最新の研究プロジェクト(Ephrin-B1)

福住好恭准教授のEphrin-B1に関する論文がJASN誌(Impact factor 9.423)に掲載されました。Ephrin-B1がネフリンの基部で結合しスリット膜のバリア機能維持に重要な役割を果たしていること、スリット膜が感知した情報をネフリンと別経路で細胞内に伝えることを示した研究で、蛋白尿の発症機序の解明、新規蛋白尿治療法開発につながる重要な研究として注目されています。

Ⅰ.研究の背景
慢性腎臓病(注4)の総患者数は、約1.300万人と推定されており、新たな国民病と捉えられています。腎臓の主な役割は尿を作ることです。腎臓は、人が生きていくために行われる代謝で生じた老廃物を尿として排泄する一方で、身体に必要なタンパク質を尿中に漏らさないようにしています。このための濾過装置が糸球体と呼ばれる構造物です。タンパク尿はこの濾過装置のバリア機能が低下し血液中のタンパク質が尿中に漏れ出てしまっている状態です。タンパク尿は、腎臓病の濾過装置の傷害を示す最も重要な臨床所見であり、タンパク尿自体が腎臓病をさらに進行させる悪化因子であることが明らかになっています。また、タンパク尿を示す人は、脳卒中や心血管疾患の発症率が約3倍であるとする統計学的な検討結果が報告されており、タンパク尿は、これら生命予後に重大な影響を与える他臓器疾患の発症にも関連していることが明らかになっています。新潟大学腎研究センター腎分子病態学分野の研究グループは、糸球体上皮細胞の細胞間に存在するスリット膜という構造物が、タンパク質が尿中に漏れ出ないようにしている最終バリアであることを世界に先駆けて明らかにしました。スリット膜は小さな孔を持つ格子状の構造をしています。老廃物は小さい分子のためこの格子構造の孔を通過しますが、分子径の大きいタンパク質はこの孔を通れません。腎臓病の患者さんでは、この格子構造に異常が起こり、孔が大きくなり、タンパク質が尿中に漏れ出てしまいます。この状態がタンパク尿です。スリット膜のこの格子構造がどのような分子で形成されているのでしょうか?その詳細は現在も不明です。また、どのような機序でこの分子構造が変化してタンパク尿が発症するのか?ということについてはまだほとんど分かっていないというのが現状です。そのため、タンパク尿に対する有効な治療法が確立されていません。
Ⅱ.研究の概要
スリット膜の格子構造の中心部は、Nephrinと呼ばれる分子量18万ダルトンの大きい分子が重なりあって形成されていることが報告されていましたが、一定の大きさの孔をもつ頑丈な格子構造を維持するための分子構造の詳細は不明でした。これまでの研究で、エフリン-B1がスリット膜に発現していること、タンパク尿を呈する病態で発現が低下していることを報告してきました。本研究では、スリット膜におけるエフリン-B1の発現を随時に低下させることができる遺伝子改変マウスを開発し、スリット膜におけるエフリン-B1の機能を解析しました。スリット膜の分子構造の維持にエフリン-B1が重要な役割を果たしていること(図1左)、エフリン-B1を欠損させたマウスはタンパク尿を発症すること(図1右)を明らかにしました。

図1

 

エフリン-B1とNephrinはともに細胞膜を1回貫通して細胞外に突き出た細胞膜分子ですが、エフリン-B1は分子量4万ダルトンの比較的小さい分子です。本研究では、エフリン-B1とNephrinの結合様式を詳細に解析し、エフリン-B1は、Nephrin分子を根元で支えるような形で結合していることを明らかにしました(図2-A)。さらに、Nephrin分子が抗体などで刺激されると、Nephrinと結合しているエフリン-B1がリン酸化(注5)されます。リン酸化されたエフリン-B1はNephrinとの結合性が低下し、スリット膜の分子構造が変化し、タンパク尿が発症することを示しました(図2-B)。エフリン-B1を欠損したマウスでは、スリット膜の精緻な分子構造が形成されないため、タンパク尿が発症すると考えられます(図2-C)。また。リン酸化されたエフリン-B1はJNKシグナル(注6)を活性化させること、また、エフリン-B1を欠損したマウスでは、JNKシグナルの活性化が顕著に低下することを発見し、エフリン-B1が糸球体でのJNKシグナルを制御していることを明らかにしました(図3)。さらに、リン酸化エフリン-B1により下流のJNKシグナルが活性化されると細胞の運動性が亢進することを発見しました(図4)。糸球体上皮細胞の運動性が亢進すると糸球体が不安定になり、一定の孔を持つスリット膜構造の維持が難しくなり、さらに重篤なタンパク尿を引き起こすと考えられます。本研究では、ネフローゼ症候群(注7)の症例、ラットのネフローゼ症候群モデルでは、エフリン-B1の発現が低下し、残っているエフリン-B1がリン酸化していることを発見しました(図5)。エフリン-B1の発現、機能異常によりタンパク尿が発症する新たな分子機構を発見しました。

