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2025/11/26 研究成果
脳から脊髄へ信号をコンピュータで橋渡し脊髄損傷者の歩行機能を回復する人工神経接続システム

東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクトの西村幸男プロジェクトリーダーの研究グループでは、運動指令を含む生体信号を、コンピュータを介して、損傷していない神経に指令を送ることを実現する人工神経接続システムを開発しています。
この度、人工神経接続システムを用いて、手の筋肉の動きで操作できる非侵襲的(手術を伴わない)な脊髄刺激法を用いることで、脊髄損傷で歩けなくなった人が再び自分の意思で脚を動かせるようにすることに成功しましたのでお知らせします。
本研究成果は、2025年11月26日(水)10時(日本時間)に英国科学雑誌「Brain」オンライン版に掲載されました。
 
<論文名>
“Noninvasive closed-loop spinal stimulation restores leg stepping control in humans with paraplegia”
(非侵襲的な閉ループ脊髄刺激により、対麻痺のある脊髄損傷者の脚の歩行制御が回復する)
 
<発表雑誌>
英国科学雑誌「Brain」
DOI:10.1093/brain/awaf230
URL:https://doi.org/10.1093/brain/awaf230
 
概要
脊髄損傷による歩行障害は、脳から脚への命令がうまく届かなくなることで起こります。東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクトの西村幸男プロジェクトリーダーの研究グループでは、運動指令を含む生体信号を、コンピュータを介して、損傷していない神経に指令を送ることを実現する人工神経接続システムを開発しています。本研究において、当研究所 脳機能再建プロジェクトの田添歳樹主席研究員と西村幸男プロジェクトリーダー(前職:生理学研究所 准教授、兼職:新潟大学 客員教授)、相模女子大学の笹田周作教授(前職:生理学研究所 博士研究員)、千葉県千葉リハビリテーションセンターの村山尊司リハビリテーション治療部長、福島県立医科大学の宇川義一名誉教授らの共同研究グループは、人工神経接続システムを用いて、手の筋肉の動きで操作できる非侵襲的(手術を伴わない)な脊髄刺激法を用いることで、脊髄損傷で歩けなくなった人が再び自分の意思で脚を動かせるようにすることに成功しました。この方法では、腰付近の脊髄に磁気刺激を与えることで、運動麻痺の残る脚に「歩くような動き」を引き出すことができます。さらに、この刺激法を何度も繰り返し行うことで、筋の反応や脚の動きがだんだん良くなることも明らかになりました。この方法は、脊髄損傷によって途切れた経路を迂回して、残っている神経回路を活性化させる仕組みです。手術をせずにできるため、安全性が高く、将来の歩行機能リハビリテーションに大きな可能性を秘めています。

研究の背景
脊髄が損傷すると、脳から脚を動かす命令がうまく伝わらなくなり、下半身麻痺(対麻痺)になります。しかし、脚の筋を動かす神経の集まった脊髄の部分(腰髄)に損傷がなければ、脳とその部分を再びつなげることで、麻痺した脚を自分の意思で動かせる可能性があります。そのための最も効果的な方法の1つが、「コンピュータ・インターフェイス」という装置を使って脳の意思を読み取って電気刺激として脊髄に伝えるものです。コンピュータを介して、損傷した部分を迂回し、脳の命令を脚の神経回路に届けます。動物実験や人を対象とした臨床研究では、この技術によって腕や脚の運動機能を再建できることを我々や他の国のグループが報告しています。ただし、これまでの技術は脳や脊髄に電極を埋め込む外科手術が必要な「侵襲的な方法」に限られており、広く実用化するには課題があります。そこで、より多くの人に使えるような「手術の必要のない(非侵襲的な)人工神経接続の方法」が強く求められています。
 
