
心サルコイドーシスにおける脳扁桃体と心イベントの関連を同定 −今後の心臓治療のターゲットとして脳に期待−
新潟大学医歯学総合病院循環器内科の大槻総助教、同大学大学院医歯学総合研究科循環器内科学分野の猪又孝元教授、同大学脳研究所臨床機能脳神経学分野の畠山公大助教、島田斉教授らの研究グループは、心疾患患者さんでみられる心室性不整脈などの重大心イベント発生のリスク予測に、脳画像を用いた扁桃体活性の評価が有用であることを明らかにしました。
扁桃体はストレスや恐怖などの情動にかかわる脳の部位で、慢性のストレスに応じて交感神経の持続的な活性化を引き起こし、心不全や致死性の不整脈である心室性不整脈などの発症に繋がると想定されています。しかし心疾患を有する患者さんにおいて、重大心イベント発症予測における脳扁桃体活性値評価の有用性についてはこれまで明らかになっていませんでした。本研究では、心サルコイドーシス1) と診断された40例のFDG2)-PET3) 画像を利用し、脳扁桃体高活性が将来の心室性不整脈・心不全入院の発生に関連していることを明らかにしました。
本研究成果は、心臓治療における新たな予防・治療戦略確立につながるものであり、臨床的にも大きな意義を持ちます。
【本研究成果のポイント】
・心サルコイドーシス患者さんにおける心不全・致死性不整脈発生と脳扁桃体高活性の関連を明らかにした。
・FDG-PET による脳扁桃体の評価は撮像のタイミングに関係なく安定していた。
・本研究の結果は心サルコイドーシス患者さんの臨床経過を予測する上で有用である。
Ⅰ.研究の背景
サルコイドーシスは原因不明の肉芽腫性疾患で、稀に心筋にも影響を与えます。心室頻拍等の致死的な不整脈が発生することがあり、場合により植込み型除細動器4) が必要となります。死亡原因の72%は心イベントによるものであり、予後改善には早期のリスク予測が重要ですが、確立されたバイオマーカーはありません。
交感神経活動の亢進は心血管疾患のリスク因子であることが知られており、慢性ストレスによる脳扁桃体の活動は交感神経活動の亢進を誘発することで心イベントに関連していると近年注目されています。本研究グループは、心サルコイドーシス患者における扁桃体活動と心室性不整脈を主とする心イベントとの関連についてFDG-PETを用いて調査し、扁桃体活性が心イベントの予測因子として有用であるかを検討しました。
Ⅱ.研究の概要・成果
新潟大学医歯学総合病院における40人の心サルコイドーシス患者さんの扁桃体活動と心イベント(心不全による入院及び心室性不整脈)の関連を調査しました。扁桃体活性は、心サルコイドーシス患者さんの心筋の炎症を評価する目的で撮像していた全身のFDG-PET画像を用いて、脳の扁桃体部位の画像を解析することで評価しました。
その結果、心イベントを発症した症例は、発症しなかった症例に比べて、右側・左側・両側の平均値のいずれにおいても扁桃体活性の値が高いことがわかりました(図1)。

図1 左図は本研究で使用したFDG-PET画像。色調が赤に近づくほど活性が高い。右図で赤く示した部位が扁桃体。
さらに扁桃体活性と心イベント発生の関係を検討した結果、左側の活性値が高い症例では特に心イベントのリスクが高いことが示されました(図2)。

図2 心不全入院または心室性不整脈の発生を心イベントと定義して作図した生存曲線。縦軸は心イベント回避率、横軸は追跡期間年数。左扁桃体高活性群(赤線)のほうが低活性群(青線)に比べて、経時的に心イベントを発生していくのがわかる。
また、複数回のPET検査を受けた32人の解析では、初回の活性値と複数回の検査による活性値の平均が強く相関していることがわかり、複数回の検査による平均値についても心イベントの予測因子であることが確認されました。
これらのことから、左側扁桃体の高活性は心イベントの予測因子であり、FDG-PETを用いた扁桃体活性の評価は比較的安定していることが確認されました。この結果はFDG-PETを用いた正確な予後予測に基づいて追加治療の必要性を判断する、といった新たな治療戦略確立につながる成果であり、臨床的にも大きな意義を持つものです。
Ⅲ.今後の展開
他の心疾患においても同様の解析を行い、扁桃体活性が心室性不整脈に関連することが一般的なのかどうか検証していきます。将来的には、脳扁桃体評価に基づく追加治療による心イベント予防の実現、脳扁桃体をターゲットとした新たな心室性不整脈治療法の確立を目指します。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2025年4月14日、分子イメージング分野におけるトップジャーナルである科学誌「European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging」に掲載されました。
【論文タイトル】Relation between resting amygdala activity and cardiovascular events in patients with cardiac sarcoidosis(邦題:心サルコイドーシス患者における安静時扁桃体活動と心血管イベントの関係)
【著者】Sou Otsuki*,†, Masahiro Hatakeyama*, Atsushi Michael Kimura, Kosei Nakamura, Mikhail Ratanov, Rie Akagawa, Hironori Furuse, Naomasa Suzuki, Yasuhiro Ikami, Yuki Hasegawa, Masaomi Chinushi, Hitoshi Shimada†, Takayuki Inomata.
(*equally contributed; †corresponding authors)
【doi】10.1007/s00259-025-07266-3
論文はインターネット上で、どなたでも無料で全文を閲覧していただくことが可能(オープンアクセス)です。
https://link.springer.com/article/10.1007/s00259-025-07266-3
Ⅴ.謝辞
本研究は、厚生労働省科学研究費補助金(JP23H02825、JP22K16132)の支援を受けて行いました。
【用語解説】
1)サルコイドーシス
全身の様々な臓器に肉芽腫(にくげしゅ)と呼ばれる病変が形成される原因不明の疾患です。まれに心臓も侵されることがあります(心サルコイドーシス)。後述のFDG-PETは、心サルコイドーシスの炎症の評価や診断に有用な検査として保険適用となっています。
2)FDG
フルオロデオキシグルコース(Fluorodeoxyglucose)の略称です。後述のPET検査で用いる薬剤のひとつで、脳以外の全身におけるがんや炎症の評価のほか、脳神経細胞の活動性評価を行うことができます。
3)PET
陽電子断層撮影法(Positron Emission Tomography)の略称です。生体内のさまざまな機能や病的変化を評価することが可能な画像技術の一種です。微量の放射線を発する放射性同位元素を結合したPET用の薬剤を患者に投与することで、PET薬剤から放射される陽電子と自由電子が衝突した際に発生する消滅ガンマ線をPET装置が検出し、体深部に存在する生体内物質の局在や量などを三次元的に測定することができます。
4)植込み型除細動器
体内に埋め込まれた状態で心臓の脈を常時監視し、致死性の重大な不整脈が発生した際に、それを感知して電気ショックによる治療を行い、心臓の働きを正常に戻すための医療機器です。
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学医歯学総合病院循環器内科
助教 大槻 総(おおつきそう)
E-mail:tallmoca_0825@yahoo.co.jp
【広報担当】
新潟大学医歯学系総務課
E-mail:shomu@med.niigata-u.ac.jp



