研究プロジェクト

研究プロジェクト[I]:蛋白尿発症メカニズムの解明・新規治療法の開発

1.腎糸球体のバリア機構の解明・蛋白尿発症機序の解明

腎臓の機能がほとんど失われた状態である“慢性腎不全”の患者さんに対する治療は、血液透析(人工透析)療法、腹膜透析療法と、腎移植しかありません。ほとんどの“慢性腎不全”患者さんは、血液透析療法を受けておられる患者数は全国で30万人を超えています。
慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease: CKD)は、糸球体の濾器機能を示す指標であるGFRが60ml/min (正常の60%)以下になった低下した状態、もしくは持続する蛋白尿を示す状態と定義されていますが、CKD患者さんは、慢性腎不全の予備軍と考えられており、その総患者数は、約1.300万人(日本人全人口の8人に1人)と報告されています。
腎臓の主な役割は、尿を作ることです。生きていくための代謝で生じた老廃物を尿として排泄する一方で、身体に必要な蛋白質は尿中に漏らさないようにしています。このための濾過装置が糸球体と呼ばれる構造物です。糸球体は、人の場合1つの腎臓に約100万個存在しています。“蛋白尿”は、糸球体の濾過バリアがうまく機能していない状態を示しています。糸球体の下流には、尿細管と呼ばれる管があります。糸球体で濾過された尿の元(原尿)に蛋白質が多く含まれていると、尿細管は、その蛋白質を再吸収して体に戻そうとします。この作業は、尿細管に過重な負荷をかけることになり、尿細管も傷んでいきます。それが続くと、腎臓全体が壊れていきます。蛋白尿は、糸球体濾過バリアの障害示しているだけでなく、蛋白尿自体が、腎不全へと進行させる最も重要な悪化因子となっていると考えられています。蛋白尿を抑制、改善することができれば腎不全への進行を防ぐ、少なくとも遅らせることができると考えています。
最近の疫学的な研究で、持続的な蛋白尿を示す人は、脳卒中、心筋梗塞などの血管疾患の発症率が、正常の人の約3倍であると報告されています。蛋白尿と、脳、心血管障害との間の因果関係は、まだ不明ですが、蛋白尿を改善させるための新規治療法開発は極めて重要な、早期に達成すべきの課題です。 


私たちの研究室(新潟大学医歯学総合研究科附属腎研究センター腎分子病態学分野)の大きな研究課題の1つは「蛋白尿の発症機序の解明、有効な新規治療法の開発」です。


過去10余年の研究で、多くの糸球体疾患における蛋白尿は、糸球体上皮細胞(ポドサイト)の細胞間接着装置であるスリット膜のバリア機能障害により発症すると考えられてきており、スリット膜構造の解明が進みました。しかしながら、スリット膜の分子組成、バリア機能維持のための制御機構など不明な点が多く残されています。また、各種疾患におけるポドサイト障害の発症機序、スリット膜のバリア機能が低下するメカニズムはまだほとんどわかっていないというのが現状で、病態の解明、新規治療標的分子の探索が進められています。 
腎臓の濾過装置である糸球体は、毛細血管が糸玉のようになっています。尿は、ここを流れる血液から作られます。ここで体に不必要な老廃物は尿中に排泄され、(正常状態では、)身体に必要な血液中の蛋白質はほぼ100%ブロックされて尿中に排泄されません。このバリアとなる糸球体の毛細血管の壁は、内皮細胞、糸球体基底膜、そしてその外側を糸球体上皮細胞(ポドサイト)の突起が覆っている3層構造でできています。この壁で血液中の蛋白質が尿中に漏れるのを防いでいます。ポドサイトの突起は足突起と呼ばれています。必ず別の細胞体から出た突起が隣になるように絡まり合っており、隣り合う足突起の間は、スリット膜と呼ばれるフィルター様の構造物でつながれています。(下図参照)

