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2025/10/03 研究成果
致死的な重症薬疹の候補治療薬を開発 −重症薬疹に特異的な細胞死を抑制する阻害剤を探索し、非臨床試験で有効性を明らかに−

新潟大学大学院医歯学総合研究科博士課程の木村春奈(大学院生)、同大学医歯学総合病院皮膚科の長谷川瑛人助教、同大学大学院医歯学総合研究科皮膚科学分野の阿部理一郎教授らと東京大学大学院理学系研究科化学専攻分析化学研究室の小澤岳昌教授ら、山梨大学大学院総合研究部医学域の小川陽一講師(医学部皮膚科学講座)らの共同研究グループは、重篤な薬疹であるスティーヴンス・ジョンソン症候群(以下、SJS)や中毒性表皮壊死症(以下、TEN)の予後を改善させる可能性がある新規治療薬を開発しました。
SJS/TENは致死率が30%と非常に生命予後の悪い疾患です。本研究グループは過去に、病変部の皮膚でformyl peptide receptor 1(以下、FPR1)を介したネクロプトーシス(注1)という種類の細胞死が起きていることを明らかにしました。本研究では、ネクロプトーシスを阻害する薬剤を開発し、SJS/TENのモデル細胞において細胞死を抑制し、モデルマウスにおいて疾患発症を抑える結果を得ました。本研究結果は、2025年9月30日、科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
 
【本研究成果のポイント】
・SJS/TENは致死率の高い重篤な疾患であり、有効性の高い新規の治療薬の開発が必要です。過去に本研究グループは、病変部の皮膚の細胞でネクロプトーシスという種類の細胞死が起きていることを明らかにしました。
・ネクロプトーシスを抑制するSJS/TENの新規の治療薬を開発するために、20万以上の化合物を含む化合物ライブラリーから、ネクロプトーシス阻害剤を探索するスクリーニング方法を開発しました。
・SJS/TENのモデル細胞、モデルマウスを用いた実験において、この薬剤がネクロプトーシスを抑制することで、SJS/TENの治療に有効である可能性を示しました。
 
Ⅰ.研究の背景
SJS/TENは薬剤投与により発症し、全身の皮膚や粘膜が壊死してしまう重篤な疾患で、国が定める指定難病です。日本の診療ガイドラインにおいては副腎皮質ステロイドの全身投与が第一選択で、難治な症例には免疫グロブリン大量静注療法や血漿交換療法などを行いますが、約30%の患者が致死的な経過となるため、より有効な新規治療薬の開発が必要とされてきました。
本研究グループでは、過去にSJS/TENの皮疹部において、皮膚細胞にネクロプトーシスという細胞死が起きており、このネクロプトーシスは皮膚の細胞に発現しているFPR1という受容体への刺激を介して起こることを発見しました。そのため、本研究ではFPR1阻害活性が高い化合物を探索するためのスクリーニング方法を開発し、SJS/TENモデル細胞を用いて、FPR1阻害剤がSJS/TENの新しい治療薬として有効である可能性を示しました。
 
Ⅱ.研究の概要と成果
本研究グループは、東京大学創薬機構の化合物ライブラリーから、FPR1を阻害する効果の高い化合物を探索しました。FPR1はGタンパク質共役受容体(GPCR)と呼ばれる受容体グループに属します。GPCRはGタンパクとβアレスチンのそれぞれを介するシグナルから機能が発揮されます。小澤教授らが開発したGタンパクアッセイとβアレスチンアッセイはそれぞれのシグナルを検出できるものです。この手法を用いて、FPR1阻害効果の高い化合物を東京大学創薬機構のライブラリーの中から候補化合物として2種類選出しました(図1)。また、FPR1阻害効果があることが既に報告されている化合物5種類も候補化合物としました。

次に、培養細胞でSJS/TENと類似した現象(細胞死)を生じるモデル細胞を作成し、選出した7種類の候補化合物についてネクロプトーシスを抑制する効果を検証したところ、FPR1阻害効果が既に報告されている候補化合物のケノデオキシコール酸(以下、CDCA)が最も高いネクロプトーシス抑制効果を示しました(図2)。

最後にSJS/TENの病態を模したモデルマウスに対し、CDCAを投与したところ、SJS/TEN様の結膜炎の症状を完全に抑制することができました(図3)。

本研究の結果から、CDCAがSJS/TENに対して有効な治療薬となる可能性が示されました。CDCAは日本においても、胆石症に対して40年以上前から使用されている、安全性の高い薬剤です。SJS/TENに対しては、ネクロプトーシスをターゲットにする新規の治療薬であり、SJS/TENの予後を改善させる効果が期待できます。
 
Ⅳ.今後の展開
今回の研究で、SJS/TENに対してCDCAが有効な治療薬である可能性が示されました。今後はCDCAの実用化を目指し、モデルマウスを用いた非臨床試験を進め、実際のSJS/TEN患者に対するCDCAの有効性を検証する臨床試験の準備を進めていきたいと思います。
 
Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2025年9月30日、科学誌「Nature communications」(IMPACT FACTOR: 15.7)に掲載されました。
【論文タイトル】Inhibition of formyl peptide receptor-1-mediated cell death as a therapy for lethal cutaneous drug reactions in preclinical models
【著者】Haruna Kimura, Akito Hasegawa*, Tomoki Nishiguchi, Hong Ha Nguyen, Masatoshi Eguchi, Manao Kinoshita, Youichi Ogawa, Takeaki Ozawa*, Riichiro Abe*
*:corresponding author
【doi】10.1038/s41467-025-63744-0
 
Ⅵ.謝辞
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業基盤研究(A)「重症薬疹における特異的細胞死機序解明とバイオマーカー探索」(18H04047)、基盤研究(C)「重症薬疹における特異的細胞死機序解明と新規治療薬開発」(23K15264)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「重症薬疹における特異的細胞死誘導受容体をターゲットにした新規治療薬開発」(20ek0109317h0003、24ek0109714h0001)、医薬品等規制調和・評価研究事業「免疫チェックポイント阻害剤により増強される他薬剤による重症薬疹の病態解明、診断法開発に関する研究開発」(24mk0121292h0001)の支援を受けて行われました。
 
 
【用語解説】
(注1)ネクロプトーシス
プログラムされた細胞死の1種。細胞死には外的刺激などによって受動的に起こるネクローシスという細胞死と、体内で管理、調節されて能動的に起こるプログラム細胞死の2つに大別される。プログラム細胞死にはネクロプトーシスの他に、アポトーシスやパイトーシスなどの種類がある。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学大学院医歯学総合研究科
皮膚科学分野
教授 阿部 理一郎(あべ りいちろう)
E-mail:aberi@med.niigata-u.ac.jp
 
東京大学大学院理学系研究科
化学専攻 分析化学研究室
教授 小澤 岳昌(おざわ たけあき)
E-mail:ozawa@chem.s.u-tokyo.ac.jp
 
山梨大学大学院総合研究部医学域
(医学部皮膚科学講座)
講師 小川 陽一(おがわ よういち)
E-mail:yogawa@yamanashi.ac.jp
 
【広報担当】
新潟大学広報事務室
E-mail:pr-office@adm.niigata-u.ac.jp
 
東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室
E-mail:media.s@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
 
山梨大学総務企画部総務課広報・渉外室
E-mail:koho@yamanashi.ac.jp

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