がん抗原解析を基盤としたT細胞がん免疫監視メカニズムの理解と医療応用
がん治療の選択肢として免疫チェックポイント阻害剤が定着しつつあります。免疫チェックポイント阻害剤はT細胞を介してがんを抑制する治療法です。T細胞は、HLA上に提示されたがん抗原を目印に、がん細胞と正常細胞を識別します。しかし、この識別メカニズムには謎が多く残されています。私たちの研究グループは、免疫ペプチドミクスと呼ばれる新しいオミクス解析技術を駆使し、T細胞標的抗原の正体と反応性T細胞の特徴や変化を1細胞レベルで解析しています(図1)。がん抗原解析を基軸に新しい発見を目指し、がん医療の創生につなげたいと考えています。
免疫ペプチドミクスによるがん抗原探索
細胞はHLA分子を発現し、細胞内で分解された(あるいは細胞外から取り込まれた)様々なタンパクの断片(ペプチド)を提示しています。これらのペプチドとHLAの複合体はpeptide-HLA complex(pHLA)と呼ばれ、膨大な数の「免疫ペプチドーム」を形成しています。T細胞は標的細胞の免疫ペプチドームをスキャンし、自身のT細胞レセプターが反応するpHLAを探します。私たちはこの免疫ペプチドームをダイレクトかつ網羅的に解読する技術(免疫ペプチドミクス)を開発・駆使し、がん細胞に特異的あるいは高発現する「がん抗原」を探索しています(図2)。これまでの研究成果により、様々なタイプのがん抗原が存在することがわかってきました。
ネオ抗原を標的とした個別化がんワクチンの開発
がん細胞では体細胞変異から生じる変異ペプチドがHLAに提示されることがあり、ネオ抗原(neoantigen)と呼ばれています。ネオ抗原は正常細胞には出現しないため、がん細胞に特異的な「がん抗原」となり、T細胞ががん細胞と正常細胞を識別する目印となっています。免疫チェックポイント阻害剤の臨床効果はがんの体細胞変異量と相関することがよく知られており、ネオ抗原反応性のT細胞が実臨床でも抗腫瘍効果をもたらしている、と考えられています。このような背景から、ネオ抗原を患者に投与するネオ抗原がんワクチンの開発がすすめられ、世界的に臨床試験が行われています。しかし、体細胞変異とHLAタイプは患者ごとに異なるため、ネオ抗原も患者ごとに異なります。つまり、ネオ抗原ワクチンは完全なオーダーメイド(個別化)医療となります。患者ごとにネオ抗原を検出しなければなりませんが、これは藁の中から針を探し出すような作業です。そこで、私たちは免疫ペプチドミクス応用した新しいネオ抗原検出法を開発しました(Tokita S et al. Science Advances. 2024, Tokita S et al. Frontiers in Immunol. 2024)(図3)。この方法を用いると個人ごとに最適化されたネオ抗原を効率的に特定できるようになります(図4)。HLAクラスIのみならずHLAクラスIIネオ抗原の検出も可能です。私たちの技術イノベーションを医療応用につなげていきたいと考えています。