血液中の蛋白質が尿中に漏れでるのを防ぐメインバリアーはどこか?ということについて古くから論争があります。私達の研究グループは1980年代からスリット膜の重要性を示す所見を世界に先駆けて報告してきました。当時、メインバリアーは糸球体基底膜であるとする考え方が主流でしたが、現在、私たちの考えが広く受け入れられています。臨床症例での研究の積み重ねから、日常の臨床で見られる蛋白尿の多くは、スリット膜のバリア機能の破綻により発症すると考えられています。スリット膜のバリア構造維持に最も重要な分子であるとされているのはNephrinと呼ばれる細胞膜1回貫通型の分子です。Nephrinは血清蛋白質の通過を防ぐ遮断機のような役割を果たしていると考えられています。私たちはNephrinの細胞外部の特定の部位を刺激することにより著明な蛋白尿が誘導されることを証明しました。しかし、スリット膜の分子構造、バリア障害の発症機序はまだ十分に解明されておりません。私たちは、正常糸球体とネフローゼ症候群モデルの糸球体の発現分子を詳細に比較することによりバリア機能維持に関わる分子群を同定してきました。(JASN 17: 2748, 2006, Kidney Int 72: 954, 2007, Am J Physiol 300: R340, 2011)(現在わかっているスリット膜の分子構造は下図です。)この中で私たちが現在注目している分子はSV2B、Ephrin-B1、Par6です。KOマウスなどを用いた解析を行い、これら分子の発現低下、機能低下によりスリット膜の分子構造が変化し、著明な蛋白尿がもたらされることを報告してきました(Lab Inv 95: 534, 2014, JASN 29: 1462, 2018, Am J Pathol 190: 333, 2020)。Ephrin-B1は、Nephrin同様、1回膜貫通型の分子で、細胞外部でNephrinと結合しています。Nephrinが刺激を受けるとEphrin-B1がリン酸化し、スリット膜を裏打ちする分子群の分子構造、結合様式を変化させスリット膜のバリア機能が低下し、蛋白尿が発症することを証明しました。現在、リン酸化Ephrin-B1によりもたらされるシグナル系の解析を中心に研究を進めています。


糸球体を外側からみた走査電子顕微鏡像      糸球体血管壁の透過電子顕微鏡像


 

<スリット膜の分子構造>

 

2.ネフローゼ症候群の新規治療法、診断法の開発

私たちが同定してきたスリット膜の機能分子群は、蛋白尿に対する新規治療法開発のための標的分子としても重要であると考えられます。これらの分子群の中で現在、治療標的として注目しているのはSV2B(Synaptic vesicle protein2B)とその関連分子群です。これまでの一連の研究でSV2Bがポドサイトのスリット膜の近傍に発現していること、蛋白尿発症時その発現が著明に低下すること、Nephrinなどのスリット膜機能分子群の細胞内輸送に関与していることを証明してきました。SV2Bとのその関連分子が治療標的となることについては既に特許を取得しており(特許第6770741)、これらの分子を標的とした新規治療法の開発に向けた研究を進めています。現在、製薬関連企業から供与をうけた各種化合物を用いたスクリーニング試験を行っています。
SV2Bはシナプス小胞膜の表面に発現している分子として同定、報告された分子で、その関連分子もシナプスの機能維持に関わる分子群として同定された分子です。これらの分子の一部は、神経領域では病態との関係についての検討が進んでおり、その分子に対する保護作用を持つ薬剤、化合物がすでに開発されているものもあります。私たちはこれらの薬剤、化合物の腎における効果の検討も進めております。治療効果を確認することができれば、腎疾患へ適応拡大などにより、比較的早期に臨床で利用することが可能だと考えております。
SV2B関連分子の一部は高度蛋白尿を呈する検体の尿中で検出されること、予後の悪い疾患で早期から検出できることを確認しており、これらの分子は、ネフローゼ症候群の予後判定マーカーとしても有用であることを示してきました。一連の分子は診断マーカーとしての特許を取得しています。その他、私たちが同定したスリット膜機能分子の関連分子の一部は病態鑑別のための尿中マーカーとして有用であることを確認しており特許出願しております。現在、診断キットの作製に向けた研究を進めています。

