神経生理学

1.研究概要

 ヒトやサルなどの霊長類では物を見わける能力が高く、このため種々の知的能力の発達が影響を受けてきたはずです。わたしたちは、主に霊長類の動物モデルを用いた電気生理学的なアプローチによる実験により物体の視覚認知を担う脳の動作原理を明らかにし、人類の知性の謎に迫ることを目指します。
 詳しい研究内容については、神経生理学ホームページをご覧ください。

2.研究体制

 わたしたちの研究チームの特徴は、動物実験、電極開発、生体医工学、認知科学、臨床脳手術まで、多分野のバックグラウンドを持つ研究者が技術と経験を結集して分野融合的な研究を行っていることです。医学科中心のコアステーション「脳の夢づくり連携センター」および学部横断的な超域学術院「霊長類大脳高次機能の解読と制御」により学内連携の和を拡げ、医歯学系の分野だけでなく、工学部、教育学部、文学部等との連携、さらには外部の研究機関との共同研究、産学連携や知的財産の取得にも積極的に取り組んでいます。

3.研究内容

 研究テーマは視覚認知の大脳メカニズムです。 特に、『機能円柱』と呼ばれる脳のユニットに含まれる神経細胞集団の活動から、全脳ネットワークの相互作用にいたるまで、システムとしての大脳連合野のはたらきをミリ秒単位の高い時間分解能で理解することが、わたしたちの研究目標です。 この目標に向けたアプローチとして、皮質脳波(Electrocorticogram: ECoG)法と呼ばれる臨床由来の計測技術に革新をもたらし、個々の実験ごとに特化させてきました。この皮質脳波法を軸として、教室員が一丸となって、脳に優しい電極の開発から、光遺伝学との融合、霊長類やげっ歯類における動物モデルを用いた実験、ヒト臨床研究まで、一貫した研究を展開しています。平成20年度から24年度まで、文部科学省の脳科学研究戦略推進プログラム課題A・B「ブレイン・マシン・インターフェイスの開発」に参加し、脳に網をかけるようにしなやかに覆う、メッシュ型の皮質脳波多点電極を、東京大学工学部(現 情報通信研究機構)の鈴木隆文博士との共同研究によりマイクロマシン技術を駆使して開発してきました。これにより、脳内電気信号の標準的計測手法である刺入型微小電極法に比べて、より低い侵襲で、広範囲の大脳電気活動を、長期安定的に記録することが可能となりました。『網』の隙間には穴が開いているため、脳との高い密着性が実現し、また金属微小電極や光ファイバーなどの刺入型プローブとの組み合わせも可能です。同じ名前でも頭皮の上から記録する通常の『脳波』と異なり、皮質脳波は脳の表面から電気信号を直接計測するため、格段に高い記録感度を持つのが特徴です。また広範囲の神経活動を一度に記録できる種々の脳機能イメージング技術と比べると、電気計測であるため時間分解能が高いのが特徴です。 皮質脳波法は、マカクザルでは脳の外表面のみならず脳溝の中への留置も可能です。側頭葉のほぼ全域に相当する視覚連合野の広い領域をカバーすることもできます。ATR脳情報研究所の神谷室長との共同研究で機械学習アルゴリズムによる脳情報の解読を試みたところ、視覚刺激のカテゴリーに関する情報が下側頭葉の皮質脳波記録により極めて正確に読みとれることが明らかになってきました。この研究成果をさらにブラシュアップすれば、イメージの脳情報を読みといてコミュニケーションの支援につなげる、革新的医療技術の創造にも役立つことが期待できます。一方で、視覚認知の基礎研究をさらに深化させて、イメージ、記憶、文字、社会認知などの高次機能の大脳神経メカニズム解明を志向したプロジェクトへの展開も図っているところです。

4.研究の成果

[分野] 神経生理学
[研究テーマ] 皮質脳波法による視覚連合野の脳活動記録と脳情報の解読

[内容]
 脳の表面と溝をしなやかに覆う侵襲の低い電極および手術法を開発し、動物実験で皮質脳波を単一細胞活動と同時に記録し、皮質脳波信号の長期安定性を検証しました(Toda et al Neuroimage 54, 203-12, 2011)。また、柔軟な皮質脳波電極をサルの下側頭葉皮質の脳溝内を含む広範囲に留置し、多点記録する手術法を開発しおこなったりすることが可能となりました(Matsuo, Kawasaki, et al Front Syst Neurosci 5:34. doi: 10.3389/fnsys.2011.00034. 2011)。

[写真など]