下部消化管チーム

「下部消化管チーム」は、大腸や小腸の疾患に対して診療および研究を行っています。

診療では、①大腸癌に対する手術や抗癌剤治療、②直腸癌に対する治療、③潰瘍性大腸炎やクローン病(まとめて炎症性腸疾患といいます)に対する手術、④高度に進行した直腸癌や卵巣癌などの骨盤内悪性腫瘍に対する拡大手術、⑤家族性大腸腺腫症やリンチ症候群(遺伝性大腸癌)に対する手術や遺伝カウンセリング、⑥がん全般の遺伝子異常に応じたがんゲノム医療を行っています。

研究では、①大腸癌の遺伝子変異と薬物療法、②直腸癌の肛門温存手術とリンパ節郭清、③大腸癌の予後因子、④潰瘍性大腸炎に合併した大腸癌、⑤卵巣癌に対する拡大手術、⑥リンチ症候群の診断と治療、⑦がんゲノム医療をテーマにして、新潟大学内・新潟県内の医療機関・国内外の研究施設と共同研究を行っています。

診療

①大腸癌に対する手術や抗癌剤治療

大腸癌の治療方針は、遠隔転移がないStage 0~IIIと、遠隔転移があるStage IVや再発大腸癌で大きく異なります。Stage 0では大腸内視鏡による治療、Stage I~IIIでは手術治療、Stage IVや再発の大腸癌では、抗癌剤治療と手術が中心になります。Stage I~IIIの大腸癌では、合併症のない手術を目指し、患者さんが円滑に社会復帰できるように心がけています。Stage IVや再発の大腸癌では、個々の患者さんの遺伝子変異の特徴に応じて最適な抗癌剤を選択し、さらに手術を加え根治や生存期間の延長を目指します。

Stageに応じた大腸癌の治療方針

②直腸癌に対する治療

肛門に近い直腸に発生する直腸癌では、肛門を合併切除して永久人工肛門が必要となる場合があります。私たちは、術前に抗癌剤や放射線療法を組み合わせて実施することによって、癌の根治性を損なわずにできるだけ肛門を温存し、永久人工肛門を避ける取り組みを行っております。直腸癌の手術では、ロボット支援下手術、腹腔鏡下手術、開腹手術の中から、患者さんの状態に合わせて最適な手術アプローチ方法を選択いたします。術前放射線療法が著効した患者さんに対しては、手術を行わず積極的に経過観察を行う治療方針(Watch and Wait)にも対応しております。

直腸癌に対する術前化学放射線療法

術前治療によって肛門を温存する手術が可能になる場合があります

③潰瘍性大腸炎やクローン病(炎症性腸疾患)に対する手術

潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患に対して、消化器内科と連携して治療にあたっております。特に、潰瘍性大腸炎に対する外科治療の経験が豊富であり、全国有数の施設となっています。大腸の炎症が長期間にわたって持続する潰瘍性大腸炎の患者さんでは、経過中に大腸癌が発生する(炎症性発癌といいます)ことがあります。潰瘍性大腸炎の炎症性発癌では、大腸全摘術・回腸嚢肛門吻合術(大腸を全部摘出し、小腸で便のたまる袋を作製して肛門と吻合する術式)を基本として、患者さんの状態に合わせて治療を行っています。

大腸全摘術・回腸嚢肛門吻合

回腸嚢肛門吻合によって、肛門からの排便を維持します

④高度に進行した直腸癌や卵巣癌などの骨盤内悪性腫瘍に対する拡大手術

高度に進行した骨盤内悪性腫瘍では、骨盤内の臓器に浸潤を来たすことから、婦人科・泌尿器科・整形外科などの診療科と合同で手術を行っていきます。仙骨に浸潤した直腸癌では、仙骨の合併切除を含む拡大手術を行っています。卵巣癌は、直腸などの消化管に浸潤をきたすことの多い癌腫であり、消化管を含めた腫瘍減量手術を行います。

骨盤内腫瘍に対する仙骨合併切除

仙骨(お尻の近くの骨)を切除することで取り残しなく癌を切除することができました

⑤家族性大腸腺腫症やリンチ症候群(遺伝性大腸癌)に対する手術や遺伝カウンセリング

家族性大腸腺腫症やリンチ症候群の患者さんは、大腸癌を発症しやすいことが知られています(遺伝性大腸癌といいます)。家族性大腸腺腫症の手術は、大腸全摘術・回腸嚢肛門吻合術(大腸を全部摘出し、小腸で便のたまる袋を作製して肛門と吻合する術式)が基本となり、リンチ症候群の手術は、通常の大腸癌に準じた大腸の部分切除が基本になります。家族性大腸腺腫症やリンチ症候群の患者さんでは、親から子へ遺伝子の特徴が引き継がれることがあります(常染色体顕性遺伝形式といいます)。私たちは、新潟大学医歯学総合病院遺伝医療センターと連携して、遺伝に関わる詳しい面談(遺伝カウンセリングといいます)を行い、遺伝性大腸癌の治療や予防に関わる情報提供を行っています。

