NEWS&TOPICS

2017/08/10 研究成果
「薬」の振る舞いと効きめを体内で測る新技術 針状“ダイヤモンド電極センサー”を使って開発 −さまざまな病気の治療法や創薬に期待−

【本研究成果のポイント】
・薬は体に入ると、脳など全身の臓器に運ばれます。各臓器は、役目の異なった細胞の“小さな”かたまりが多数集まってできています。薬の濃度は、それぞれのかたまりの中で刻々と移り変わっていきます。この薬の振る舞いと細胞の働きの変化は、薬の効能に深く関わりますが、今まで測ることができませんでした。
・本研究では、これらの同時計測に、針状に加工した「ダイヤモンド電極センサー」を使った新開発の薬物モニターシステムにより、実験動物で成功しました。世界初です。
・この技術は、副作用を抑えて効果を最大にする投薬法や、安心・安全・有効な創薬を発展させます。
 
新潟大学大学院医歯学総合研究科・超域学術院の日比野浩教授および緒方元気助教らと慶應義塾大学理工学部の栄長泰明教授らの合同研究チームは、針状の「ダイヤモンド電極センサー」(図1)を用いた薬物モニターシステムを開発しました。そして、東京大学大学院薬学系研究科の楠原洋之教授、同工学系研究科の高井まどか教授のチームと共に、生きた動物の脳や内耳において、極めて狭い空間(1ミリ以下)でのさまざまな「薬」の振る舞いとその作用を、リアルタイム計測することに世界で初めて成功しました。この成果は、8月10日に科学雑誌 Nature Biomedical Engineering(2017年1月創刊:採択率6%以下)のオンライン版に掲載されます。
 
Ⅰ.研究の背景
口や注射により体内に入った薬は、脳や心臓をはじめとしたあらゆる臓器に行き渡ります。どの臓器も、性質や役割が異なった細胞の“小さな”かたまりがいくつも集まってできていますが、病気の多くはその一部が悪くなることで起こります。薬が標的とする細胞のかたまりに届いているかどうか、そして、薬が届いた場合、その“濃度”と“細胞の働き”が時間とともにどのように移り変わっていくか、を知ることは、薬の効果や副作用を調べるうえで非常に重要です。しかし、意外にも、極めて狭い空間では、これらの指標を今までの方法で測ることができませんでした。
 
Ⅱ.研究の成果
以上の困難な測定を動物実験レベルで世界で初めて実現したのが、ホウ素を含んだ特殊な「ダイヤモンド」を用いた本研究の新技術です。この最先端素材により創った電極は、優れた特性を示し、さまざまな物質に対する次世代センサーとして期待できることを、栄長教授は以前より報告してきていました。
細胞のかたまりは、1ミリに満たないものも多くあります。日比野教授らが中心となり新たに開発した薬物モニターシステムは、二つのセンサーから成ります。一つは、先のサイズが1ミリの25分の1(40 μm)である「針状ダイヤモンド電極センサー」(図1)であり、これで薬の濃度を敏感に測ります。ダイヤモンドの使用には大きな理由があり、後述します。もう一つの「微小ガラス電極センサー」(図2)は、先が1ミリの1000分の1(1 μm)で、細胞の電気信号を直接観察することができます。病院や薬局で処方される薬の約15%は、この電気信号を特定の臓器で強めたり弱めたりします。
これら二つのセンサーを細胞のかたまりの近くに入れることにより、日比野教授は刻々と変わる薬の振る舞いと細胞の働きを、“同時にリアルタイムで”モニターすることに成功しました。
図3は、抗てんかん薬ラモトリギンをラットに静脈注射した際の“脳”での反応です。右パネルが実験結果です。ラモトリギンの濃度(紫)が上がりはじめると同時に、神経細胞の電気活動(赤)が強く抑えられています。その後、薬はゆっくり推移し、投与後15分ほどで減少に転じていくこともわかります。
図4は、高血圧の治療に使われる利尿薬ブメタニドをモルモットに与えた際の“内耳”での反応です。内耳は鼓膜(こまく)の奥にあり、音を電気信号へ変えて脳へと運ぶカタツムリ型の臓器です(図4左)。ブメタニドは、時に内耳の電気活動を悪くして難聴を起こします。右パネルが測定結果です。ブメタニドを静脈注射すると、この薬の濃度(緑)が急に上がり、投与後1分余りですぐに下がっていくのがわかります。同時に測った内耳細胞の電気活動(赤)は、ブメタニドの濃度がピークになったころから低下していきます。また、薬の変化の様子は、図3と図4で明らかに違います。
抗がん剤ドキソルビシンの振る舞いも、モルモットの体内で測ることができました。さらに、この薬物モニターシステムは、さまざまな抗がん剤、抗うつ薬、抗生剤の計測にも使える可能性があることもわかりました。工夫をすれば、心臓や腎臓などでも測定できると考えています。したがって、汎用性の高い技術です。
本研究で極めて重要な点の一つは、薬のセンサーに「ダイヤモンド」を使ったことです。一般に、電極センサーで水に溶けた物質を測る場合には、それぞれの物質にとって理想的な電圧条件を探します。時に、物質の反応(酸化還元反応)に加えて、水の反応(水の電気分解)が起こってしまいます。必要な成分は、物質の反応です。予備実験で、通常の材料であるカーボン(炭素)をセンサーに用いてみると、水の反応が大きすぎて、薬の反応がかなり隠れてしまい、よくわかりませんでした。白金や金などの素材も、それらの性質から、同じ問題が考えられました。しかし、ダイヤモンドを利用すると、水の反応が起こりにくく、薬の濃度に比例した電極センサーの反応がきれいに観察できたのです。また、電極センサー自身が持つノイズを比べても、ダイヤモンドの場合は非常に低い特徴があります。したがって、複雑な脳や内耳でも、少ない量の薬を鋭敏に測れることがわかりました。ダイヤモンドは、細胞の原料となる炭素が変化したものなので、体にやさしい素材です。また、特殊な分子構造を持つため、汚れがつきにくく安定した反応がえられます。これらの性質により、体内での計測に、近い将来、欠かせないものになると期待されてきましたが、今回、医・工・薬の異分野融合研究により薬の計測への応用が示されました。
 