3. 蛋白尿と他臓器疾患との連関機構の解明  

蛋白尿陽性者は心、脳など他臓器の疾患、生体各所の多くの組織障害の発症率が高い(脳血管疾患の発症率は約3倍)という統計データが報告されています。蛋白尿は腎機能(GFR)の低下に独立した危険因子であることも示されています。しかしながら、蛋白尿とこれらの疾患との(因果)関係は解明されていません。私たちは、蛋白尿とこれら他臓器疾患とに共通する発症メカニズムが存在すると考え研究を進めています。糸球体は動脈と動脈の間に位置する特殊な毛細血管網です。糸球体毛細血管壁のバリア障害により発症する蛋白尿は、生体各所の動脈系の障害を感知するモニターとしての役割を果たしていると考えています。また、これまでの一連の研究で、スリット膜の機能分子として同定した分子には血液脳関門や、胎盤バリアに共通する機能分子も含まれており、蛋白尿は生体各所のバリア機能の障害を示す症候と捉えることができます。ポドサイトは特徴的な突起を持つ終末分化細胞で、神経細胞と多くの機能分子を共有しています。ポドサイトの細胞間接着装置であるスリット膜は、神経細胞間の接合装置であるシナプスと共通の分子機構があると想定されます。私たちは蛋白尿とてんかんなど神経内科領域の障害とに共通する分子機構があることも示してきました。ポドサイトは内耳の有毛細胞と共通する分子機構が存在し、難聴関連分子のポドサイトでの発現も証明しています。これまで、神経内科領域、循環器内科領域、耳鼻科学領域の研究者との共同研究も進めています。蛋白尿発症の分子メカニズムの研究を通じて、多くの他臓器疾患の病態解明に貢献したいと考えております。

研究プロジェクト[II]: メサンギウム増殖性腎炎の発症、進行機序の解明

私たちの教室のもう一つの大きな研究テーマは慢性糸球体腎炎の解明です。IgA腎症に代表される慢性糸球体腎(メサンギウム増殖性腎炎)は、腎不全に至るもっとも重要な原因疾患のひとつですが、その発症、進行メカニズムの分子レベルでの解明はなされていません。これまで糸球体腎炎の発症機序の解明が進んでこなかった理由の1つは、病態解明のために重要な適切な動物モデルがなかったことがあげられます。従来、用いられていた動物実験モデルが可逆性のモデルであったことが、進行機序の解明が進まない原因の一つでした。
私達の教室では、ヒトメサンギウム増殖性腎炎のモデルとなる進行性の腎炎モデルの作製に成功しました。このモデルは国内外で高い評価を受け、厚生省の班研究を始め、アメリカ、ドイツ、イギリスなど多くの研究グループで用いられています。私達の教室では、このモデルを用い、各種炎症性メディエーターの役割を解析し、病変進行の責任因子を同定する作業を続けています。また、これら因子の機能を抑制し、腎病変を改善させる方法の確立を目指しています。この研究の目的は、糸球体腎炎の治療、予防法を確立し、現在、年々増加している腎不全(透析療法)患者数を減少させることです。

最新の研究成果

1.FKBP12

安田英紀先生らの免疫抑制剤タクロリムスの結合蛋白質FKBP12のアクチン細胞骨格維持機能についての研究成果が、The FASEB journal (5-Year Impact Factor 6.103)に掲載されました。FKBP12が糸球体上皮細胞のアクチン細胞骨格と細胞突起の維持に機能し、タクロリムスがFKBP12の機能を安定化する事で蛋白尿抑制効果を示す事を解明しました。本研究はタクロリムスの蛋白尿抑制効果の新規薬効機序を明らかにし、FKBP12の安定化が蛋白尿の治療戦略である事を示しました。本研究成果は糸球体上皮細胞の障害の発症機序の解明、新規蛋白尿治療法の開発への貢献が期待されます。

Ⅰ.研究の背景
糸球体毛細血管壁の基底膜を外側から覆う糸球体上皮細胞(ポドサイト)は、足突起と呼ばれる複雑に噛み合った特徴的な細胞突起を持ちます。このポドサイトの足突起はアクチン線維によって構成され、糸球体毛細血管壁の構造維持に不可欠な役割を担っています。ポドサイトが傷害されると、アクチン細胞骨格の再構成が起こり、足突起が消失し、蛋白尿が発症します。そのため、アクチン細胞骨格と足突起構造の維持は蛋白尿の進行を防ぐ為に重要な治療戦略となります。免疫抑制剤として広く使われるタクロリムスは、T細胞で脱リン酸化酵素カルシニューリンを阻害し、炎症性サイトカインの分泌を抑制する事で免疫抑制効果を示します。ネフローゼ症候群でタクロリムスはT細胞非依存的に蛋白尿抑制効果を示す事が報告されていますが、その薬効機序は不明でした。FK506結合蛋白質(FKBP)12はタクロリムス(FK506)の結合分子として同定されました。タクロリムスはFKBP12に結合し、この複合体がカルシニューリンを阻害します。このFKBP12はタクロリムス非依存的にも生理的な細胞内シグナル調節因子として働くことが報告されていますが、FKBP12の腎臓での発現と機能、タクロリムスのFKBP12の生理的機能に与える影響は明らかにされていませんでした。

