NEWS&TOPICS

2020/02/21 研究成果
肝がんに対する遺伝子治療法を開発 −肝がん細胞に毒素遺伝子を発現し、治療効果と安全性を明らかに−

肝がんは様々な肝疾患に発生しうる悪性新生物です。一つの腫瘍の中でも腫瘍細胞の性質が多様であり、十分な治療効果を得るために、新規治療法の開発が続けられています。
新潟大学大学院医歯学総合研究科消化器内科学分野の上村顕也講師、寺井崇二教授らの研究グループは、東京医科歯科大学難治疾患研究所発生再生生物学分野(仁科博史教授ら)、東海大学医学部医学科基礎医学系分子生命科学教室(大塚正人教授ら)との共同研究で、肝がんに対する新しい遺伝子治療法を開発し、その有効性と安全性を明らかにしました。
 
【本研究成果のポイント】
・肝がんは、ウイルス性肝疾患、アルコール性肝疾患、非アルコール性脂肪性肝疾患に合併することのある悪性新生物です。
・1つの腫瘍の中でもがん細胞の顔つきがばらばらのため、治療に抵抗性となったり、再発したりします。
・そのため、様々な治療法を組み合わせる必要があり、新規治療法の開発が継続されています。
・肝がん細胞に選択的にジフテリア毒素(注1)A鎖の遺伝子を発現することで、安全で効率のよい遺伝子治療が可能であることがわかりました。
 
Ⅰ.研究の背景
肝がんは、ウイルス性肝疾患、アルコール性肝疾患、非アルコール性脂肪性肝疾患に合併することのある悪性新生物です。その腫瘍は様々な形質をもつ腫瘍細胞から成り立つことが多く、再発や治療抵抗性の獲得などの点から新規治療法の確立が急務で、いろいろな取り組みがされています(Kamimura K, et al. Cancers, 2019, 多くの取り組みをまとめた総説)。本研究グループは、これまでに遺伝子治療法の研究(Kamimura K, et al. Mol Ther, 2009; Kamimura K, et al. Mol Ther, 2010; Yokoo T, Kamimura K, et al. Gene Ther, 2013)、肝硬変に対する遺伝子治療法の報告(Abe H, Kamimura K, et al. Mol Ther Nucleic Acids, 2016; Kobayashi Y, Kamimura K, et al. Mol Ther Nucleic Acids, 2016)をしてきました。そこで今回、本研究グループは、肝がんに対する新規遺伝子治療法の確立のための研究を行いました。
 
Ⅱ.研究の概要
肝がん細胞に対して、ジフテリア毒素A遺伝子を導入し、細胞死を誘導できるか、肝がんの培養細胞を用いて検証しました。また、肝がん細胞に選択的にその毒素遺伝子を発現させるために、肝がん細胞で増えているAFP(注2)のプロモーターによってジフテリア毒素A遺伝子の発現が制御されるプラスミド(pAFP-DTA)を作製しました。
さらに、マウスの肝発癌モデルを対象として、pAFP-DTAの肝がんに対する遺伝子治療効果を検証しました(図1)。

Ⅲ.研究の成果
肝がん細胞に対して、ジフテリア毒素A遺伝子を導入した結果、培養細胞にアポトーシス(注3)を誘導することで、肝がん細胞数の増加を効率的に抑制することがわかりました。また、肝がん細胞に選択的にジフテリア毒素A遺伝子の発現するプラスミド(pAFP-DTA)を導入した結果、このプラスミドが、AFPを産生する肝がん細胞を選択的にアポトーシスに誘導することが明らかとなりました。
そこで、マウスの肝発癌モデルを対象として、pAFP-DTAをハイドロダイナミック遺伝子導入法(注4)で導入し、肝がんに対する遺伝子治療効果を検証しました。その結果、遺伝子治療を行ったマウスでは、肝がんの発症が抑制されました(図2)。
 
また、経時的な血液検査の結果、肝がんの血液マーカーであるAFP, PIVKAII(注5)が低下するとともに、治療に伴う毒性や肝障害は認めませんでした。これは、ジフテリア毒素Aを肝がん細胞選択的に発現することができた結果と思われます。

Ⅳ.今後の展開
本研究グループが発表した肝硬変に対する遺伝子治療法とあわせて、今後も肝疾患の遺伝子治療研究を行ってまいります。また、本研究グループはハイドロダイナミック遺伝子導入法を研究し、大動物でも応用可能です(Kamimura K, et al. Mol Ther Nucleic Acids, 2013; Kamimura K, et al. PLoS One, 2014; 2014年11月4日、本学プレスリリース)。そこで、全身の難治疾患に対して、遺伝子治療を研究してまいります。
 
Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、2020年2月18日(中央ヨーロッパ時間、午後2時)、Cancers誌(IMPACT FACTOR 6.162)に掲載されました。
本研究は東京医科歯科大学難治疾患研究所発生再生生物学分野の仁科博史教授を班長とする国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED) JP18fk0210042, 19fk0210042, 20fk0210042、日本学術振興会の科学研究費助成事業22890064, 23790595, 26860354, and 17K09408の上村顕也への助成によって行われました。
論文タイトル:Effect of Diphtheria Toxin-Based Gene Therapy for Hepatocellular Carcinoma
著者:Kenya Kamimura *, Takeshi Yokoo, Hiroyuki Abe, Norihiro Sakai, Takuro Nagoya, Yuji Kobayashi, Masato Ohtsuka, Hiromi Miura, Akira Sakamaki, Hiroteru Kamimura, Norio Miyamura, Hiroshi Nishina, Shuji Terai
*: corresponding author
doi: 10.3390/cancers12020472.
Cancers 2020, 12, 472; doi:10.3390/cancers12020472
 
 
用語解説
注1:ジフテリア毒素
ジフテリア毒素はジフテリア菌が産生する細菌毒素です。A鎖とB鎖の2つのドメインからなり、A鎖は毒素本体の役割を、B鎖は細胞表面にある受容体と結合し、A鎖を細胞内に取り込む機能があります。従って、A鎖のみでは周りの細胞には毒素が取り込まれません。A鎖は細胞質内で、ペプチド鎖伸長因子 をADPリボシル化し、不活化することで、A鎖が発現した細胞ではタンパク質合成が阻害されて細胞死が誘導されます。本研究ではこの特徴を利用して、A鎖を肝がん細胞のみに発現させ細胞死を誘導する方法論をとっています。
注2:AFP
α-フェトプロテイン(AFP)は、胎児血清中に発見された糖蛋白で、血中AFP値は肝細胞癌、卵黄のう腫瘍、などで高値を示します。
注3:アポトーシス
細胞増殖制御機構として管理された細胞死で、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされるほか、感染症、炎症、虚血などの病的な状態によっても誘導されます。
注4:ハイドロダイナミック遺伝子導入法
遺伝子を導入する対象臓器の血管から、水圧で遺伝子を臓器・組織内へとデリバリーする方法です。
注5:PIVKAII
protein induced by vitamin K absence or antagonist-IIは肝臓で合成される凝固活性のない異常プロトロンビンで、肝細胞癌で高値を示します。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科
消化器内科学分野
上村顕也 講師
E-mail:kenya-k@med.niigata-u.ac.jp

最新の記事 ←新記事 一覧へ戻る 前記事→ 最初の記事