図2

 

図3                        図4


図5

 

Ⅲ.研究の成果
・タンパク尿の発症を防ぐバリア装置である腎糸球体上皮細胞スリット膜の分子構造の維持にエフリン-B1が重要な役割を果たしていること、エフリン-B1の発現低下、機能異常によりタンパク尿が発症することを発見しました。
・エフリン-B1はスリット膜が感知した細胞外の情報を細胞内に伝えるシグナル伝達分子としての役割を果たしていることを発見しました。
・ネフローゼ症候群の症例でエフリン-B1の発現が低下していることを発見しました。

Ⅳ.今後の展開  
本研究は、スリット膜のバリア機能維持におけるエフリン-B1の役割を解明し、タンパク尿発症の新たな分子機構を明らかにしました。エフリン-B1の発現低下の抑制、リン酸化抑制、JNK活性を制御する薬剤、化合物がタンパク尿治療薬として有効である可能性を示しました。今後、既存の薬剤、新規化合物での検討を行い、タンパク尿の新規治療薬の開発を目指します。

用語説明
(注1)腎糸球体上皮細胞:
糸球体を構成する3種の細胞の1つで、糸球体の最外層に位置し、糸球体の形態の維持、糸球体のバリア機能の維持において最も重要な役割を果たしている細胞。神経細胞や心筋細胞と同様、生体内で最も分化した細胞の1つで増殖能を持たない。
(注2)スリット膜:
糸球体上皮細胞間に存在する細胞間接着装置。血液中のタンパク質が尿中に漏れ出るのを防ぐ最終バリアとしての役割を果たしている。多くの腎疾患におけるタンパク尿は、スリット膜のバリア機能の障害により発症すると考えられている。
(注3)エフリン-B1:
1回膜貫通型の細胞膜分子。全身の多くの細胞で発現している。神経細胞や心筋細胞でエフリン-B1を欠損させたマウスでは、神経ネットワーク形成の異常、心臓の血管構築の異常が起こる。
(注4)慢性腎臓病:
腎の濾過機能を示す数値が60%以下になった状態、もしくは持続性のタンパク尿が確認されると慢性腎臓病と診断される。国内の総患者数は1,300万人と推定されている。慢性腎不全(腎機能が低下し、血液透析療法、腎移植が必要となる状態)の予備軍と考えられている。
(注5)リン酸化:
タンパク質の機能を変化させる化学反応(機能修飾)の1つ。タンパク質はリン酸化すると立体構造が変化し、多くの場合、機能が活性化する。活性化されたタンパク質は、他のタンパク質を活性化、あるいは不活性化させる。また、他のタンパク質と結合する、あるいは解離するなど多種多様な方法で細胞内にシグナルを伝達させる。
(注6)JNKシグナル:
細胞外からの様々なストレス刺激や細胞内のシグナルを核へ伝達するための主要な細胞内シグナル伝達システムの1つ。JNKは上流の活性化因子によりリン酸化されると活性化し,下流のタンパク質をリン酸化させる。核内に情報を伝え、遺伝子発現を調節することにより、アポトーシス、細胞運動などの細胞応答を誘導する。
(注7)ネフローゼ症候群:
高度なタンパク尿を示す病態。持続的なタンパク尿により血液中のタンパク質が低下するため、全身性の浮腫、感染に対する抵抗力の低下などの症状を呈する。

Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、のJournal of the American Society of Nephrology誌(米国腎臓学会誌)(インパクトファクター: 9.423)のオンライン版に平成30年3月31日(土)6時(日本時間) 掲載されました。
論文タイトル:Nephrin-binding ephrin-B1 at slit diaphragm controls podocyte functions through JNK pathway
著者:Yoshiyasu Fukusumi1, Ying Zhang1, Ryohei Yamagishi1, Kanako Oda2, Toru Watanabe3, Katsuyuki Matsui4 & Hiroshi Kawachi1*1) Department of Cell Biology, Kidney Research Center, Niigata University Graduate School of Medical and Dental Sciences, 2) Department of Comparative and Experimental Medicine, Brain Research Institute, Niigata University, Niigata, Japan 3) Department of Pediatrics, Niigata City General Hospital, Niigata, Japan4) Department of Internal Medicine IV, Teikyo University School of Medicine, Kawasaki, Japan

