新潟大学大学院医歯学総合研究科 消化器内科学分野-旧内科学第三講座-

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上部消化管サブチームについて

H. pylori感染と鉄欠乏性貧血
Helicobacter pylori and iron deficiency anemia.

H. pylori感染は、消化性潰瘍や胃MALTリンパ腫、胃癌等の消化管疾患の原因となることが広く知られているが、鉄欠乏性貧血や突発性血小板減少性紫斑病など消化管以外の疾患も引き起こすことが示されており、実際、H. pylori除菌により鉄欠乏性貧血が改善したという報告も見られる。そのメカニズムについては、H. pylori感染が、胃の腺萎縮すなわち酸分泌細胞の減少を惹起し、そのため胃内が無酸・低酸になるため、ビタミンCの低下やFe2+の溶解度の低下を来たし、非ヘム鉄の吸収障害が起こる、あるいはH. pylori自身が、消化管内腔の鉄を消費、または菌表面に付着させることにより鉄吸収を妨げているといったことが推察されている。しかし、H. pylori感染者が必ずしも全員、鉄欠乏状態にないことも明らかであり、H. pylori感染と鉄欠乏の間の関係につき、より詳細な検討が必要と考え、それに関して我々の得た知見をここに紹介したい。

H. pylori感染によって起こる鉄欠乏状態には疾患特異性がある
H. pylori感染が確認された成人患者(十二指腸潰瘍(DU)、胃潰瘍(GU)、前庭部結節性胃炎(ANG)、胃過形成性ポリープ(GHP))を対象に、赤血球、ヘモグロビン(Hb)、血清中の鉄、フェリチン、ペプシノーゲン(PG)Ⅰ、Ⅱ、ガストリン、さらに胃粘膜中の菌量を評価し、各群間で比較した。
その結果、H. pylori感染成人患者において、胃過形成性ポリープ患者および前庭部結節性胃炎患者で低フェリチン血症やHb値の低下が認められた。胃過形成性ポリープでは、PGⅠおよびPGⅠ/Ⅱ比の低下と高ガストリン血症が認められたことから、体部腺萎縮から低酸になり鉄吸収が低下していることが予想され、またポリープ自体からの不顕性出血の影響もあると思われた。しかし一方、前庭部結節性胃炎ではPGの低下も高ガストリン血症もないことから、腺萎縮すなわち低酸は認められず、またH. pyloriの菌量も多くないことから、菌自体の鉄消費による鉄吸収阻害も考えがたい。一体、前庭部結節性胃炎では、何が原因で鉄欠乏状態になるのであろうか?

H. pylori陽性前庭部結節性胃炎でのヘプシジンの動態
そこでわれわれは、鉄吸収抑制ホルモンであるヘプシジンに注目した。ヘプシジンは、肝で産生されるホルモンであり、血清中のトランスフェリン飽和度を肝表面のトランスフェリンレセプターで感知し、鉄の必要性を鉄吸収の場である十二指腸粘膜に伝達する。鉄が体内で不足している場合にはヘプシジンは低下し、鉄吸収が促進されるが、反対に鉄が体内に多い場合は、ヘプシジンは上昇し、鉄の吸収を抑える働きをする。
H. pylori感染者(ANG、DU、GU、GHP)および非感染患者を対象に血中のヘプシジンの前駆体であるプロヘプシジンの量を測定した。その結果、プロヘプシジン値は、H. pylori非感染群がもっとも低値かつH. pylori感染陽性の各疾患群と比較し有意に低いことから、H. pylori感染により、ヘプシジンが上昇していることが示唆された。またANG群は5群中最もプロヘプシジン値が高く、H. pylori非感染群や消化性潰瘍群と比し有意に高値を示した(図1)。そこでANG患者に除菌を行ったところ、プロヘプシジン値が有意に低下することを確認した(図2)。
すなわち、ANGでは、H.pylori感染によりヘプシジンが上昇し、鉄吸収が抑制され、鉄欠乏状態を惹起させていることが示唆された。上記の詳細については、既に論文化(Sato Y, et al. The relationship between iron deficiency in patients with Helicobacter pylori-infected nodular gastritis and the serum prohepcidin level.2015 Feb;20(1):11-8. doi: 10.1111/hel.12170)されているので、そちらを参照いただきたい。
 鉄欠乏性貧血患者の多くは小児や若年女性であるが、前庭部結節性胃炎患者もH. pylori感染陽性の小児や若年女性に多いという事実は、偶然の一致としても大変興味深い。
現在、我々はヘプシジンが胃粘膜にも発現していることを報告しており、今後更に症例を蓄積し、H. pyloriと鉄吸収について研究を進めていきたいと考えている。

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