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2023/04/06 研究成果
ヒトパレコウイルスが細胞へ侵入し感染するために必要な細胞膜蛋白質を同定

ヒトパレコウイルス3型(PeV-A3)(注1)は、子供や大人に発熱、上・下気道炎、胃腸炎、発疹などを引き起こすウイルスですが、時に新生児・早期乳児に敗血症(注2)や髄膜脳炎(注3)などの重症感染症を引き起こすことが大きな問題となっています。
新潟大学大学院保健学研究科検査技術科学分野の渡邉香奈子准教授、同大学大学院医歯学総合研究科ウイルス学分野の藤井雅寛教授(現・客員研究員)らの研究グループは、同大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野(齋藤昭彦教授)、同大学大学院医歯学総合研究科機能制御学分野(山下俊一助教、神吉智丈教授)、国立感染症研究所、金沢医科大学との共同研究で、MYADM(注4)蛋白質が、PeV-A3が細胞に侵入し感染するために必須のヒト蛋白質であることを発見しました。本研究成果は、PeV-A3感染症が重症化するメカニズムの解明および治療薬の研究開発につながると期待されます。
 
【本研究成果のポイント】
・MYADMが、PeV-A3が細胞に侵入し感染するために必須な細胞蛋白質であることを発見しました。
・PeV-A3は、細胞膜上のMYADMの細胞外領域に結合し、細胞に侵入し感染することを明らかにしました。
 
Ⅰ.研究の背景
PeV-A3は、子供や大人に発熱、上・下気道炎、胃腸炎、発疹などを引き起こすウイルスですが、時に、新生児・早期乳児に敗血症や髄膜脳炎などの重症感染症を引き起こすことがあります。
ウイルス感染症が重症化するメカニズムを解明するためには、ウイルスが細胞に侵入し感染する際に利用する細胞蛋白質を発見することが不可欠ですが、PeV-A3の場合は見つかっていません。
 
Ⅱ.研究の概要
今回、本研究グループは、PeV-A3が細胞に侵入し感染するために必須の細胞蛋白質としてMYADM(myeloid-associated differentiation marker)を世界で初めて同定しました。PeV-A3はヒト由来のHuTu-80細胞に感染しますが、HuTu-80細胞のMYADM遺伝子をノックアウト(MYADM-KO)してMYADMの発現を失わせると、この細胞にPeV-A3は感染しなくなりました。PeV-A3は、ヒト細胞と異なり、ハムスター由来のBHK-21細胞に感染しませんが、BHK-21細胞にヒトMYADM遺伝子を導入すると(BHK-MYADM)、この細胞にPeV-A3は感染するようになりました(図1)。

マウスの細胞は、ハムスターの細胞と同様に、PeV-A3に感染しません。PeV-A3が感染できないBHK-21細胞に、マウスMYADM遺伝子を発現させても、PeV-A3は感染しませんでした。そこで、ヒトとマウスのMYADMのPeV-A3感染性の違いを解析しました。細胞に感染する際、ウイルスは細胞膜に存在する分子の細胞外領域に結合します。ヒトとマウスのMYADMは4つの細胞外領域を持っています(図2a)。ヒトとマウスのMYADMを比較したところ、4番目の細胞外領域(第4細胞外領域)に大きな違いがあり、マウスMYADMには、10個のアミノ酸置換と1つの挿入配列が存在しました(図2b)。そこで、ヒトとマウスのMYADMの第4細胞外領域のみを置換したキメラ蛋白質(注5)を作製しました。一つは、マウスMYADMの第4細胞外領域のみをヒトMYADMに置き換えたキメラ蛋白質(F-MHM)であり、もう一つは、ヒトMYADMの第4細胞外領域のみをマウスMYADMに置き換えたキメラ蛋白質(F-HMH)です(図2c)。これらのキメラ遺伝子をBHK-21細胞に導入し、PeV-A3の感染性を調べました。PeV-A3は、マウスMYADMをベースにしたヒトMYADMの第4細胞外領域を発現している細胞(BHK-F-MHM)に感染しました。一方、PeV-A3は、ヒトMYADMをベースにしたマウスMYADMの第4細胞外領域を発現する細胞(BHK-F-MHM)には感染しませんでした(図2d)。即ち、ヒトMYADMの第4細胞外領域がPeV-A3の感染に必須であることが示されました。

