教室検討会「手術部位感染(SSI:surgical site infection)対策について」
平成18年1月12日
竹山 智、青木陽一
<目的>
EBMに基づいたSSI管理の提示。
手術部位感染(SSI)とは
わが国と欧米では術後感染の概念に相違があり、わが国では術後感染症は「手術部位感染」も「手術部位(創)外感染」も両方ひっくるめて「術後感染症」と考えるのが一般的である。これに対し欧米では術後感染とはもっぱら前者の手術創や手術対象部位・臓器における感染を指し、SSIがまさにこれに相当する。すなわちSSIとは手術操作を直接加えた部位に発生する感染症である。
SSIは術後30日以内に発症する感染と規定されている。
手術部位感染(SSI)の定義
1.皮膚表層のSSI(superficial incisional SSI)
術後30日以内に発症し、切開部の皮膚または皮下組織に限定しており下記のうち少なくとも1項に該当するもの。
@ 切開部表層から排膿がある。
A 創浸出物から微生物が分離される。
B 発赤、腫脹、疼痛、発熱のうち少なくとも1つの感染徴候を認め、切開排膿の必要性があり、培養により菌が検出される。
C 医師が表層SSIであると判断した場合。
なお、縫合糸膿瘍や感染した熱傷、会陰切開創、新生児の環状切開術と切開部深層感染は除外される。
2.切開部深層にSSI(deep incisional SSI)
術後30日以内の感染であり、異物(インプラント)がある場合には術後1年以内に発症する感染をいう。感染は筋膜、筋層などに達し下記のうち少なくとも1項に該当するもの。
@ 切開部の筋膜や筋などの深層からの排膿。
A 創の自然哆開または発熱や圧痛を認め、外科医が開放創としたもので培養陽性である。
B 組織学もしくは放射線診断で膿瘍や感染が明らかとなっている場合。
C 医師が切開部深層SSIであると判断した場合。
(注)切開部の表層と深層の双方に及ぶ感染は深層SSIとして、また切開部から排膿する臓器/体腔SSIも深層SSIとして報告する。
3.臓器/体腔のSSI(organ/space SSI)
インプラントのない場合は手術30日以内に、インプラントを留置した場合には1年以内に発症した感染で、その感染は手術によるものであると考えられ、かつ、下記の少なくとも1項に該当するもの。
@ 臓器/体腔に創以外から挿入したドレーンからの排膿がある。
A 臓器/体腔からの体液または組織から微生物が検出される。
B その部位の感染の証拠が検査や手術および放射線検査で証明される。
C 医師が臓器/体腔感染であると判断した場合。
以後術前、術中、術後のSSI対策について示す。
<術前>
1.ステロイドの使用
一般にステロイドや免疫抑制剤を術前に投与されている患者は免疫抑制のため理論的にSSIの発生が効率になる可能性がある。しかし一方では術前ステロイドの使用と術後SSI発生の関連を否定する見解も少なからず認められ、CDC(centers for disease control and prevention)では手術前のステロイドの漸減や中止は特に推奨していない。
2.喫煙
喫煙がSSIのリスクを増大させるとして1999年のCDCのガイドラインではSSI防止のために術前30日の禁煙を推奨している。
喫煙がSSIを増やす理由として@コラーゲンの産生を低下させ創の一次治癒を遅らせる。A免疫能を低下させる。Bニコチンなどによる血管収縮とさらにそれに伴う組織の酸素化の低下などが考えられる。
3.糖尿病
糖尿病患者の術後のSSI発症のリスクは糖尿病を有しない場合の2〜3倍である。術前の血糖値よりも術後の高血糖(200mg/dL以上)が術後のSSIの発症リスクを倍増する。術後血糖値は150〜175mg/dL以下に管理する。
4.除毛処理
カミソリによる剃毛は感染率が高くなることは広く知られており除毛処理はバリカンで行うことが勧められている。適切な実施時期に関しては、術当日朝に除毛を行った場合の方が前日夕に行うより感染率が低いことが報告され、CDCも術直前に除毛することを推奨している。さらに、手術の妨げにならなければ除毛処置は行わないことが最も感染率を低下させるとされている。
<術中>
手術中の汚染が手術部位感染(SSI)のもっとも重要な原因の一つでありそのためにSSI予防対策は術中から術後数時間までがとくに重要とされている。
1.手術時手洗い
平成17年2月1日厚生労働省は医療法施行規則の一部を改正する省令で手術時手洗いに関して「滅菌手洗い」を「清潔な手洗い」に改めた。すなわち手術時手洗いに使用する水は水道水でかまわないこととなった。さらにCDCでは手術時手洗いは10分では皮膚傷害があり、5分でも10分と同等の菌数減少効果があるとされている。また、スクラブ消毒液での消毒後に擦式アルコール製剤を使用する方法はより短時間の手洗いが可能となる。ブラシ使用は皮膚を傷害し細菌増殖の原因となるため爪、指間のみの使用に限る。
2.予防抗菌薬
