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2019/09/27 研究成果
子宮体がんの新たな治療標的を同定しました −アルコール依存症治療薬のアルデヒド脱水素酵素阻害剤・糖の取り込み阻害剤が子宮体がん幹細胞の増殖を抑制−

本学大学院医歯学総合研究科産科婦人科学分野の榎本隆之教授,石黒竜也助教らの研究グループは,同循環器内科学分野南野徹教授,国立がん研究センター研究所の岡本康司分野長らとの共同研究で,子宮体がん幹細胞の培養に成功し,アルデヒド脱水素酵素の阻害剤および糖取り込み阻害剤が抗がん剤パクリタキセルと協調して,子宮体がんの増殖を抑制することを明らかにしました。本研究結果はCell Press 社の科学雑誌Stem Cell Reportsに掲載されました。
 
【本研究成果のポイント】
・子宮体がん患者様のがん組織から,がん幹細胞の培養に成功しました。
・アルデヒド脱水素酵素の阻害剤(アルコール依存症の治療薬として使用されているシスルフィラムなど)および糖の取り込みの阻害剤が,抗がん剤パクリタキセルとそれぞれ協調して子宮体がんの増殖を抑制することを見出しました。
 
Ⅰ.研究の背景
子宮体がんは早期であれば再発率が低く予後は良好ですが,遠隔転移を認める例や高悪性度例では未だに予後が不良な疾患です。また現在使用されている治療薬が少ないため,治療に難渋する例も多く,新たな治療薬の開発が望まれています。
近年,がんの増殖や転移,治療抵抗性に関わる「がん幹細胞(注1)」の研究が進み,「がん幹細胞」を標的とした治療戦略の開発が期待されています。
 
Ⅱ.研究の概要
がん幹細胞の研究に向け,臨床の患者様の腫瘍からがん幹細胞を培養する事は大変有用です。しかし,子宮体がんの腫瘍を用いたがん幹細胞の安定的な培養法はこれまで十分に報告されていませんでした。本研究では,予後不良な高悪性度の子宮体がん患者様から提供いただいた腫瘍組織を用い,がん幹細胞の培養に成功しました。この培養した細胞を用いた解析で,アルコールの解毒などに関わる種のアルデヒド脱水素酵素の活性(注2)や糖の取り込みが,子宮体がん幹細胞の増殖に重要であることを見出しました。
 
Ⅲ.研究の成果
1.子宮体がん臨床腫瘍組織からの「がん幹細胞」の培養の成功
特有な方法を用いることで,子宮体がん患者様より提供いただいた子宮体がん組織から「がん幹細胞」の安定的な培養に成功しました。同細胞は免疫不全マウスへの移植により,患者様腫瘍と同様の腫瘍を形成する事を確認しました。

2.子宮体がん幹細胞のマーカー「アルデヒド脱水素酵素の活性」の阻害による子宮体がん幹細胞の増殖抑制
子宮体がん幹細胞を特定するマーカーとして他のがん腫でも報告のある「アルデヒド脱水素酵素(ALDH)の活性」の有用性を見出しました。
アルコール依存症の治療薬として使用されているシスルフィラムなどを用い「アルデヒド脱水素酵素の活性」を抑制することで子宮体がんの増殖が抑制されることを確認しました。
 
3. 子宮体がん幹細胞の増殖における糖代謝の意義および糖取り込み阻害による増殖抑制
「アルデヒド脱水素酵素の活性」が高い子宮体がん幹細胞において,細胞内のエネルギー代謝に関わる「解糖系(注3)」が亢進している事を見出しました。特に糖(グルコース)の取り込みが重要であり,糖の取り込みに関わる糖輸送体(注4)GLUT1の働きを抑えることで子宮体がんの増殖が抑制されることを見出しました。
 
4.抗がん剤パクリタキセルとアルデヒド脱水素酵素阻害または糖取り込み阻害の協調効果
「アルデヒド脱水素酵素」の活性が高いがん幹細胞は,現在子宮体がん治療に使用されているパクリタキセルに反応しにくい事が認められました。パクリタキセルに上記のアルデヒド脱水素酵素活性の阻害剤または糖輸送体の阻害剤を併用する事で,協調的に子宮体がんの増殖を抑制する事を明らかにしました。

Ⅳ.今後の展開
アルデヒド脱水素酵素阻害剤または糖取り込み阻害剤が子宮体がんの新たな治療薬として臨床応用される可能性があります。特にアルデヒド脱水素酵素阻害薬のジスルフィラムは抗酒薬として国内で既に保険収載されており,今後の子宮体がん治療への使用が期待されます。
 
Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、2019年9月27日,Cell Press 社の科学雑誌Stem Cell Reports誌(IMPACT FACTOR 5.499)のon line版に掲載され,2019年10月8日発刊予定の同誌の表紙に選出されました。
論文タイトル:ALDH-Dependent Glycolytic Activation Mediates Stemness and Paclitaxel Resistance in Patient-Derived Spheroid Models of Uterine Endometrial Cancer
著者:Yutaro Mori, Kaoru Yamawaki, Tatsuya Ishiguro, Kosuke Yoshihara, Haruka Ueda, Ai Sato, Hirokazu Ohata, Yohko Yoshida, Tohru Minamino, Koji Okamoto, and Takayuki Enomoto
doi: 10.1016/j.stemcr.2019.08.015
 
 
【用語説明】
(注1)がん幹細胞
正常の幹細胞と似た性質を持ち,がんの転移や治療に対する抵抗性に関わるとされる「がんの親分」。治療後にがん幹細胞が残る事により,がんが再発すると考えられています。
 
(注2)アルデヒド脱水素酵素(ALDH)
機能的に類似した19種類の異なる構造体(アイソフォーム)があり,アルコールの代謝物質であるアセトアルデヒドを分解する酵素であるALDH2が有名。
血液や乳腺など様々な正常幹細胞やがん幹細胞でアルデヒド脱水素酵素活性が高い事が報告されています。
今回の研究では特にALDH1が重要であることを見出しました。
 
(注3)解糖系
グルコース(糖分)を分解しエネルギーに変換していくための生体内に存在する代謝経路。
 
(注4)糖輸送体
細胞内にグルコース(糖分)を取り込む(輸送する)働きをもつ膜タンパク質。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科 産科婦人科学分野
 教授 榎本隆之
 E-mail:enomoto@med.niigata-u.ac.jp
新潟大学医歯学総合病院 総合周産期母子医療センター
 助教 石黒竜也
 E-mail:tishigur@med.niigata-u.ac.jp

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