Ⅱ.研究の概要
本研究ではFKBP12が腎臓内では糸球体に豊富に発現し、糸球体内では糸球体上皮細胞(ポドサイト)に限局して発現する事を明らかにしました。ポドサイトでFKBP12はアクチン細胞骨格近傍に発現し、アクチン関連蛋白質の14-3-3β、シナプトポディンと相互作用する事を示しました。また、いくつかの重篤な蛋白尿を示す実験的ネフローゼ症候群モデルの糸球体で、ポドサイトのFKBP12発現は低下し、FKBP12の減少は14-3-3β発現の低下とアクチン線維の再構成、細胞突起の減少を引き起こす事を示し、FKBP12発現の低下がネフローゼ症候群の病態発生に関与する事を明らかにしました。更に、タクロリムスがFKBP12、14-3-3β、シナプトポディン複合体の相互作用をリン酸化非依存的に増強し、アクチン細胞骨格のFKBP12を保持する事でポドサイト障害を軽減する事を明らかにしました。これらの知見によってFKBP12の新たなアクチン細胞骨格の維持における機能と、タクロリムスのカルシニューリン非依存的なポドサイト保護効果の薬効機序を明らかにしました(下図)。

 

Ⅲ.研究の成果・発展性
タクロリムスの結合分子であるFKBP12が糸球体上皮細胞(ポドサイト)のアクチン細胞骨格と細胞突起の維持に機能し、蛋白尿発症の抑制に重要な役割を果たしている事を明らかにしました。この事から、FKBP12は蛋白尿、ネフローゼ症候群の新規治療法開発のための新たな標的分子であると考えます。FKBP12と細胞骨格関連分子の結合性の増強効果を持つ各種薬剤、化合物のポドサイト保護効果を検討し、新規治療薬の開発を目指します。
これらの研究成果は、2021年10月18日にThe FASEB journalに掲載されました。

 

2.NHERF2

福住好恭先生らのスリット膜の裏打ち構造についての研究成果がThe American Journal of Pathology誌(5-Year Impact factor 5.48)に掲載されました。蛋白尿発症の責任部位である腎糸球体上皮細胞スリット膜のバリア機能維持のための分子連結構造を解明し、その連結構造が崩壊し蛋白尿が発症するメカニズムを明らかにしました。蛋白尿発症メカニズムは未解明な部分が多く、有効な治療薬が開発されていません。本研究成果は新規蛋白尿治療法開発への貢献が期待されます。

Ⅰ.研究の背景
私達の研究室は、糸球体上皮細胞の細胞と細胞の間に存在するスリット膜という構造物が、蛋白質が尿中に漏れ出ないようにしている最終バリアで、踏切の遮断機に相当する役割を果たしていることを世界に先駆けて明らかにしました。この遮断機の構造が不安定になると、蛋白質が尿中に漏れ出てしまいます。この状態が蛋白尿です。これまでの研究で、この遮断機にはネフリン、エフリン-B1と呼ばれる分子が存在していることを明らかにしてきましたが、この遮断機を安定化させるための細胞の内側の分子構造は不明でした。


Ⅱ.研究の概要
これまでの研究で、ネフリン、エフリン-B1がスリット膜のバリア構造を担う主要分子であることを明らかにしました。本研究では、エフリン-B1の関連分子を同定するため、次世代シーケンサを用いて、エフリン-B1欠損マウス(エフリン-B1 KOマウス)で発現が変化している分子を網羅的に解析し、細胞膜の裏打ち分子であるNHERF2の発現が著明に低下していることを発見しました。この所見は、NHERF2がエフリン-B1の関連分子であることを示していると考え、NHERF2のスリット膜での発現、機能の検討を行い、NHERF2は、エフリン-B1並びに細胞骨格関連分子であるエズリンと結合しており、エフリン-B1とエズリンを連結させていることを明らかにしました。
重篤なタンパク尿を示す病態であるネフローゼ症候群の実験モデルを用いた検討を行い、病変誘導直後からNHERF2の発現が著明に低下していることを観察しました。さらに培養細胞を用いた検討を行い、スリット膜が刺激を受けると、正常でリン酸化していないネフリン、エフリン-B1がリン酸化し、正常でリン酸化しているNHERF2、エズリンが脱リン酸化し、ネフリンーエフリン-B1-NHERF2-エズリンーアクチン細胞骨格の連結構造が崩壊することを示しました。この分子連結構造が崩壊することにより、スリット膜のバリア機能の障害が起こり、蛋白尿が発症すると考えられました。一連の変化においてNHERF2の脱リン酸化がこの分子連関を崩壊させるキーイベントであることを明らかにしました(図1)。


