留学のすすめ STUDY ABROAD

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普久原 朝海
ヨーロッパ外傷センター留学だより

2011年10月から3か月間、ヨーロッパの外傷センター3カ国4施設に短期留学しました。

骨折治療学会で外傷治療についてのProf.Buehrenの講演を聞いて、ぜひその施設で研修したいと思い、フェロー先の一つとしてBGU MurnauがあるOTC Fellowを獲得することにしました。Fellowでの滞在はムルナウの4週間で、往復の飛行機チケットと1日100スイスフラン(当時スイスフランが暴落していたので約8200円前後・2022年現在ならなんと12500円!)×4週間が支給されました。また滞在期間中の食事は院内食堂であれば昼食のみならず夕食もフリー、アパートも家賃フリーで貸してもらえました。他の期間は自費での研修となったのですが、留学中も大学から基本給の何割かが支給されましたので、fellowの支給と合わせて経済的にはかなり助かりました。

ドイツムルナウにあるTrauma center BGU Murnauに4週+1週間延長で滞在し、その後フランス・ストラスブールのLes Hopitaux Universitaires de STRASBOURG、スペイン・マラガのHospital Costa del Sol, University of Malaga、最後に再びドイツに戻りハンブルグのUniversity Hospital Hamburgにそれぞれ2週間ずつ滞在しました。BGU Murnau以外は自分で交渉して自費留学しました。(StrasbourgとMalagaはOTC fellowで選択できる病院であったので紹介してもらい、Hamburgは骨折治療学会で講演を聞いて名刺を交換した先生にメールを送り交渉)

1か所に長期滞在した方がより多くの症例や治療法を経験できるのでしょうが、今回の目的は以下の内容を中心に「同じヨーロッパでも多発外傷の初期診療システムにどのような違いがあるのか」という事を主に研修したかったので、複数の施設をまわることにしました。

1.多発外傷患者初療に関わる医者の人数

2.CTへ行く判断

3.多発外傷患者に対するETCとDCOの基準

4.多発外傷患者に合併した大腿骨骨幹部骨折の治療方針

5.不安定型骨盤輪骨折に対する初期治療(TAE・パッキング・創外固定)

6.開放骨折に対する初期治療と抗生剤

7.多発外傷患者のDVT予防

紙面スペースの関係上、詳細をお示しすることはできませんが、フランスやスペインは比較的日本と状況が似ておりすぐに参考にできる、ドイツは初療に関するシステムがかなり違うのですぐには同じことはできないが理想的なシステムであり長期的な目標にしたいという印象を持ちました。
ドイツの外傷治療システムは世界的にも有名で、全国約80か所のトラウマセンターを中心としたドクターヘリシステムがほぼ全土をカバーするよう整備され、外傷死亡率が22%(1996年)⇒12%(2007年)と約半分に減少、この5年間で初期治療にかかる時間は20分短縮され70分となっているなど、大きな成果を上げています。なかでもBGU Murnauは、搬送された患者の外傷死亡率は6.2%とドイツ国内でも有数の実績をあげている施設です。
ムルナウはミュンヘンから約70km南にある人口わずか1万人ちょっとの小さな町です。町の規模的には魚沼という印象でした。そんなところに40床のICUを含む450床の労災病院があり、外傷医68名・麻酔科医57名(OP室+集中治療部)・形成&手の外科14名・脳神経外科22名・放射線科医12名というマンパワー、年間手術件数約1万5000件、ISS16以上の多発外傷が年間約200例、骨盤骨折年間約300例という外傷センターがあるのが驚きです。新潟で言えば魚沼基幹病院に勤務する医師のほぼすべて外傷医と麻酔科・集中治療医で、ICUが40床あり、新潟県全体の外傷を集約化しているといえば想像しやすいでしょうか。

↑左:ムルナウの空撮写真。田舎にあります。 右:ムルナウ中心部の街並み。

 

