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2016/06/10 研究成果
神経生理学分野の長谷川功教授らの論文がNature Communications誌に掲載されます

−記憶障害の病態解明やBMI技術の開発促進に期待−
独自に開発した高密度皮質脳波(ECoG)法により、脳活動が作り出す空間的なパターンによって長期記憶がコード(表現)されることを明らかにしました。
 
本研究のポイント
・新たに開発した高密度皮質脳波電極を使って、サルの大脳側頭葉で長期記憶をコード(表現)する脳活動の空間的なパターンを発見。
・脳活動のパターンから記憶内容をデコーディング(解読)することに成功。
・今回の発見は、記憶障害の病態解明や、Brain-machine Interface技術の開発促進に繋がることが期待される。
 
概要
新潟大学超域学術院准教授(現・高知工科大学脳コミュニケーション研究センター・情報学群教授)の中原潔、新潟大学大学院自然科学研究科・元大学院生の安達賢、新潟大学大学院医歯学総合研究科教授の長谷川功らの研究グループは、独自に開発した高密度皮質脳波(ECoG)法を使ってサルが記憶を想起する際の脳の側頭葉の活動を調べ、脳活動が作り出す空間的なパターンによって長期記憶がコード(表現)されることを明らかにしました。
これまでの研究から、側頭葉に局在する比較的少数の記憶ニューロンが記憶をコードすることが分かっていましたが、従来の手法では個々の記憶ニューロンの活動を調べることしかできませんでした。そのため、脳における記憶痕跡の形成が主に少数の記憶ニューロンによる局所神経回路によるものか、それとも、より広範な脳の領野に広がる神経回路の再編を伴うものか分かっていませんでした。
今回の実験で研究グループは、サルの側頭葉のうち記憶ニューロンが局在することが分かっていた36野を中心として、TE野、海馬傍皮質、及び嗅内皮質の一部を含むように128チャンネルのECoG電極を設置し、サルに記憶した図形を見せた時に生じる脳活動の空間パターンを調べました。その結果、シータ帯域(4-8Hz)の周波数を持つ脳活動の空間パターンが図形の記憶をコードすることが分かりました。この空間パターンは36野からTE野、海馬傍皮質の一部にまで広がっていたことから、脳の領野間に広がるメゾスコピックな神経回路の再編が記憶痕跡の形成に重要であることが示唆されました。
高密度ECoG法は広い範囲の大脳皮質の脳活動を高い次空間分解能で記録することを可能とするもので、高次脳機能を担う神経回路の動作原理の解明やアルツハイマー病などを含む認知症の病態解明、さらにはBrain-machine Interface(BMI)技術への応用が期待されます。
本研究論文は2016年6月10日午後6時(日本時間)に国際科学誌ネイチャー・コミュニケーションズ(オープン・アクセス)に掲載されます。
 
研究の背景
記憶の神経機構の解明は神経科学における最も重要な問題の一つであり、アルツハイマー病などの記憶障害の病態の解明など、医学的にも大きな意義を持つものです。
個々の記憶は、例えば人の顔と名前のように、関連のあるもの同士が結び付けられて記銘されます。このような記憶を連合記憶と呼びます。サルを使ったこれまでの研究で、脳の側頭葉(注1)のうち、36野と呼ばれる領域に局所的に存在するニューロン群が連合記憶をコードすることが明らかにされています。しかし従来の手法では、一個一個の記憶ニューロンの活動を調べることしかできなかったため、脳における記憶痕跡の形成が主に少数の記憶ニューロンによる局所的な神経回路によるものか、それとも、より広範な脳の領野に広がる神経回路の再編を含むものか、分かっていませんでした。
 
