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2019/10/15 研究成果
小児の神経難病に迫る:白質消失病の新たな病態モデルマウスを樹立

新潟大学脳研究所 統合脳機能研究センターの照光(辻田)実加 准教授(現 慶應義塾大学医学部 総合医科学研究センター)、五十嵐博中 教授、新潟大学脳研究所 病理学分野の北浦弘樹 特任准教授、新潟大学大学院医歯学総合研究科 神経解剖学分野の竹林浩秀 教授らの研究グループは、発育不良や運動障害およびてんかんなどの神経症状を示す突然変異マウスを発見し、「toy(トイ)マウス」と名付けました。さらに、その原因となるEif2b5遺伝子(注2)の突然変異を特定し、toyマウスの細胞では、タンパク合成の開始に関わる翻訳開始因子(注3) eIF2Bの酵素活性が低下していることを示しました。ヒトではEIF2B5遺伝子の変異により、脳の白質が急激に萎縮・消失してしまう「白質消失病」を発症することが知られています。本研究により、toyマウスは、新たな白質消失病の病態モデルマウスとなりうることを示しました。今後は本モデル動物を用いて病態を詳細に解析することで、白質消失病の新たな治療法を開発できる可能性があります。
本研究は、新潟大学、理化学研究所、東京大学、国立精神・神経医療研究センターの共同研究として行われ、日本学術振興会科研費、新潟大学脳研究所および東京大学医科学研究所の研究費支援により行われました。
 
本研究成果のポイント
・発育不良や運動障害、てんかん等の神経症状を示す突然変異toyマウスを樹立し、その原因となるEif2b5遺伝子の突然変異を同定した。
・toyマウスの細胞内では、タンパク合成の開始に関わる翻訳開始因子・eIF2Bの酵素活性が低下することを示した。
・toyマウスの詳細な解析により、神経難病である白質消失病の病態の理解が進み、治療法を開発できる可能性がある。
 
Ⅰ.研究の背景
白質消失病は、脳の白質の変性が起こる遺伝性の神経難病です。本疾患では、慢性進行性の運動障害と白質変性を示し、小児期に感染症や軽度の頭部外傷などのストレスによって急激に症状が悪化し、多くの患者が死に至ります。近年では成人に発症する病型が存在することも知られています。白質消失病は翻訳開始因子eIF2Bタンパク質をコードする遺伝子の変異が原因であることが分かっています。eIF2Bは、細胞内においてタンパク質を合成する際に働く翻訳開始因子の一つです。eIF2Bタンパク質は、別の翻訳開始因子eIF2を活性化して翻訳を開始します。細胞がストレス環境下におかれると、eIF2Bの活性が抑制されることにより活性型eIF2の量が減少し、多くのタンパク質合成は抑制されます。一方で、一部のストレス応答タンパク質は上昇します。しかし、白質消失病における詳細な病態メカニズムは解明されておらず、現在のところ白質消失病に対する有効な治療法はありません。
 
Ⅱ.研究の概要
新潟大学脳研究所で飼育しているマウスの中から、小さな体、歩行の異常、てんかん発作、寿命の減少などの症状を示す、新規の自然発症突然変異マウスを樹立しました。体が小さいことからtoy(英語で”小さい”という意)と名付けられました。toyマウスにおいて、Eif2b5遺伝子に変異があり、この遺伝子がコードするeIF2Bεタンパクの98番目のアミノ酸がイソロイシン(I)からメチオニン(M)に変換していること(I98M変異)を見出しました。toyマウスの細胞内では、変異型eIF2Bの活性は恒常的に低下しており、神経細胞やグリア細胞(注4)において細胞ストレス状態に似た状態が継続していました。さらに病態が進むと、オリゴデンドロサイト(注5)の髄鞘(ミエリン)に異常をきたし脱髄(注6)が起こることがわかりました。
 