術前2時間から直前までの間に投与された場合の感染率が0.6%と最も低率で皮切から3時間以上遅れて投与した場合は高い感染率となっている。麻酔導入直後に抗菌薬の投与を行う。長時間の手術においては抗菌薬の術中再投与が行われる。フルマリン、セフメタゾン、パンスポリンは約1時間弱が半減期であるので本当は2時間での再投与が必要である。セファメジンは半減期1.6時間であるので予防抗菌薬の適正を有している。
3.創閉鎖手技
a.創消毒の是非
消毒薬は創傷治癒に必要な細胞に有害とされているため正常皮膚に使用するべきで創面には直接用いない。欧米では筋膜縫合後の皮下組織は消毒を行わず、スポイトを用いて生食で洗浄のみを行うことが一般的である。
b.腹壁の縫合
モノフィラメント糸が感染促進効果が最も少ないと言われている。
c.皮下組織の縫合
死腔をなくす目的で皮下脂肪を縫合することは逆にSSIを増加させる。手術創における皮下組織は真の意味で死腔ではなく米国では皮下組織が分厚い症例でも縫合は行っていない。
d.汎発性腹膜炎の創閉鎖
CDCのガイドラインでは汎発性腹膜炎の場合は手術時に創閉鎖をせず、筋膜を縫合したあとにガーゼを留置し、48〜72時間後に創閉鎖するDelayed primary closureという方法が記載されている。
<術後管理>
1.創傷管理
手術創部はガーゼで被覆するよりも適切な保温、湿潤環境を維持できるドレッシング材を用いることが望ましい。清潔手術、準清潔手術後の創部は術後48時間までは閉鎖式ドレッシング材で被覆し管理する。創部に異常がなければ抜糸まで透過性のよいドレッシング材で覆い、抜糸時に開放する。
一次縫合ができない場合には開放創として二次治癒を目指して創の管理を行う。開放創内の洗浄は消毒薬を用いることなく生理食塩水による洗浄を行うべきであり消毒は開放創周囲の皮膚にとどめるべきである。
2.ドレーンの管理
開放式ドレーンは外因性感染の原因となり閉鎖式ドレーンの使用がSSI発生率を低下させることから閉鎖式ドレナージを使用することが勧められている。
ドレーンは不要となればすぐに抜去すべきで術後48時間以上の留置は逆行性感染を生じることがあるため早期の抜去とすべきである。
<SSI発症時の治療>
1.表在・深部SSIの治療
a. 創の開放
自発痛、圧痛が前日より強い場合には創感染を疑い圧痛部で開放創とする。
創の開放は基本的に完全にドレナージを行うことが目的であるので、1針のみ抜糸して皮下にペンローズドレーンを入れたり、コメガーゼを挿入することは好ましくない。すべての創を開放するぐらいのつもりで行うことが必要である。
b.創のデブリードマン
表在・深部SSIではデブリードマンがその後の治癒を促進させるために大きな意義をもつ。方法は、外科的除去法、wet-dryドレッシング法、アルギン酸カルシウム、親水性ポリマー、間歇的高圧洗浄がある。
2.臓器/体腔SSIの治療
基本的原則はドレナージである。経皮的穿刺が不可能な場合は手術的なドレナージが必要となる。しかし敗血症を合併していることが多く、膿瘍の起因菌に感受性のある抗菌薬を選択して投与する必要がある。膿性浸出液の排出がドレーンから持続していても臨床的に全身の炎症反応が鎮静化されれば抗菌薬は中止可能である。
以上を踏まえて当科の手術部位感染(SSI:surgical site infection)対策を以下に示す。
『術前管理』
@ 術前4〜8週間の禁煙を勧める。少なくとも術前検査受診時からは禁煙してもらう。
A 手術前のステロイドの減量や中止は推奨されていない。
B 除毛処理はバリカンで術当日朝に行う。さらに、手術の妨げにならなければ除毛処置は行わない。
『術中管理』
C手術時手洗いは5分以内としブラシは爪、指の間のみに使用する。アルコール手指消毒も行う。
D 現行通り予防抗菌薬は手術直前に投与し、セファメジンは3時間を超えた時点で再投与を行う。フルマリン、セフメタゾン、パンスポリンを使用する場合は2時間での再投与を行う。
E ドレーンは情報ドレーンや予防的に使用しない。リンパ液や血液のドレナージを目的とする時に閉鎖式を用い、短時間で抜去する。長くても48時間程度とする。
F 消毒薬は正常皮膚に用いるべきで創面には直接用いない。閉腹時の創部に消毒は行わずシリンジなどを用いて圧をかけ生食で洗浄のみを行う。
G 皮下組織の縫合は皮下脂肪が2cm以上ある患者に対し現状通り3-0dexisonIIで皮下縫合を行う。
『術後管理』
H 術後血糖値は150〜175mg/dL以下に管理する。
I 創部に異常がなければ抜糸まで透過性のよい創部観察が出来るドレッシング材で覆い、抜糸時に開放する。それまで包交の必要はない。創の消毒は創傷治癒を遅延させる。
『SSI治療』
J 創部は開放し、開放創は消毒薬を用いず生理食塩水にて洗浄処置する。
K 感染徴候や壊死組織がなく赤みを帯びた健康な肉芽組織が形成されていればモノフィラメント糸で粗く縫合するか、サージカルテープを使用する。