Ⅲ.研究の成果・発展性
蛋白尿の発症時、糸球体上皮細胞の形態の変化、細胞骨格の異常も観察されるため、スリット膜の機能維持には細胞骨格との連結が重要であると考えられてきましたが、連結に関わる分子構造は解明されていませんでした。今回の研究で、NHERF2がスリット膜部に発現しており、スリット膜の細胞外部を構成する分子と細胞内の細胞骨格を連結させ、スリット膜を安定させるために重要な役割を果たしていることを明らかにしました。今回明らかにした<ネフリンーエフリン-B1―NHERF2―エズリンーアクチン細胞骨格>連結はスリット膜のバリア機能維持だけでなく、糸球体上皮細胞の形態維持に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。
NHERF2の脱リン酸化抑制は、蛋白尿、ネフローゼ症候群の新規治療法開発のための戦略として重要であると考えます。今後、各種薬剤、化合物を用いた検討を行い、蛋白尿の新規治療薬の開発を目指します。
これらの研究成果は、2021年7月1日、American Journal of Pathology誌に掲載されました。(本論文で発表した写真が掲載誌7月号の表紙に採用されました(図2)。)

論文タイトル:Nephrin-Ephrin-B1-Na+/H+ Exchanger Regulatory Factor 2-Ezrin-Actin Axis Is Critical in Podocyte Injury
著者:Yoshiyasu Fukusumi, Hidenori Yasuda, Ying Zhang, Hiroshi Kawachi
Department of Cell Biology, Kidney Research Center, Niigata University Graduate School of Medical and Dental Sciences, Niigata, Japan
The American Journal of Pathology, Vol. 191, No. 7, July 2021. doi: 10.1016/j.ajpath.2021.04.004

 

3.Par complex

高村紗由里先生らのスリット膜の裏打ち構造についての研究成果がThe American Journal of Pathology誌(5-Year Impact factor 4.36)に掲載されました。Par-3/Par-6/ aPKC/Cdc42からなるPar complex (Par 複合体) がスリット膜の裏打ち部に存在し、スリット膜の構造、機能維持に重要な役割を果たしていること、Par-6のシグナル制御が新規治療法開発の戦略として重要であることを示しました。本研究は、新規蛋白尿治療法開発につながる重要な研究として注目されています。

Ⅰ.研究の背景
 慢性腎臓病患者は1300万人以上と推定されており、腎臓病は新たな国民病ととらえられています。「蛋白尿」は腎疾患の最も重要な症候であるだけでなく、腎臓病を進行させる悪化因子でもあります。また、蛋白尿を示す方は、脳・心血管疾患の発症率が3倍以上であると報告されており、「蛋白尿」と脳・心疾患に共通する分子メカニズムがあると想定されています。
私達の研究室は、腎糸球体上皮細胞(ポドサイト=たこ足細胞)の細胞間接着装置であるスリット膜と呼ばれる構造物が、尿に血漿蛋白が漏出するのを防ぐ主要なバリアであることを明らかにし、スリット膜の分子構造の解明を進めてきましたが、スリット膜の機能維持、構造維持に重要な役割を担っているスリット膜細胞質部の裏打ち構造は長く不明でした。

Ⅱ.研究の概要
最近私たちは、ともに1回膜貫通型の膜蛋白質であるネフリンephrin-B1の2つの分子が細胞外部で結合しており、スリット膜のバリア構造を形成していることを報告しました(Fukusumi Y et al JASN, 2018)。Par-3/Par-6/ aPKC/Cdc42からなるPar complex (Par 複合体)は上皮系細胞の極性形成に重要な役割を果たしているとされていましたが、ポドサイトでの役割は不明でした。今回、私たちはPar-6がephrin-B1と、Par-3がネフリンと細胞質部で結合していることを明らかにしました。ネフリン/ephrin-B1/Par-3/Par-6からなる4分子複合体は細胞外部でネフリン/ephrin-B1、細胞質部でPar-3/Par-6が連結し強固なバリア構造を形成していることを明らかにしました。細胞外部に突き出た長い分子であるネフリンが細胞外部から刺激を受けると、刺激がephrin-B1、Par-6、Par-3に伝えられ、Par複合体がネフリン/ephrin-B1複合体から離れ、ネフリンとPar-3、ephrin-B1とPar-6間の結合も緩み4分子複合体がバラバラになることを示しました。(下図)