Ⅲ.研究の成果
本研究では突然変異toyマウスを樹立し(図1)、その原因遺伝子を探索しました。その結果、翻訳開始因子eIF2Bεに変異があることを明らかにしました。eIF2Bは、α、β、γ、δ、εの5種類の部品(サブユニット)から構成される複合体で、重要な翻訳開始因子です。eIF2Bは別の翻訳開始因子eIF2に対する活性化因子として働きます。変異マウスの脳ではeIF2Bの酵素活性が低下していました。細胞ストレス応答により、可逆的にeIF2Bの活性が低下しますが、toyマウスの遺伝子変異によりeIF2Bの恒常的な活性低下が起こり、ストレス応答状態が継続してしまうことが示唆されました。実際にtoyマウスの脳内では、神経細胞やグリア細胞におけるストレス反応で発現する遺伝子の上昇、白質での脱髄(図2)など、白質消失病に類似した病態が観察されました。つまりtoyマウスが白質消失病の新たな病態モデルマウスとなる(図3)と考えられます。
興味深いことに、変異マウスの遺伝的背景をB6マウスという黒色の毛のマウスからC3Hという茶色の毛のマウスに変更すると、症状が軽くなることがわかりました。つまり、toyマウスの症状の程度を変化させる別の遺伝子の存在が示唆されました。

Ⅳ.今後の展開
白質消失病モデル動物となるtoyマウスの詳細な病態解析により、白質消失病の病態が進行する過程を明らかにし、さらに治療法の糸口が見つかる可能性があります。
 
Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、令和元年10月6日にJournal of Neurochemistry誌(IMPACT FACTOR 4.870)にオンライン発表されました。
 
論文タイトル:Glial pathology in a novel spontaneous mutant mouse of the Eif2b5 gene: a vanishing white matter disease model.
 
著者:Mika Terumitsu-Tsujita*, Hiroki Kitaura, Ikuo Miura, Yuji Kiyama, Fumiko Goto, Yoshiko Muraki, Shiho Ominato, Norikazu Hara, Anna Simankova, Norihisa Bizen, Kazuhiro Kashiwagi, Takuhiro Ito, Yasuko Toyoshima, Akiyoshi Kakita, Toshiya Manabe, Shigeharu Wakana, Hirohide Takebayashi*, Hironaka Igarashi
*:共同責任著者
 
doi:10.1111/jnc.14887
 
 
用語説明
注1:白質消失病(VWM:vanishing white matter disease): 白質は、中枢神経組織の中で、神経細胞の細胞体に乏しく主に神経線維(軸索)が集積し走行している領域である。白質消失病は、主に幼児期に発症する遺伝性の神経疾患である。ウイルス感染や頭部外傷などのストレスを契機に急速に悪化し、脳の白質が消失し、運動機能の失調をきたす。患者の多くが死に至る深刻な神経難病であり、日本での症例報告もなされている。
 
注2:Eif2b5遺伝子: eIF2Bの一つの部品(サブユニット)であるeIF2Bεを暗号化し記録する(コードする)遺伝子。eIF2Bを構成する5つのサブユニット(eIF2Bα、β、γ、δ、ε)は、Eif2b1からEif2b5までの5つの遺伝子にそれぞれコードされている。
 
注3: 翻訳開始因子(eIF:eukaryotic initiation factor): 細胞内でタンパク質の合成(翻訳)を行うリボソームが、合成を開始する際に必要とするタンパク質群。
 
注4: グリア細胞:神経系における神経細胞以外の細胞のこと。中枢神経系には、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアなどがある。
 
注5: オリゴデンドロサイト:中枢神経系のグリア細胞の一つ。オリゴデンドロサイトは、神経細胞の軸索の周囲に髄鞘(ミエリン)を形成する。髄鞘は、軸索が電気信号を伝える際の絶縁体として働く。髄鞘は脂質に富む構造であるので、髄鞘が多く存在する白質は白っぽく見える。
 
注6: 脱髄:神経病態の一つ。髄鞘(ミエリン)が壊れる病態のこと。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院 医歯学総合研究科 神経生物・解剖学分野
竹林 浩秀 教授
E-mail:takebaya@med.niigata-u.ac.jp
 
慶應義塾大学医学部 総合医科学研究センター
照光(辻田)実加 特任助教
E-mail:mterumitsu@keio.jp

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