外傷医の中でさらに「外傷」「人工関節」「関節鏡・スポーツ整形」「脊椎」「手・形成」「足」「感染・偽関節・変形癒合」などの専門チームに分かれており、それぞれのチームが病棟とOP枠を持っています。朝8時から各チームが毎日4~5件の手術を行い1日に約50件前後の手術が行われ、外傷のみならずTHAや関節鏡の手術なども行っていました。驚いたのは患者入れ替えの早さで、閉創が始まると麻酔科医は次の患者を呼び、各手術室の前室で次の患者が待機します。別のドアから手術が終った患者が退室し室内清掃が始まるころには、その前室で次の手術患者の麻酔が始まります。清掃が終ると麻酔がかかって手術の準備ができた患者が入室してきます。入れ替え時間が15分程度で次の手術の準備ができ、効率的に手術が行われていました。そのためこれだけの手術件数をこなしながらも16時には手術が終了し、18時には多くの医者は帰ることが出来ます。国外からも多発外傷や骨髄炎などの患者が紹介されてきていました。手・足・脊椎の単独外傷はそれぞれのチームが手術、骨盤・長管骨や関節内骨折および複数個所にまたがる骨折は外傷チームが受け持っている印象でした。長期滞在するなら脊椎外傷に興味があれば脊椎チームに、骨髄炎治療に興味があれば感染チームに所属するなど、複数のチームで研修するのも面白いなと思いました。毎日感染の手術なんて気が滅入りそうですが、蓄積されたデータやノウハウは日本では得られないものばかりだと思います。外傷も含め患者集約化により日本とは症例数がケタ違いです。
臨床だけでなく研究もしっかりとされており、新たなインプラント開発と基礎実験、臨床データ収集までも行っており、症例を集め治療をするだけでなくデータを蓄積し理想の治療方法を検証して日々進化している施設で、世界トップクラスと称される所以だと感じました。また若手研修医には大学院生がデータに基づいたインプラントの適応と使用方法などの講義をしていました。

 

BGU Murnauで最も印象的だったのは初療スピードで、とても効率的に診断・治療が行われていました。多発外傷患者に対して複数のDr(外傷医3名、脳神経外科医、麻酔科医、内科医、放射線科医)がPrimary surveyのそれぞれの専門分野を同時に評価・治療を行い、皆で情報を共有しながら初療をすすめ、必要なら麻酔科がプロテクターを着て全身管理をしながらCTを撮影、CT撮影中から放射線科医が読影し、手術室まで1時間以内に入室していたのには驚きました。「全身状態を立て直すのはICUであり、いかに早くICUへ入室させるかを考える。ICUで十分な治療が行えるように手術室でDCOを適切に素早くやる」と言っていました。命が助かるだけでなく、さらに社会復帰をするために行う治療を目の当たりにしました。

↑初療室:左の写真のドアのすぐ向こうがCT室

↑初療風景

 

近年日本でもJATECが普及しPreventable Trauma Death(防ぎ得た外傷死)はすこしずつ減ってきている印象ですが、世界とのレベルの差を見せつけられました。Preventable Trauma Disability(防ぎ得た機能障害)を減らすには整形外傷医の力が必要ですが、Murnauのマンパワーに比べると圧倒的に日本の整形外傷医が足りません。今後日本でも整形外傷医に興味を持ってくれる仲間が増えてくれるよう活動したいと思います。初療のレベルに大きな差はありましたが、骨折の手術に関しては日本の方がより丁寧な整復内固定や軟部組織の取り扱いを行っていると感じる面も少なくありませんでした。

今回お世話になった施設のドクターたちは留学生を受け入れ慣れていることもあるのでしょうが非常にフレンドリーで、仕事が終ったら一緒にフットサルをしたり、スポーツバーにサッカー観戦に行ったりと非常に楽しい日々を過ごす事ができました。またドイツビールやブンデスリーガ&リーガエスパニョーラも堪能してきました。とても充実して楽しい3か月でした。

↑アフターファイブ:留学にちょんまげヅラは必携です!

最後になりましたが留学をサポートしてくださいました遠藤直人前教授、伊藤雅之先生をはじめ医局員の方々、そして3か月1人で家事・育児をこなしてくれた妻に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。命を救うところから社会復帰までをマネージメント出来る整形外傷医を目指して頑張りたいと思います。求む同志!!

ヨーロッパ外傷留学や整形外傷医に興味のある方は相談に乗りますので、お気軽に私までご連絡ください!

普久原 朝海

普久原 朝海

役職
助教
専門分野
整形外科外傷(特に骨盤輪・寛骨臼骨折)
出身大学
新潟大学
卒業年
平成14年(2002年)

※役職・専門分野は再掲載時のものです

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