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第67回新潟日報文化賞の対象となった研究について
この度は、学長・医歯学系長(医学部長)のご推薦を受けました第67回新潟日報文化賞にて選考の結果、同賞を受賞する名誉に浴し、去る10月31日に新潟日報本社での授賞式で受賞いたしました。
研究内容は、私がこれまで25年以上研究を続けてきた神経成長円錐の分子機構の研究に基づくものです。脳の機能的構成単位はシナプスであり、2つの神経細胞が機能的に結合して情報伝達を行う装置です。シナプスは発生時に形成されますが、その形成機構は、一方の神経細胞の突起先端が運動性の高い構造となって、正確な経路を採って相手方の神経細胞に到達してできると考えられます。この先端の構造を「(神経)成長円錐」(neuronal growth cone)といって、今から120年以上前にスペインの解剖学者ラモニ=カハール(脳研究者では最初のノーベル賞受賞者)が発見したものです(図1;上が成長円錐;下がシナプス)。成長円錐は発生のときが最重要ですが、それだけでなく、大人の脳が学習をした際に新たにシナプスを作る場合、あるいは神経が再生する場合にも成長円錐の働きが関係します。再生は成長円錐機能が持続的に促進されるときのみ可能で、抑制されると変性して神経細胞は死んでしまいます。
このように重要で複雑な役割を担う成長円錐で、働いている遺伝子やタンパク質の相互作用の知見は、ヒトを含む高等動物では非常にわずかな知見しかありませんでしたので、成長円錐機能を分子のレベルから説明することは非常に困難でした。私は網羅的なタンパク質の定性的・定量的な解析を行うプロテオミクス(2002年に田中耕一氏がノーベル化学賞を受賞した技術開発)を成長円錐に適用し、その分子基盤を明らかにしました(米国科学アカデミー紀要 [PNAS] 2009年)。これによって、成長円錐の新たな分子マーカー候補(図2)を明らかにすることができ、研究上の評価も高まりました。
また神経の再生に関しては、外因(神経細胞の周囲に存在している、再生を阻害する因子)と、内因(神経細胞の成長を促進または抑制している、神経細胞内で発現している因子)のバランスで、成長円錐の機能の促進(再生可能)または抑制(再生不能)が決まると考えられます(図3)。この成長円錐の機能調節を解析するため、外因の1つで最も強力なコンドロイチン硫酸(CS)を合成する酵素を欠損させたマウスで脊髄損傷を行ったところ、神経細胞の軸索の再生も顕著に生じました。しかし、この結果は単に外因が減っただけでなく、成長円錐機能に促進的なヘパラン硫酸(HS)というCSの類縁物質の増加、という内因の変化も同時に起こったことがわかりました(Nature Communications 2013年)。

このように成長円錐の分子基盤を介して、脳の働きの実体である「神経回路」の形成・再編・修復の多様な現象を明らかにしつつあります。これらの点が評価されて、今回の受賞につながったものと思っております。

今後、さらに動的な「リン酸化」「イメージング」「極性形成」など、新たなキーワードを追加して神経の成長・再生に関する研究にチャレンジしていきたいと思います。引き続き、学内の先生方のご支援を賜りますよう、お願いいたします。