研究の説明と成果
今回の研究では、脊髄損傷の受傷後半年または1年以上が経過し、通常のリハビリテーション法では機能回復が見込まれない慢性期の方を対象に行われました。脊髄損傷の影響のない手の筋肉の信号(筋電図)を皮膚上に貼り付けた無線の筋電図センサーで記録し、コンピュータ・インターフェイスを介して磁気刺激装置をトリガするパルス信号に変換しました。磁気刺激は、コイルに発生する磁場変化によって体表面から痛みなく脳・脊髄・末梢神経・筋肉などを活動させられる技術です。今回は、脚を動かす神経の集まった腰髄を狙って腰の位置を背中側から磁気刺激を行いました。測定は、研究対象者がベッド上で横向きの姿勢で横たわり、両脚を天井から吊るした足置きに固定された状態で行われました(図2A)。対象者は、麻痺のため自力では両脚を動かすことが困難でしたが、手の筋収縮をリズミカルに繰り返すと、コンピュータ・インターフェイスを介してこれに連動した磁気刺激が腰髄の神経の働きを促すことで、左右の脚がまるで歩いている時のようなステップ運動を開始することが分かりました(図2A)。また、対象者は手の筋収縮の強さやリズムを調整することで、磁気刺激により生み出されるステップ運動の歩幅やリズムをコントロールすることが可能でした(図2B)。つまり、外科手術を必要としない方法でも、コンピュータ・インターフェイスが脳からの指令を腰髄へ伝える「人工神経迂回路」として機能し、麻痺の残る両脚の運動をコントロールできることが証明されたことになります。

さらに、今回の研究では、人工神経接続システムを介した磁気刺激によるステップ運動を繰り返すことで脚の運動機能が高まることも明らかとなりました。脊髄の損傷が磁気刺激を与える腰髄よりも高い位置にある頸髄損傷や胸髄損傷の方では、人工神経接続システムにより生み出されるステップ運動が測定を繰り返すごとに大きくなっていくことが示されました(図3C)。また、それだけでなく、測定前は自力ではわずかにしか動かすことのできなかった両脚が、測定を繰り返した後では、人工神経接続システムが無い状態でも大きく動かせるように本来の運動機能が改善していることが明らかとなりました(図3D)。この本来の下肢運動機能の改善は、測定前に少しでも脚を動かすことのできた、いわゆる「不全麻痺」の方に限られていたことから、人工神経接続システムを介した腰髄への磁気刺激は、脊髄損傷後もわずかに残った脳と腰髄を繋ぐ神経の働きを強化することで、運動機能の改善を導いた可能性があります。

この研究成果が社会に与える影響
今回の研究で最も重要な成果は、手術を必要としない方法で損傷されていない脊髄を刺激することによって、脊髄損傷により慢性的に麻痺の残った両脚の歩行動作のコントロールが回復したことです。この方法では、神経の働きを模倣した「コンピュータ・インターフェイス」が使われました。これまでの同様の方法では、外科手術で電極を体内に埋め込む必要がありましたが、今回使われた磁気による脊髄刺激は、身体に負担が少なく、安全性が高いと考えられています。そのため、本研究で用いられた方法は、外科手術ができない人やそれを望まない人にも適用できる、新しい非侵襲的なリハビリテーション法となる可能性が示されています。
 
<本研究の主な助成事業>
本研究は、東京都の施策推進のための特別研究として実施され、JST戦略的創造研究推進事業 さきがけ、文部科学省研究補助金 JSPS KAKENHI、Wings for Life Spinal Cord Research Foundationの支援を受けて行われました。
 
 
【問合せ先】
(研究に関すること)
公益財団法人東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクト 西村幸男
メールアドレス:nishimura-yk@igakuken.or.jp
 
(東京都医学総合研究所に関すること)
事務局研究推進課:乙竹・伊藤
 
(生理学研究所に関すること)
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室:西尾
メールアドレス:pub-adm@nips.ac.jp
 
(新潟大学に関すること)
新潟大学広報事務室:櫻井
メールアドレス:pr-office@adm.niigata-u.ac.jp
 
(千葉県千葉リハビリテーションセンターに関すること)
リハビリテーション治療部:村山尊司
メールアドレス:rehabilitation-bu@chiba-reha.jp

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