社会疫学研究|Social Epidemiology

〇健康の社会的決定要因(SDH:Social Determinants of Health)

 国際保健学分野では主に新潟県内をフィールドに社会疫学研究を行っています。県内だけでなく、JAGES研究グループと連携して全国の高齢者コホートデータを用いた疫学研究を進めています。さらには、国内のみならず海外(マレーシア、ミャンマー、ロシアなど)にフィールドを広げて社会疫学研究を展開する計画です。
 公衆衛生や国際保健の分野で社会疫学研究が注目されるのには理由があります。医師が個人の病気を治療するのに対し、公衆衛生専門家は集団を対象とし、病気が多い集団の原因を考え集団としての予防や治療を考え、処方し、介入します。病気の治療や予防のために、過去の医学、公衆衛生学は常に病気の人、病気になりやすい人(ハイリスク集団)を対象に個人の遺伝的要因や生活習慣(運動、栄養、たばこなど)に着目し、ハイリスク集団に対して予防手段を講じてきました(ハイリスクアプローチ)。しかしながら、この方法はなかなかうまくいかないことが分かってきました。例としてよく挙げられるのは、健診や検診です。病気や生活習慣病がないかどうかを定期的に調べる健診・検診ですが、受診するのは常に健康への意識が高く比較的健康な人が多いのです。反対に、健康への意識が低く不健康な生活をしている人は健診で悪い結果が出るのが嫌だったり、そもそも自分の健康に興味が向かないために健診・検診を受けません。すると、公衆衛生的な考えから推し進めている健診・検診は健康な人が健康であることをチェックするだけのものになってしまいます。つまり、本当に健診・検診を受けてほしい人はなかなか受けてくれないのです。
 一方、個人の健康に遺伝的要因や個人の生活習慣が影響を与えるのは当然ですが、その背景には個人の社会経済的状況が隠れていたり、住んでいる環境、周囲の施設や利用できるリソース、さらには住んでいる地域・国の社会環境や制度などが関わっているという考え方があります。これを健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health: SDH)と呼んでいます。WHOはSDHの特別委員会を作り1つのレポートにまとめました。The Solid Factsです。ここには、個人の健康の背景となる社会的な要因についての記述があり、そのような社会的要因は個人の責任に帰することができない社会的な構造が原因であることを論じています。さらには、そのような社会要因の差違によって健康の格差が生じている事実を直視し、その格差を是正しよう(Closing the Gap in a generation)と呼びかけています。具体的な対策の1つとして、問題を測定して理解することが挙げられています。健康格差やその原因となる地域格差の見える化です。
 当分野では、フィールドで得られたアンケート調査に基づき、高齢者のSDHに着目した分析を進めています。SDHの中には所得や収入のようにこれからの介入が難しいものもありますが、健康格差を縮小するために新しい視点を与えてくれます。社会的要因に着目した介入により、病気や要介護のハイリスク集団だけでなく全体の底上げを図ることができます。これがポピュレーションアプローチです。ハイリスクアプローチで行き詰まった公衆衛生の世界では、社会全体、まち全体を健康に変えていくというポピュレーションアプローチに期待が集まっています。そのためには、保健医療セクションの専門家だけでなく、まちづくりを具体的にすすめているセクションの専門家をも巻き込んだ分野横断的なアプローチが必要になります。ここに切り込むためには、保健医療分野の課題や問題点を分かりやすく見える化し、地域をどのように変えることで住民が健康になるか、というビジョンを示すことが重要です。少子高齢化が進む現代において、健康づくり・まちづくりの主役は住民自身です。公衆衛生専門家の連携と各分野との横断的な連携で、より健康になるまちづくり、生き生きと暮らしてゆけるまちづくりを目指し、多角的な分析をすすめていきます。

〇見える化から言える化、できる化へ

〇都市部と農村部の違いに着目した研究

〇バイオマーカーを用いた正確な評価

〇ビッグデータ解析の可能性