東京まで開通する)

 
1985 (昭和60)年

新潟大学医学部創立75周年

●県庁が新光町に移転する。関越自動車道が全線開通する。千歳大橋が開通する

 
       

●昭和天皇の崩御

   

75周年記念事業の一環として有壬記念館が完成する

 

●天安門事件

       

●東西ドイツの統合(ベルリンの壁の崩壊)

       

●ソ連邦、解体

1992 (平成4)年

日露医学医療交流財団幹事大学として日露医学交流を進める

 

●湾岸戦争

     

●新潟港が中核国際港湾に位置づけられる

●阪神淡路大震災

     

●磐越自動車道の全線開通

 
1999 (平成11)年

医学部保健学科が設置される(10月)

   
2001 (平成13)年

大学院医歯学総合研究科が設置される(4月)

 

●アメリカ同時多発テロ

     

●柳都大橋・新潟みなとトンネル同時開通。2002FIFAワールドカップTM開催(ビックスワンで試合)

 
2003 (平成15)年

新潟大学医歯学総合病院設置(10月1日)

 

●イラク戦争

2004 (平成16)年

国立大学の法人化に伴い国立大学法人新潟大学に移行

●新潟市歴史博物館(みなとぴあ)開館。新潟県中越地震が発生する

 
   

新潟県中越地震(10月13日)に際し、被災医療機関、被災者への医療支援活動を行う

   
2005 (平成17)年

医歯学総合病院新病棟完成(8月)

   
2007 (平成19)年

新潟県中越沖地震に際し、大学病院内に災害対策本部を設置
現地 柏崎に医師を派遣、常駐

●政令指定都市に移行し、北・東・中央・江南・秋葉・南・西・西蒲の8区役所が開所する。北京事務所開設(自治体単独では全国初)。新潟県中越沖地震が発生する。中央図書館(ぽんぽーと)開館、新市民病院開院

 
2010 (平成22)年

新潟大学医学部創立100周年

   
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