次に、PeV-A3のウイルス蛋白質が細胞に発現したヒトMYADMに結合するかどうかを検討しました。PeV-A3のVP0蛋白質は、ヒトMYADMに結合しましたが、マウスMYADMには結合しませんでした。更に、ヒトとマウスMYADMのキメラ蛋白質を用いて検討したところ、PeV-A3のVP0蛋白質は、ヒトMYADMの第4細胞外領域に結合することが示されました。これらの結果から、PeV-A3のVP0蛋白質がMYADMの第4細胞外領域に結合し、PeV-A3が細胞に感染することが分かりました。
次に、PeV-A3が、HuTu-80細胞以外のヒト細胞に感染するかどうかを調べました。PeV-A3は、7種類のヒト細胞のうち、5種類に感染し、子ウイルスを産生しました。この5種類は、すべて、MYADMを発現していました。一方、Saos2細胞はMYADMを発現しておらず、PeV-A3には感染しませんでした。これらの結果は、MYADMがPeV-A3のヒト細胞への感染に必須であることを支持しました。興味深いことに、Jurkat細胞はMYADMを発現しているにもかかわらず、PeV-A3には感染しませんでした。これらの結果は、PeV-A3感染には、MYADM以外の分子(X)が必要であり、Jurkatは、この分子Xを持っていないことを示唆しました。
最後に、MYADMがPeV-A3以外のPeV-Aの感染に関与しているかどうかを、MYADM-KO細胞およびBHK-MYADM細胞を用いて検討しました。その結果、MYADMは、PeV-A3に加えて5種類のPeV-A(PeV-A1, A2, A4, A5, A6)の感染に必須であることが判明しました。
 
Ⅲ.研究の成果
今回、ヒトMYADMが、PeV-A3が細胞へ侵入し感染するために必須の細胞蛋白質であること、その際、PeV-A3はMYADMの第4細胞外領域に結合し、細胞に感染することを明らかにしました。この研究により、PeV-A3感染症が重症化するメカニズムの解明と治療薬の開発につながることが期待されます。
 
Ⅳ.今後の展開
今後は、ヒトMYADMを発現するマウスを作製し、このマウスを用いて、PeV-A3重症化のメカニズムを解析していく予定です。また、MYADMを標的としたPeV-A3治療薬の開発を計画しています。
 
Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2023年3月31日、科学誌「Nature Communications」(IF:17.694)のオンライン速報版に掲載されました。
論文タイトル:Myeloid-associated differentiation marker is an essential host factor for human parechovirus PeV-A3 entry
著者:渡邉香奈子、岡智一郎、高木弘隆、セルゲイ アニシモフ、山下俊一、葛城美徳、高橋雅彦、樋口雅也、神吉智丈、齋藤昭彦、藤井雅寛
doi:10.1038/s41467-023-37399-8
 
Ⅵ.謝辞
本研究は、JSPS科研費JP19K08294、AMED JP18fk0108018の支援を受けて行われました。
 
 
【用語解説】
(注1)ヒトパレコウイルス(PeV-A)
PeV-Aはピコルナウイルス科パレコウイルス属に分類されるRNAウイルスです。PeV-Aには19の遺伝子型(PeV-A1―A19、1型〜19型)が存在します。臨床検体からは、PeV-A1(1型)とPeV-A3(3型)が最も多く検出されます。PeV-A1およびPeV-A3はともに、乳幼児に発熱、上・下気道炎、胃腸炎、発疹などを引き起こします。一方で、PeV-A3は、時に、新生児・早期乳児に重症の感染症を引き起こします。
 
(注2)敗血症
ウイルスや細菌の感染症が原因となって、炎症が全身に広がり、熱や心拍数が増えたり、手足が冷たくなったり、血液が全体にうまく運ばれないなどの全身の症状が起きている状態。
 
(注3)髄膜脳炎
髄膜炎と脳炎が一緒にみられ、ウイルス感染などでみられる病態。髄膜炎とは脳や脊髄を包んで保護している髄膜に炎症が起きた病態。脳炎は脳に炎症が起きた病態。
 
(注4)MYADM(myeloid-associated differentiation marker)
MYADMは細胞膜に存在する8回膜貫通型の蛋白質です。造血幹細胞が骨髄系細胞に分化する際に発現量が増加する蛋白質として同定されました。MYADMは免疫および炎症反応に関与することが示されています。
 
(注5)キメラ蛋白質
2つの異なる分子の融合蛋白質です。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科ウイルス学分野
客員研究員 藤井 雅寛(ふじい まさひろ)
E-mail:fujiimas@med.niigata-u.ac.jp

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