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2020/03/04 研究成果
卵巣成熟嚢胞性奇形腫から発生したがんに特異的な分子XCL1を同定 −XCL1が、がん化の診断や免疫療法の効果を予測するバイオマーカーになる可能性−

新潟大学大学院医歯学総合研究科産科婦人科学分野の榎本隆之教授、吉原弘祐助教、田村亮助教らの研究グループは、国内多施設共同研究により、卵巣成熟嚢胞性奇形腫から発生したがんに対する網羅的な遺伝子解析を行い、がんの診断や治療効果を予測する可能性のあるXCL1を同定しました。本研究成果は、2020年3月2日、Nature publishing groupのOncogene誌に掲載されました。
 
【本研究成果のポイント】
卵巣成熟嚢胞性奇形腫から発生した扁平上皮がんにおいて
・TP53、PIK3CAの病的遺伝子変異が高頻度に起こっていること
・遺伝子発現パターンが肺から発生した扁平上皮がんと類似していること
・XCL1が、ほかのがんに比べて著しく高く発現していること
・XCL1発現が、免疫療法の治療の有効性と関連するCD8リンパ球浸潤および腫瘍PD-L1発現と相関していること
を明らかにしました。本研究の結果、XCL1が卵巣成熟嚢胞性奇形腫から発生する扁平上皮がんの診断や治療選択に役立つ可能性を見出しました。
 
Ⅰ.研究の背景
卵巣成熟嚢胞性奇形腫は最も頻度が高い良性の卵巣腫瘍ですが、1-2%の割合でがん化するとされています。がんが進行した状態で見つかると、有効な治療法が確立していないため、非常に予後が悪いとされています。まれな疾患で、術前に診断することも難しいため、臨床検体を用いた研究が進んでいません。そのため卵巣成熟嚢胞性奇形腫からがんが発生するメカニズムは依然として不明です。また、卵巣成熟嚢胞性奇形腫から発生したがんの約80%が、扁平上皮がんです。卵巣成熟嚢胞性奇形腫は別の言い方で皮様嚢腫(デルモイドシスト)と呼ばれるように、ほとんどの症例が皮膚のような上皮を含んでいて、その皮膚様組織からがんが発生することが多いと考えられていました。
 
Ⅱ.研究の概要
本研究グループは、卵巣成熟嚢胞性奇形腫から発生したがんと診断された方より研究参加の同意を頂いた上、手術の際に採取したがん組織の遺伝子解析を行いました。具体的には、採取した組織からDNAおよびRNAを抽出し、その塩基配列を次世代シーケンサーで網羅的に読み取り、遺伝子異常(遺伝子変異、コピー数変異、融合遺伝子など)の同定や網羅的遺伝子発現解析を行いました。また、遺伝子発現データに基づいた本疾患の特徴を明らかにするために、The Cancer Genome Atlas(TCGA)Data PortalおよびGene Expression Omnibus(GEO)に登録されている、様々な臓器から発生した2,316例のがんの遺伝子発現データと比較しました。そして、網羅的な遺伝子解析で同定した結果について、免疫染色を用いて追加検討を行いました。
 
Ⅲ.研究の成果
本疾患においてがん抑制遺伝子であるTP53、がん遺伝子であるPIK3CAが高頻度に変異していることがわかりました。他にも発がんやがんの進展に重要な経路であるPI3K-AKT-mTOR pathwayやCell cycle pathwayに関わる遺伝子に、高頻度に遺伝子異常を起こしていることがわかりました(図1)。様々な臓器から発生した扁平上皮がんと遺伝子発現パターンを比較したところ、これまで発生母地として有力と考えられていた皮膚から発生した扁平上皮がんよりも、肺から発生した扁平上皮がんに類似していることが確認されました(図2)。
次に、本疾患と他部位から発生した扁平上皮がんの遺伝子発現を比較し、発現差が顕著である遺伝子としてXCL1を同定しました(図3)。XCL1はリンパ球の活性化に重要な役割を持っていることが報告されている遺伝子です。そこで、免疫療法の効果を予測する有力なバイオマーカーである腫瘍CD8リンパ球浸潤、腫瘍PD-L1発現を確認したところ、本疾患において、XCL1発現はCD8リンパ球浸潤、腫瘍PD-L1と有意に相関していることがわかりました(図3)。つまり、今回の結果から、本疾患では、XCL1高発現によりCD8リンパ球浸潤が起こり、それに反応してがんがPD-L1を発現し、免疫逃避状態(人の体が免疫反応によってがんを取り除こうとするのを、がんが逃れている状態)を呈していると推察されます(図4)。

Ⅳ.今後の展開
今回の研究の最も重要な点として、卵巣成熟嚢胞性奇形腫から発生した扁平上皮がんが、特徴的にXCL1を高く発現しており、免疫逃避に関与している可能性が明らかになりました。そこで、本研究グループは、PD1-PDL1による免疫逃避状態にある予後不良な本疾患に対して、PD1/PDL1抗体を用いた免疫療法が有効であろうと考えております。今後、細胞株や動物モデルを用いて本研究成果を検証し、また多施設共同研究によって、卵巣成熟嚢胞性奇形腫から発生した扁平上皮がんの臨床病理学的データを大規模に集積して本研究成果を検証することで、本疾患に対する免疫療法の適応拡大を目指します。
 
Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、2020年3月2日、Oncogene誌に掲載されました。
 
論文タイトル:XCL1 expression correlates with CD8 positive T cells infiltration and PD-L1 expression in squamous cell carcinoma arising from mature cystic teratoma of the ovary
 
著者:Ryo Tamura, Kosuke Yoshihara, Hirofumi Nakaoka, Nozomi Yachida, Manako Yamaguchi, Kazuaki Suda, Tatsuya Ishiguro, Koji Nishino, Hiroshi Ichikawa, Keiichi Homma, Akira Kikuchi, Yutaka Ueda, Yuji Takei, Hiroyuki Fujiwara, Teiichi Motoyama, Shujiro Okuda, Toshifumi Wakai, Ituro Inoue, and Takayuki Enomoto
doi: 10.1038/s41388-020-1237-0
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科 産科婦人科学分野
助教 田村 亮
E-mail:ryo-h19@med.niigata-u.ac.jp

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