 

Ⅲ.研究の成果・発展性
Par-6/ephrin-B1の結合性の低下、発現低下がスリット膜障害発症に見られる最初の変化であることを明らかにしました。Par-6/ephrin-B1結合の保持、ephrin-B1―Par-6間のシグナル伝達抑制が、蛋白尿に対する新規治療法開発の戦略として重要、有望であることを提示しました。また、Par-6、ephrin-B1は、スリット膜傷害の初期病変を感知する有用な標的分子であると考え、これら分子を指標とした新規診断法の開発を産学共同研究で進めています。
本研究はAmerican Journal Pathology誌2月号に掲載されました。                         (Takamura S et al. Partitioning-Defective-6-Ephrin-B1 Interaction Is Regulated by Nephrin-Mediated Signal and Is Crucial in Maintaining Slit Diaphragm of Podocyte)
doi: 10.1016/j.ajpath.2019.10.015.


4.Ephrin-B1

福住好恭先生らのEphrin-B1に関する論文がJASN誌(Impact factor 9.423)に掲載されました。Ephrin-B1がネフリンの基部で結合しスリット膜のバリア機能維持に重要な役割を果たしていること、スリット膜が感知した情報をネフリンと別経路で細胞内に伝えることを示した研究で、蛋白尿の発症機序の解明、新規蛋白尿治療法開発につながる重要な研究として注目されています。

Ⅰ.研究の背景
慢性腎臓病(注4)の総患者数は、約1.300万人と推定されており、新たな国民病と捉えられています。腎臓の主な役割は尿を作ることです。腎臓は、人が生きていくために行われる代謝で生じた老廃物を尿として排泄する一方で、身体に必要なタンパク質を尿中に漏らさないようにしています。このための濾過装置が糸球体と呼ばれる構造物です。タンパク尿はこの濾過装置のバリア機能が低下し血液中のタンパク質が尿中に漏れ出てしまっている状態です。タンパク尿は、腎臓病の濾過装置の傷害を示す最も重要な臨床所見であり、タンパク尿自体が腎臓病をさらに進行させる悪化因子であることが明らかになっています。また、タンパク尿を示す人は、脳卒中や心血管疾患の発症率が約3倍であるとする統計学的な検討結果が報告されており、タンパク尿は、これら生命予後に重大な影響を与える他臓器疾患の発症にも関連していることが明らかになっています。新潟大学腎研究センター腎分子病態学分野の研究グループは、糸球体上皮細胞の細胞間に存在するスリット膜という構造物が、タンパク質が尿中に漏れ出ないようにしている最終バリアであることを世界に先駆けて明らかにしました。スリット膜は小さな孔を持つ格子状の構造をしています。老廃物は小さい分子のためこの格子構造の孔を通過しますが、分子径の大きいタンパク質はこの孔を通れません。腎臓病の患者さんでは、この格子構造に異常が起こり、孔が大きくなり、タンパク質が尿中に漏れ出てしまいます。この状態がタンパク尿です。スリット膜のこの格子構造がどのような分子で形成されているのでしょうか?その詳細は現在も不明です。また、どのような機序でこの分子構造が変化してタンパク尿が発症するのか?ということについてはまだほとんど分かっていないというのが現状です。そのため、タンパク尿に対する有効な治療法が確立されていません。
Ⅱ.研究の概要
スリット膜の格子構造の中心部は、Nephrinと呼ばれる分子量18万ダルトンの大きい分子が重なりあって形成されていることが報告されていましたが、一定の大きさの孔をもつ頑丈な格子構造を維持するための分子構造の詳細は不明でした。これまでの研究で、エフリン-B1がスリット膜に発現していること、タンパク尿を呈する病態で発現が低下していることを報告してきました。本研究では、スリット膜におけるエフリン-B1の発現を随時に低下させることができる遺伝子改変マウスを開発し、スリット膜におけるエフリン-B1の機能を解析しました。スリット膜の分子構造の維持にエフリン-B1が重要な役割を果たしていること(図1左)、エフリン-B1を欠損させたマウスはタンパク尿を発症すること(図1右)を明らかにしました。

