教室だより

論文紹介 上部消化管②

当科 市川 寛先生の論文が、Gastric Cancer誌よりpublishされました。
https://link.springer.com/article/10.1007/s10147-024-02496-1

     

今回は、この論文の内容について、市川先生に解説いただきました。

     

要旨

本研究は、胃癌における相同組換え修復(homologous recombination repair, HR)関連遺伝子変化の全体像を明らかにし、胃癌薬物療法における臨床的な意義を検討した研究である。
HR関連遺伝子変化を有する胃癌は、肉眼型3型または4型の割合が低く、腫瘍遺伝子変異負荷(tumor mutational burden, TMB)が高値という特徴を有していた。白金系抗癌剤を含む一次化学療法を施行された切除不能進行・再発胃癌において、HR関連遺伝子変化は高い奏効割合や良好な予後に関連していた。
以上の結果から、HR関連遺伝子変化は白金系抗癌剤を用いた一次化学療法の効果予測マーカーになり得ると考えられた。

背景と目的

HRはDNA二重鎖切断という重篤なDNA損傷を修復する機能である。HRにはBRCA1BRCA2PALB2等の遺伝子が関与する。これらの遺伝子に変異や欠失といった変化をきたし、HRの機能不全に陥った状態をHR欠損(homologous recombination deficiency, HRD)と呼び、卵巣癌や乳癌ではHRDと白金系抗癌剤の高い治療効果に寄与することが明らかにされている。
本研究では胃癌におけるHR関連遺伝子変化と臨床病理学的因子、および白金系抗癌剤を含む一次化学療法の効果や治療開始後の予後との関連を明らかにすることを目的とした。

方法

次世代シークエンサーによる腫瘍ターゲットシークエンスで取得した胃癌160例の遺伝子解析データと臨床情報を用いた。
16のHR関連遺伝子(BARD1BLMBRCA1BRCA2BRIP1MRE11ANBNPALB2PARP1POLD1、RAD50RAD51RAD51CRAD51DWRNXRCC2)に何らかの変化を認めた場合をHRDと定義した。HR関連遺伝子変化とTCGAサブタイプ(EBV, MSI, CIN, GS)、TMB、PD-L1発現、臨床病理学的因子との関連を検討した。また、切除不能進行・再発胃癌に対する一次化学療法の最良効果や無増悪生存とHR関連遺伝子変化との関連を、白金系抗癌剤(シスプラチンまたはオキサリプラチン)併用の有無で層別化して検討した。

結果

HR関連遺伝子に何らかの変化を認めたのは29.4%であり(HRD群)、HRD群は肉眼型3または4型の割合が有意に低く、腫瘍遺伝子変異負荷(tumor mutational burden、TMB)が有意に高値であった(図1)。

白金系抗癌剤を用いた一次化学療法を施行した症例において、HRD群は非HRD群に比較して奏効割合(CR + PR)が有意に高く(44.4% vs. 14.3%、P = 0.038)、無増悪生存が有意に良好であった(中央値8.0か月 vs. 3.0か月、調整ハザード比0.337、95%信頼区間0.151–0.753)。
一方、白金系以外の抗癌剤による治療を施行した症例では、HRDと治療効果や予後との関連は認められなかった(図2)。

考察と結論

HRDが白金系抗癌剤の高い治療効果に関与することを考慮すると、HR関連遺伝子変化を有する胃癌において肉眼型3型や4型腫瘍の割合が低かったことは、これらの腫瘍における化学療法抵抗性や予後不良の要因の一つであると考えられる。
HR関連遺伝子変化は白金系抗癌剤併用群でのみ一次化学療法の効果や予後と関連を認めたことから、白金系抗癌剤併用一次化学療法の効果予測マーカーになり得ると考えられる。
HR関連遺伝子変化を有する胃癌ではTMBが高値であり、現在の標準的な一次治療である免疫療法併用化学療法の高い治療効果も期待できる。近年、欧米からも食道胃接合部腺癌や胃癌におけるHRDが白金系抗癌剤の高い治療効果に関連していることが報告された。胃癌におけるHRDと薬物療法効果との関連について、さらなるエビデンスの集積が期待される。

     

がんゲノム医療が、がん治療の中心的な役割を担う時代になって久しいですが、遺伝子に関連した研究というのはなかなか理解することが難しく、若手や専門外の医師にとってハードルが高いものではないかと思います。
私自身、今回、市川先生に非常にわかりやすく解説いただいたことで、切除不能進行・再発胃癌においてHR関連遺伝子変化は白金系抗癌剤を用いた一次化学療法の効果予測マーカーになり得ることがよく理解できました。

Gastric Cancer誌は、胃癌に関連する研究、治療、生物学のあらゆる分野に特化したハイレベルな世界的学術誌であり、胃癌診療に携わる医師にとって、非常にインパクトの高い学術誌です。
近年は、同誌のImpact Factorの上昇から、ビッグデータ以外のレトロスペクティブな研究ではなかなか採択されることが難しい状況になっておりますが、本研究のように、なかなか手に入れることのできないゲノムデータを元に、丁寧かつ詳細な検討がなされていることが評価され、acceptを勝ち取られたのではないかと思います。

     

現在、切除不能進行・再発胃癌に対する化学療法は、CLDN18という新たなバイオマーカーの確立もあり、より複雑なものになっていますが、この研究結果により、HR関連遺伝子変異状況を踏まえた薬剤選択というものも将来的に期待されるかと思います。

     

最後になりますが、市川先生をはじめ、共同研究に携わっていただいた先生方におかれましては、誠におめでとうございました。

文責: 宗岡悠介