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2018/07/02 研究成果
GAP-43のリン酸化が神経伸長のマーカーとなる 〜神経の成長と再生のメカニズム解明に道を開く〜

本学大学院医歯学総合研究科の河嵜 麻実特任助教、玉田 篤史研究員(現・関西医科大学准教授)、医歯学総合病院の岡田 正康特任助教と大学院医歯学総合研究科の五十嵐道弘教授らの研究グループは、伸長している神経におけるタンパク質のリン酸化(注1)を網羅的に解析した結果、神経成長関連タンパク質GAP-43(注2)のリン酸化が伸長・再生する神経で特異的に起きることを発見しました。GAP-43のリン酸化は、神経の伸長・再生に対する優れた分子マーカーとなると同時に、その分子メカニズムの解明に寄与するものと期待されます。
 
【本研究成果のポイント】
・伸長している神経でタンパク質のリン酸化を網羅的に解析した。
・最も高頻度にリン酸化されていたのは、神経成長関連タンパク質GAP-43の96番セリン残基であった。
・リン酸化型GAP-43は、「伸びている神経」および「損傷後に再生中の神経」に特異的に認められ、神経伸長・再生の優れた分子マーカーとなることがわかった。
・リン酸化型GAP-43に着目することで神経伸長・再生の研究が進むと期待される。
 
Ⅰ.研究の背景
脳の神経細胞は、発生期に軸索(注3)と呼ばれる突起を伸ばして複雑な神経回路を作ります。また、大人になって脳が損傷を受けた場合でも、ある程度軸索が再生することが知られており、これを制御すれば失われた脳機能を回復できるのではないかと期待されています。伸びている軸索の先端には成長円錐とよばれる構造があり、そこに多数のタンパク質が集まっており、軸索を正しい方向に導くと考えられています。これまでに本研究グループは、成長円錐のタンパク質を網羅的に解析し(プロテオーム解析)、軸索伸長関連タンパク質群を同定しています(PNAS, 2009)。細胞内でタンパク質が秩序立って働く仕組みはシグナル伝達と呼ばれ、これにはタンパク質のリン酸化、という現象が関係することが解っています。そこで本研究では、成長円錐の機能解明を目指して、そこでのタンパク質リン酸化の実体を探ることにしました。
 
Ⅱ.研究の概要
本研究では、まず、成長円錐のリン酸化プロテオーム解析(注4)を行い、約1,200種のタンパク質から総数3万のリン酸化を含むペプチド(タンパク質の断片)を解析し、約4,600のリン酸化部位を同定しました(図1-a,b)。これらリン酸化部位に関するリン酸化酵素(キナーゼ)の認識配列解析を行ったところ、総リン酸化部位の60%以上はMAPキナーゼ(MAPK)群を主体とするプロリン指向性リン酸化酵素の認識配列でした(図1-c)。また最も多く検出されたリン酸化部位は、神経成長関連タンパク質GAP-43の96番セリン(S96)残基でした(図1-b)。種々の生化学的解析から、このリン酸化はMAPK群の一種JNK(注5)で起こり、他の高頻度リン酸化部位についても、JNKの関与が証明されたので、成長円錐でのリン酸化にはJNKが中心的役割を担うことが確定しました(図2)。さらに、S96リン酸化(pS96)を特異的に認識する抗体を作成すると、発生過程に成長している軸索(図3)、及び、損傷後に再生する軸索(図4)を特異的に標識できることが証明でき、再生軸索から直接S96リン酸化を同定する方法も確立しました。

Ⅲ.研究の成果
成長円錐のリン酸化プロテオーム解析から、軸索の伸長・再生に必要なシグナル伝達の、全体像の理解につながる結果が世界で初めて得られました。JNKはこれまで神経細胞死を司る役割が想定されていましたが、今回の結果は、この酵素が正反対の役割、すなわち軸索の伸長・再生を制御する役割を持つことを明確に証明でき、JNKでリン酸化されて神経成長に関与するタンパク質と、そのリン酸化部位を多数同定できました。また、pS96は軸索の伸長・再生を制御するシグナル伝達で、その抗体はこれらの現象の、有用な分子マーカーであることを確立できました。
 
Ⅳ.今後の展開
本研究成果で、軸索の伸長・再生の制御を担うリン酸化酵素の役割を解明でき、pS96が軸索の伸長・再生マーカーとなることを証明できました。今後は、pS96の軸索伸長での詳細な分子メカニズムや、新たなリン酸化分子マーカーの確立を探索していきます。近未来的にはこれらのリン酸化を標的として制御することにより、創薬や診断マーカーの開発を含めた神経再生医療への貢献をめざします。
 
Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、平成30年6月29日のiScience誌(本誌は世界的な実験医学のジャーナルである”Cell”の姉妹誌で、学際的分野の重要な論文を速報する目的で本年3月に創刊されたオープンアクセスジャーナル)に掲載されました。
論文タイトル:Growth Cone Phosphoproteomics Reveals that GAP-43 Phosphorylated by JNK Is a Marker of Axon Growth and Regeneration
著者:Asami Kawasaki¹,²,¹º Masayasu Okada¹,²,³,¹º,Atsushi Tamada¹,²,⁴,¹º,¹¹,Shujiro Okuda⁵,Motohiro Nozumi¹,²,Yasuyuki Ito¹,Daiki Kobayashi¹,Tokiwa Yamasaki⁶,¹²,Ryo Yokoyama⁷,Takeshi Shibata⁷,Hiroshi Nishina⁶,Yutaka Yoshida⁸,Yukihiko Fujii³,Kosei Takeuchi¹,²,⁹,and Michihiro Igarashi¹,²,¹³,*
¹Department of Neurochemistry and Molecular Cell Biology, Graduate School of Medical and Dental Sciences, Niigata University, 1-757 Asahimachi, Chuo-ku, Niigata 951-8510, Japan
²Center for Trans-disciplinary Research, Institute for Research Promotion, Niigata University, Chuo-ku, Niigata 951-8510, Japan
³Department of Neurosurgery, Brain Research Institute, Niigata University, Chuo-ku, Niigata 951-8585, Japan
⁴Precursory Research for Embryonic Science and Technology, Japan Science and Technology Agency, Kawaguchi, Saitama 332-0012, Japan
⁵Laboratory of Bioinformatics, Graduate School of Medical and Dental Sciences, Niigata University, Chuo-ku, Niigata 951-8510, Japan
⁶Department of Developmental and Regenerative Biology, Medical Research Institute, Tokyo Medical and Dental University, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8510, Japan
⁷K.K. Sciex Japan, Shinagawa-ku, Tokyo 140-0001, Japan
⁸Center for Coordination of Research, Institute for Research Promotion, Niigata University, Ikarashi, Niigata 951-2181, Japan
⁹Department of Medical Cell Biology, Aichi Medical University, Nagakute, Aichi 480-1195, Japan
¹ºThese authors contributed equally
¹¹Present address: Department of iPS Cell Applied Medicine, Kansai Medical University, Hirakata,Osaka 573-1010, Japan
¹²Present address: Department of Physiology, Keio University School of Medicine, Shinjuku-ku, Tokyo 160-8582, Japan
¹³Lead Contact
*Corresponding author
doi: https://doi.org/10.1016/j.isci.2018.05.019
 
 
用語説明
注1:タンパク質リン酸化
タンパク質の特定のアミノ酸(セリン、スレオニン、チロシン)にATPの末端リン酸基を一つあるいは複数転移する反応。この反応を触媒するのが、タンパク質リン酸化酵素(キナーゼ)である。ヒトには500種類以上のリン酸化酵素が存在しており、認識配列の違いから、酸性アミノ酸指向性、塩基性アミノ酸指向性、プロリン指向性とそれ以外の4グループに大別される。リン酸化は細胞が刺激の応答を受ける際に起こる化学反応(シグナル伝達)の中で、最も重要な反応である。

注2:GAP-43(Growth-Associated Protein 43-kDa,神経成長関連タンパク質 43)
主に発生途上及び再生中の神経細胞で高発現しているタンパク質で、神経突起の伸長に関わると想定されているが、詳細な機序はまだ解明されていない。

注3:軸索
神経細胞から伸びる突起の一種。細胞体から出るときは一本であるが、途中で枝分かれしながら長く伸びて、最終的に別の細胞に接合する。細胞体で統合した情報を活動電位として次の細胞に伝える働きを持つ。神経細胞では唯一の出力突起であり、その損傷後に再生が出来ない場合には、変性して細胞死が起こる。ヒトの成熟脳・脊髄では軸索の再生が極めて生じにくいことが知られていて、神経損傷や神経疾患が難治性である1つの理由となっている。

注4:リン酸化プロテオーム解析
細胞内の全タンパク質のリン酸化状態を網羅的に解析すること。

注5:JNK(c-Jun N-terminal Kinase)
タンパク質リン酸化酵素の1種で、細胞外からの様々なストレスにより活性化し、細胞死を誘導することが発見当時から知られていた。近年、ストレス応答に加え、発生過程および再生過程の神経軸索の伸長に重要であることが明らかになってきた。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科分子細胞機能学、及び医歯学系神経生化学分野(医学部生化学第二)
河嵜麻実 特任助教
E-mail:akawasaki@med.niigata-u.ac.jp
五十嵐道弘 教授
E-mail:tarokaja@med.niigata-u.ac.jp

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