図1

 

エフリン-B1とNephrinはともに細胞膜を1回貫通して細胞外に突き出た細胞膜分子ですが、エフリン-B1は分子量4万ダルトンの比較的小さい分子です。本研究では、エフリン-B1とNephrinの結合様式を詳細に解析し、エフリン-B1は、Nephrin分子を根元で支えるような形で結合していることを明らかにしました(図2-A)。さらに、Nephrin分子が抗体などで刺激されると、Nephrinと結合しているエフリン-B1がリン酸化(注5)されます。リン酸化されたエフリン-B1はNephrinとの結合性が低下し、スリット膜の分子構造が変化し、タンパク尿が発症することを示しました(図2-B)。エフリン-B1を欠損したマウスでは、スリット膜の精緻な分子構造が形成されないため、タンパク尿が発症すると考えられます(図2-C)。また。リン酸化されたエフリン-B1はJNKシグナル(注6)を活性化させること、また、エフリン-B1を欠損したマウスでは、JNKシグナルの活性化が顕著に低下することを発見し、エフリン-B1が糸球体でのJNKシグナルを制御していることを明らかにしました(図3)。さらに、リン酸化エフリン-B1により下流のJNKシグナルが活性化されると細胞の運動性が亢進することを発見しました(図4)。糸球体上皮細胞の運動性が亢進すると糸球体が不安定になり、一定の孔を持つスリット膜構造の維持が難しくなり、さらに重篤なタンパク尿を引き起こすと考えられます。本研究では、ネフローゼ症候群(注7)の症例、ラットのネフローゼ症候群モデルでは、エフリン-B1の発現が低下し、残っているエフリン-B1がリン酸化していることを発見しました(図5)。エフリン-B1の発現、機能異常によりタンパク尿が発症する新たな分子機構を発見しました。

図2

 

図3                        図4


図5

 

Ⅲ.研究の成果
・タンパク尿の発症を防ぐバリア装置である腎糸球体上皮細胞スリット膜の分子構造の維持にエフリン-B1が重要な役割を果たしていること、エフリン-B1の発現低下、機能異常によりタンパク尿が発症することを発見しました。
・エフリン-B1はスリット膜が感知した細胞外の情報を細胞内に伝えるシグナル伝達分子としての役割を果たしていることを発見しました。
・ネフローゼ症候群の症例でエフリン-B1の発現が低下していることを発見しました。

Ⅳ.今後の展開  
本研究は、スリット膜のバリア機能維持におけるエフリン-B1の役割を解明し、タンパク尿発症の新たな分子機構を明らかにしました。エフリン-B1の発現低下の抑制、リン酸化抑制、JNK活性を制御する薬剤、化合物がタンパク尿治療薬として有効である可能性を示しました。今後、既存の薬剤、新規化合物での検討を行い、タンパク尿の新規治療薬の開発を目指します。

用語説明
(注1)腎糸球体上皮細胞:
糸球体を構成する3種の細胞の1つで、糸球体の最外層に位置し、糸球体の形態の維持、糸球体のバリア機能の維持において最も重要な役割を果たしている細胞。神経細胞や心筋細胞と同様、生体内で最も分化した細胞の1つで増殖能を持たない。
(注2)スリット膜:
糸球体上皮細胞間に存在する細胞間接着装置。血液中のタンパク質が尿中に漏れ出るのを防ぐ最終バリアとしての役割を果たしている。多くの腎疾患におけるタンパク尿は、スリット膜のバリア機能の障害により発症すると考えられている。
(注3)エフリン-B1:
1回膜貫通型の細胞膜分子。全身の多くの細胞で発現している。神経細胞や心筋細胞でエフリン-B1を欠損させたマウスでは、神経ネットワーク形成の異常、心臓の血管構築の異常が起こる。
(注4)慢性腎臓病:
腎の濾過機能を示す数値が60%以下になった状態、もしくは持続性のタンパク尿が確認されると慢性腎臓病と診断される。国内の総患者数は1,300万人と推定されている。慢性腎不全(腎機能が低下し、血液透析療法、腎移植が必要となる状態)の予備軍と考えられている。
(注5)リン酸化:
タンパク質の機能を変化させる化学反応(機能修飾)の1つ。タンパク質はリン酸化すると立体構造が変化し、多くの場合、機能が活性化する。活性化されたタンパク質は、他のタンパク質を活性化、あるいは不活性化させる。また、他のタンパク質と結合する、あるいは解離するなど多種多様な方法で細胞内にシグナルを伝達させる。
(注6)JNKシグナル:
細胞外からの様々なストレス刺激や細胞内のシグナルを核へ伝達するための主要な細胞内シグナル伝達システムの1つ。JNKは上流の活性化因子によりリン酸化されると活性化し,下流のタンパク質をリン酸化させる。核内に情報を伝え、遺伝子発現を調節することにより、アポトーシス、細胞運動などの細胞応答を誘導する。
(注7)ネフローゼ症候群:
高度なタンパク尿を示す病態。持続的なタンパク尿により血液中のタンパク質が低下するため、全身性の浮腫、感染に対する抵抗力の低下などの症状を呈する。

Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、のJournal of the American Society of Nephrology誌(米国腎臓学会誌)(インパクトファクター: 9.423)のオンライン版に平成30年3月31日(土)6時(日本時間) 掲載されました。
論文タイトル:Nephrin-binding ephrin-B1 at slit diaphragm controls podocyte functions through JNK pathway
著者:Yoshiyasu Fukusumi1, Ying Zhang1, Ryohei Yamagishi1, Kanako Oda2, Toru Watanabe3, Katsuyuki Matsui4 & Hiroshi Kawachi1*1) Department of Cell Biology, Kidney Research Center, Niigata University Graduate School of Medical and Dental Sciences, 2) Department of Comparative and Experimental Medicine, Brain Research Institute, Niigata University, Niigata, Japan 3) Department of Pediatrics, Niigata City General Hospital, Niigata, Japan4) Department of Internal Medicine IV, Teikyo University School of Medicine, Kawasaki, Japan

これまでの主な研究成果

・糸球体上皮細胞 (Podocyte) 足突起間に存在するスリット膜の分子構造の解明
・スリット膜構造の形成・維持機構の解明
・蛋白尿発症におけるスリット膜の分子構造の変化とその役割の解明
・レニン・アンジオテンシン系によるスリット膜構成分子発現調節機構の解明
・シナプス小胞によるスリット膜構成分子の輸送機構の解明
・病態鑑別のための新規診断法の開発・蛋白尿に対する新規治療法の開発
・糸球体硬化の発症機序の解明

1.蛋白尿発症におけるスリット膜の分子構造の変化とその役割の解明

私たちは、これまでにスリット膜の分子構造の解析を行い、微小変化型ネフローゼ症候群、巣状糸球体硬化症、膜性腎症などにおける蛋白尿発症にスリット膜を構成する分子群の発現低下・相互作用の変化が寄与することを明らかにした。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10792613
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12506137
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18715943
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15882266
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17667985


2.レニン・アンジオテンシン系によるスリット膜構成分子発現調節機構の解明

アンジオテンシンII受容体拮抗薬が蛋白尿抑制効果を示すことが証明されているが、そのメカニズムは明らかではなかった。私たちは、培養Podocyteを用いた実験及び病態モデルを用いた解析から、アンジオテンシンIIによるPodocyteに発現する1型受容体 (AT1) 刺激がスリット膜の主要な構成分子であるNephrin及びPodocinの発現を低下させること、2型受容体 (AT2) 刺激がNephrin及びPodocinの発現を逆に増加させることを明らかにした。以上の結果から、アンジオテンシンII受容体拮抗薬の蛋白尿抑制効果にはPodocyteにおけるスリット膜構成分子の発現低下抑制が寄与すると考えられた。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17525253

 

3.シナプス小胞によるスリット膜構成分子の輸送機構の解明

私たちは、シナプス小胞関連分子であるSynaptic vesicle protein 2B (SV2B) がPodocyteに発現しており、蛋白尿発症に先行してその発現が低下することを明らかにしてきた。蛋白尿発症におけるSV2Bの役割を明らかにするために、SV2Bノックアウトマウスや培養PodocyteにおけるSV2Bノックダウン系を用いて解析したところ、スリット膜構成分子の一つであるCD2APの細胞内局在が変化し、正常では認められる突起部分には観察されなかった。以上の結果から、SV2BはCD2APの細胞内輸送に関与し、正常な局在に寄与していると考えられた。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16943307
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25730372