研究プロジェクト

1.研究概要

(1) 腎糸球体の蛋白透過制御機構(蛋白尿発症メカニズムの解明)

 腎臓の機能がほとんど失われた状態である“慢性腎不全”の患者さんに対する治療は、血液透析(人工透析)療法、腹膜透析療法と、腎移植しかありません。ほとんどの“慢性腎不全”患者さんは、血液透析療法を受けておられる患者数は全国で30万人を超えています。

慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease: CKDは、糸球体の濾器機能を示す指標であるGFRが60ml/min (正常の60%)以下になった低下した状態、もしくは持続する蛋白尿を示す状態と定義されていますが、CKD患者さんは、慢性腎不全の予備軍と考えられており、その総患者数は、約1.300万人(日本人全人口の8人に1人)と報告されています。

腎臓の主な役割は、尿を作ることです。生きていくための代謝で生じた老廃物を尿として排泄する一方で、身体に必要な蛋白質は尿中に漏らさないようにしています。このための濾過装置が糸球体と呼ばれる構造物です。糸球体は、人の場合1つの腎臓に約100万個存在しています。“蛋白尿”は、糸球体の濾過バリアーがうまく機能していない状態を示しています。糸球体の下流には、尿細管と呼ばれる管があります。糸球体で濾過された尿の元(原尿)に蛋白質が多く含まれていると、尿細管は、その蛋白質を再吸収して体に戻そうとします。この作業は、尿細管に過重な負荷をかけることになり、尿細管も傷んでいきます。それが続くと、腎臓全体が壊れていきます。蛋白尿は、糸球体濾過バリアの障害示しているだけでなく、蛋白尿自体が、腎不全へと進行させる最も重要な悪化因子となっていると考えられています。蛋白尿を抑制、改善することができれば腎不全への進行を防ぐ、少なくとも遅らせることができると考えています。

最近の疫学的な研究で、持続的な蛋白尿を示す人は、脳卒中、心筋梗塞などの血管疾患の発症率が、正常の人の約3倍であると報告されています。蛋白尿と、脳、心血管障害との間の因果関係は、まだ不明ですが、蛋白尿を改善させるための新規治療法開発は極めて重要な、早期に達成すべきの課題です。 

私たちの研究室(新潟大学医歯学総合研究科附属腎研究センター腎分子病態学分野)の大きな研究課題の1つは「蛋白尿の発症機序の解明、有効な新規治療法の開発」です。

過去10余年の研究で、多くの糸球体疾患における蛋白尿は、糸球体上皮細胞(ポドサイト)の細胞間接着装置であるスリット膜のバリアー機能障害により発症すると考えられてきており、スリット膜構造の解明が進みました。しかしながら、スリット膜の分子組成、バリアー機能維持のための制御機構など不明な点が多く残されています。また、各種疾患におけるポドサイト障害の発症機序、スリット膜のバリアー機能が低下するメカニズムはまだほとんどわかっていないというのが現状で、病態の解明、新規治療標的分子の探索が進められています。 

 腎臓の濾過装置である糸球体は、毛細血管が糸玉のようになっています。尿は、ここを流れる血液から作られます。ここで体に不必要な老廃物は尿中に排泄され、(正常状態では、)身体に必要な血液中の蛋白質はほぼ100%ブロックされて尿中に排泄されません。このバリアとなる糸球体の毛細血管の壁は、内皮細胞、糸球体基底膜、そしてその外側を糸球体上皮細胞(ポドサイト)の突起が覆っている3層構造でできています。この壁で血液中の蛋白質が尿中に漏れるのを防いでいます。ポドサイトの突起は足突起と呼ばれています。必ず別の細胞体から出た突起が隣になるように絡まり合っており、隣り合う足突起の間は、スリット膜と呼ばれるフィルター様の構造物でつながれています。