本研究では、日比野教授らが、自身が得意とする「微小ガラス電極センサー」を、栄長教授が開発・工夫した「針状ダイヤモンド電極センサー」と組み合わせたことで、薬の振る舞いと効きめを体内で計測する革新的システムが誕生しました。“コロンブスの卵”的な発想です。

Ⅲ.今後の展開
本研究で開発した技術を活用・応用すれば、以下のような波及効果が見込まれます。
(1)安心・安全・有効な創薬の発展。
(2)副作用をできるだけ抑え、薬効を最大にする薬の投与法の考案。
(3)ドラックリポジショニング(註1)の推進。
 (註1)特定の病気に効く既存薬から、別の病気に効く薬を見つけだすこと。
(4)オーダーメイド治療法の展開。
これらの展望は、針状ダイヤモンド電極センサーの性能を上げ、細胞の信号を観測するさまざまなセンサーと組み合わせていくことで、ますます現実的になっていきます。
 
論文タイトル:A microsensing system for the in vivo real-time detection of local drug kinetics
著者:Genki Ogata, Yuya Ishii, Kai Asai, Yamato Sano, Fumiaki Nin, Takamasa Yoshida, Taiga Higuchi, Seishiro Sawamura, Takeru Ota, Karin Hori, Kazuya Maeda, Shizuo Komune, Katsumi Doi, Madoka Takai, Ian Findlay, Hiroyuki Kusuhara, Yasuaki Einaga*, and Hiroshi Hibino*(*共同責任著者)
Nature Biomedical Engineering
DOI: 10.1038/s41551-017-0118-5
■図1, 3, 4は、上記論文から転載
 
なお、薬物モニターシステムの開発は、公益財団法人 中谷医工計測振興財団 技術開発研究助成【特別研究】の研究課題「ダイヤモンド微小電極を駆使した内耳薬物動態の計測基盤の開発(研究代表者:日比野浩(新潟大学大学院 医歯学総合研究科 教授))」の支援により行われました。また、ダイヤモンド電極センサーの研究開発は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ACCELの研究開発課題「ダイヤモンド電極の物質科学と応用展開(研究代表者:栄長 泰明(慶應義塾大学 理工学部 教授)、プログラムマネージャー:塚原 信彦(JST))」の一環として行われました。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科(医学部)
教授 日比野浩
E-mail:hibinoh@med.niigata-u.ac.jp

最新の記事 ←新記事 一覧へ戻る 前記事→ 最初の記事