研究の内容
この問題に取り組むため、研究グループの鈴木隆文(情報通信研究機構・脳情報通信融合研究センター主任研究員)らが中心となって、高密度皮質脳波電極(ECoG電極)を独自に開発しました(図1、注2)。このECoG電極は厚さ20ミクロンのフィルム上に128個の電極を最小1.25ミリ間隔で配置したもので、脳の表面に密着させて広い範囲の脳活動の空間的パターンを高い時空間分解能で計測することができます。このECoG電極を、記憶ニューロンが局在することが分かっていたサルの側頭葉の36野を中心として、TE野、海馬傍皮質、及び嗅内皮質の一部を含むように設置しました。このサルに5組の図形のペアを学習させ、ペアの片方を手がかりとして見せた時、もう片方の図形を想起する対連合記憶課題を訓練しました(図2、注3)。そしてサルがこの課題を行う間、側頭葉に生じる脳活動のパターンを調べました。
解析の結果、サルにペアとして記憶した図形を見せた時、互いに類似した脳活動のパターンが生じることが分かりました。この結果から脳活動の空間パターンが図形の連合記憶をコードするものと考えられます。この空間パターンは36野からTE野、海馬傍皮質の一部にまで広がっていたことから、脳の領野間に広がるメゾスコピックな神経回路の再編が記憶痕跡の形成に重要であることが示唆されました(図3)。
また、この脳活動のパターンはシータ帯域(4-8Hz)の活動において見られました(注4)。シータ帯域の脳活動は脳の情報伝達に関わるとされることから、今回見つかった脳活動パターンは、記憶をコードする神経回路における情報の流れのパターンを示している可能性があります。
さらに、研究グループの神谷之康(京都大学大学院情報学研究科教授、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報研究所客員室長、高知工科大学脳コミュニケーション研究センター客員教授)らが中心となって、脳情報デコーディング(解読)の手法を用いて解析したところ、脳活動のパターンから、記憶した図形ペアを高い精度で解読することに成功しました(図4)。
最後に、このような脳活動パターンの類似は連合記憶学習を行ったことによって生じたことを確かめるために、サルに新しく3ペアの図形を記憶学習させ、学習前後の脳活動パターンを比較しました。その結果、学習前には見られなかった脳活動パターンの類似性が、学習後に新たに生じることが明らかとなりました。
 
社会的意義・今後の展開
研究グループが開発した高密度ECoG法は、広い範囲の大脳皮質の脳活動の高精度の計測を可能とするもので、記憶や認知などの高次機能を産み出す脳の機構を神経回路のレベルで明らかにすることができます。こうした高次脳機能の動作原理を明らかにする研究は、アルツハイマー病などを含む認知症の病態解明に向けて基礎的な知見を提供するものと期待されます。またECoG法はBMI技術への応用が期待されており、本研究結果はBMI技術開発促進にも大きく貢献するものです。

用語解説
注1)側頭葉
大脳は前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉の4つの葉に分けられる。側頭葉は外側溝の腹側に位置し、聴覚、高次視覚認知、記憶などの中枢である。
 
注2)皮質脳波
通常の脳波は頭皮上から記録されるが、皮質脳波は大脳皮質上に設置した電極から直接記録されるものであり、電極直下のニューロンの集団が生じる集合電位を高精度に計測できる。
 
注3)対連合記憶課題
いくつかの単語や図形を対として被験者に予め覚えてもらい、対の片方を手掛かり刺激として提示して、もう片方を思い出してもらう記憶課題。臨床的にも記憶障害などの検査で用いられる。
 
注4)シータ波
脳波など、ニューロンの集団によって生じる電気活動は特定の周波数を持った律動を示すことが多い。このうち、およそ4-8Hzの周波数帯域の律動を示すものをシータ波と呼ぶ。
 
発表雑誌
雑誌名:「Nature Communications」
論文タイトル:
“Associative-memory representations emerge as shared spatial patterns of theta activity spanning the primate temporal cortex”
 
著者:
Kiyoshi Nakahara¹,², Ken Adachi¹, Keisuke Kawasaki, Takeshi Matsuo, Hirohito Sawahata, Kei Majima, Masaki Takeda, Sayaka Sugiyama, Ryota Nakata, Atsuhiko Iijima, Hisashi Tanigawa, Takafumi Suzuki, Yukiyasu Kamitani, Isao Hasegawa²
1:equal contribution; 2:co-corresponding author
 
DOI: 10.1038/ncomms11827
 
謝辞
本研究は、科学研究費補助金(日本学術振興会、文部科学省)、革新的研究開発プログラム(内閣府)、新分野創成センターブレインサイエンス研究分野プロジェクト(自然科学研究機構)、戦略的国際共同プログラム(科学技術振興機構、日本医療研究開発機構)、戦略的情報通信研究開発推進事業(総務省)、武田科学振興財団、脳科学研究戦略推進プログラム(文部科学省)からの助成を受けました。
 
お問い合わせ先
長谷川 功(はせがわ いさお)
新潟大学大学院医歯学総合研究科神経生理学分野 教授
e-mail:ihasegawa-nsu@umin.ac.jp
 

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