 血液中の蛋白質が尿中に漏れでるのを防ぐメインバリアーはどこか?ということについて古くから論争があります。私達の研究グループは1980年代からスリット膜の重要性を示す所見を世界に先駆けて報告してきました。当時、メインバリアーは糸球体基底膜であるとする考え方が主流でしたが、最近は、私たちの考えが広く受け入れられるようになってきています。臨床症例での研究の積み重ねから、日常の臨床で見られる蛋白尿の多くは、スリット膜のバリア機能の破綻により発症すると考えられています。

私たちの研究室の研究テーマは

スリット膜の分子構造の全容を明らかにすること

“蛋白尿”を引き起こすスリット膜のバリアー障害の発症機序を明らかにすること

スリット膜を護る新規治療法を開発すること

です 

 蛋白尿を抑制することにより、腎不全に進む患者数を減らすことができます。脳卒中や心疾患の発症の予防にもつながると考えています。

    糸球体を外側からみた走査電子顕微鏡像          糸球体血管壁の透過電子顕微鏡像



<スリット膜の分子構造>

(2) メサンギウム増殖性腎炎の発症、進行機序の解明


 IgA腎症に代表されるメサンギウム増殖性腎炎は、腎不全に至るもっとも重要な原因疾患のひとつですが、その発症、進行メカニズムの分子レベルでの解明はなされていません。従来、用いられていた動物実験モデルが可逆性のモデルであったことが、進行機序の解明が進まない原因の一つでした。


 私達の教室では、ヒトメサンギウム増殖性腎炎のモデルとなる進行性の腎炎モデルの作製に成功しました。このモデルは国内外で高い評価を受け、厚生省の班研究を始め、アメリカ、ドイツ、イギリスなど多くの研究グループで用いられています。私達の教室では、このモデルを用い、各種炎症性メディエーターの役割を解析し、病変進行の責任因子を同定する作業を続けています。また、これら因子の機能を抑制し、腎病変を改善させる方法の確立を目指しています。この研究の目的は、糸球体腎炎の治療、予防法を確立し、現在、年々増加している腎不全(透析療法)患者数を減少させることです。

 

2.研究テーマ

・糸球体上皮細胞 (Podocyte) 足突起間に存在するスリット膜の分子構造の解明
・スリット膜構造の形成・維持機構の解明
・蛋白尿発症におけるスリット膜の分子構造の変化とその役割の解明
・レニン・アンジオテンシン系によるスリット膜構成分子発現調節機構の解明
・シナプス小胞によるスリット膜構成分子の輸送機構の解明
・病態鑑別のための新規診断法の開発・蛋白尿に対する新規治療法の開発
・糸球体硬化の発症機序の解明

3.研究の成果

[研究テーマ] 蛋白尿発症におけるスリット膜の分子構造の変化とその役割の解明

私たちは、これまでにスリット膜の分子構造の解析を行い、微小変化型ネフローゼ症候群、巣状糸球体硬化症、膜性腎症などにおける蛋白尿発症にスリット膜を構成する分子群の発現低下・相互作用の変化が寄与することを明らかにした。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10792613
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12506137
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18715943
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15882266
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17667985


[研究テーマ] レニン・アンジオテンシン系によるスリット膜構成分子発現調節機構の解明

アンジオテンシンII受容体拮抗薬が蛋白尿抑制効果を示すことが証明されているが、そのメカニズムは明らかではなかった。私たちは、培養Podocyteを用いた実験及び病態モデルを用いた解析から、アンジオテンシンIIによるPodocyteに発現する1型受容体 (AT1) 刺激がスリット膜の主要な構成分子であるNephrin及びPodocinの発現を低下させること、2型受容体 (AT2) 刺激がNephrin及びPodocinの発現を逆に増加させることを明らかにした。以上の結果から、アンジオテンシンII受容体拮抗薬の蛋白尿抑制効果にはPodocyteにおけるスリット膜構成分子の発現低下抑制が寄与すると考えられた。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17525253

 

[研究テーマ] シナプス小胞によるスリット膜構成分子の輸送機構の解明

私たちは、シナプス小胞関連分子であるSynaptic vesicle protein 2B (SV2B) がPodocyteに発現しており、蛋白尿発症に先行してその発現が低下することを明らかにしてきた。蛋白尿発症におけるSV2Bの役割を明らかにするために、SV2Bノックアウトマウスや培養PodocyteにおけるSV2Bノックダウン系を用いて解析したところ、スリット膜構成分子の一つであるCD2APの細胞内局在が変化し、正常では認められる突起部分には観察されなかった。以上の結果から、SV2BはCD2APの細胞内輸送に関与し、正常な局在に寄与していると考えられた。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16943307
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25730372