リンチ症候群の診療のながれ

⑥がん全般に対する遺伝子異常に応じたがんゲノム医療

がんの原因は、遺伝子の異常であることが分かっています。2019年から、がん遺伝子パネル検査が保険診療で行えるようになり、個々の患者さんのがんの遺伝子変異を基にして治療方針を決めていく「がんゲノム医療」が開始されました。大腸癌は、遺伝子変異の解析と研究が最も進んだがん種の一つであり、「がんゲノム医療」のモデルとなるがん腫です。私たちは、新潟大学医歯学総合病院がんゲノム医療センターと連携して、大腸癌を含む固形癌全般のがんゲノム医療を推進し、新潟県内におけるがんゲノム医療のエキスパートの人材育成を行っています。

がんゲノム医療の例

BRAFという遺伝子の異常がある癌に対して、BRAF蛋白質に作用する薬剤(BRAF阻害剤)を使用し、非常に強い効果を認めました

研究

①大腸癌の遺伝子変異と薬物療法

次世代シークエンサーという新しい遺伝子解析技術が進歩したことから、数百の大腸癌の遺伝子変異を一度の検査で知ることができるようになりました。個々の大腸癌の遺伝子変異の特徴を捉えることで、個々の患者さんに最適な治療(個別化医療といいます)を行うことができるようになります。例えば、KRASという遺伝子に変異のない大腸癌では、抗EGFR抗体薬の効果が認められます。私たちは、大腸癌の遺伝子変異情報と従来の病理組織学的所見や臨床所見を組み合わせた研究を行っています。

  • Genome Med. 2016;8:136.
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  • Oncol Rep. 2020;43:1853-1862.
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  • Comput Struct Biotechnol J. 2021;19:3330-3338.

②直腸癌の肛門温存手術とリンパ節郭清

直腸癌では、排便や排尿の機能を温存しつつ、癌を治すことが求められます。直腸癌の手術では、どこまで組織を切除するのか(切除範囲といいます)が重要です。私たちは、病理組織像の詳細な検討から、直腸癌の切除範囲をどのように設定するのがよいのかについて科学的な検討を行っています。

  • Dis Colon Rectum. 2010;53:771-778.
  • Dis Colon Rectum. 2011;54:1510-1520.
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  • Int J Clin Oncol. 2023;28:1388-1397.

③大腸癌の予後因子

大腸癌では、個々の患者さんの原発巣・リンパ節転移・遠隔転移の状況を評価することで、患者さんが治る確率(予後といいます)を予測することができます。そして、個々の患者さんの予後の予測に応じて、適切な治療や経過観察を行います。私たちは、新しい予後に関わる因子(予後因子といいます)を発見するための研究を行っています。

  • Am J Surg Pathol. 2014;38:197-204.(大腸癌研究会プロジェクト研究)
  • Dis Colon Rectum. 2016;59:396-402.
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  • Am J Surg Pathol. 2018;42:705-714.(Memorial Sloan Kettering Cancer Centerとの共同研究)
  • J Clin Oncol. 2021;39:911-919.(Memorial Sloan Kettering Cancer Centerとの共同研究)

④潰瘍性大腸炎に合併した大腸癌

潰瘍性大腸炎に合併した大腸癌は、通常の大腸癌とは異なる特徴を持っています。私たちは、潰瘍性大腸炎に合併した大腸癌の特徴を詳しく解析するために、病理組織学的解析や遺伝子解析を行っています。また、国内の研究機関と共同して、日本人の潰瘍性大腸炎に合併した大腸癌の特徴について研究を行っています。

  • Asian J Surg. 2019;42:267-273.
  • Oncol Lett. 2022;24:442.
  • J Gastroenterol. 2023;58:14-24.(大腸癌研究会プロジェクト研究)
  • Am J Gastroenterol. 2023;118:1626-1637.(大腸癌研究会プロジェクト研究)
  • Br J Surg. 2024;111:znad386.(大腸癌研究会プロジェクト研究)
  • J Gastroenterol Hepatol. 2024(大腸癌研究会プロジェクト研究)

⑤卵巣癌に対する拡大手術

卵巣癌は、直腸などの消化管に浸潤することがあることから、消化管合併切除を行うことがあります。私たちは、卵巣癌の直腸浸潤に対して、切除範囲をどのように設定するのがよいのかについて科学的な検討を行っています。

  • Ann Surg Oncol. 2021;28:7606-7613.
  • Ann Surg Oncol. 2021;28:7614-7615.

⑥リンチ症候群の診断と治療

リンチ症候群に発生する大腸癌では、マイクロサテライト不安定性という遺伝子変異が蓄積するタイプの癌(MSI-H大腸癌といいます)が発生することがあります。MSI-H大腸癌では、癌に対する自己免疫を強化する治療(免疫療法といいます)の効果が認められます。私たちは、リンチ症候群の患者さんに適切な治療や経過観察を行うための研究を行っています。

  • Clin J Gastroenterol. 2022;15:575-581.
  • Clin J Gastroenterol. 2024; doi: 10.1007/s12328-024-01931-0.

⑦がんゲノム医療

個々のがんの遺伝子変異に応じた医療をがんゲノム医療といいます。私たちは、がんの遺伝子変異の特徴を捉え、個々の患者さんに最適な手術・抗癌剤治療を行うための研究を行っています。

  • Clin J Gastroenterol. 2022;15:413-418.
  • Surg Case Rep. 2023;9:196.

文責:下部消化管チームチーフ 島田能史(しまだよしふみ)