NEWS&TOPICS

2020/04/16 研究成果
赤ちゃんの重いウイルス感染症の病態に迫る −パレコウイルス-A3感染症とエンテロウイルス感染症に対する赤ちゃんの免疫の比較−

赤ちゃんは、感染症に弱い存在です。今、世界で流行している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に代表されるように、世界には、今までヒトが出会ったことのない新しい感染症(新興感染症)が流行し、もともと免疫の弱い赤ちゃんがかかると、他の子どもに比べ、重くなったり、亡くなることも報告されています。現在のCOVID-19でも同様です。
パレコウイルス-A3は、20年前に初めて発見された赤ちゃんに大きな問題を起こす新興ウイルスです。同様に、夏かぜをおこすエンテロウイルスも、赤ちゃんに重い病気をきたす重要なウイルスです。この2つのウイルスについて、なぜ、赤ちゃんで重い感染症をきたすのか、その理由はよく分かっていませんでした。今回、新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野の羽深理恵(大学院生)、齋藤昭彦教授らのグループは、同研究科微生物感染症学分野(寺尾豊教授ら)、同研究科バイオインフォーマティクス分野(奥田修二郎准教授ら)との共同研究で、赤ちゃんのパレコウイルス-A3感染症とエンテロウイルス感染症の赤ちゃんの免疫反応を比較し、その違いを明らかにしました。この結果は、今後のこの2つの感染症が重くならないようにするための治療に役立つ可能性があります。更には、今流行しているCOVID-19でなぜ赤ちゃんがかかると重くなるのかを知る上でも重要な情報になる可能性があります。
 
【本研究成果のポイント】
・パレコウイルス-A3とエンテロウイルスは、赤ちゃんに重い感染を引き起こす代表的なウイルスです。
・パレコウイルス-A3はエンテロウイルスと異なる免疫の反応を引き起こし、臨床症状や検査値の違いが生じることが考えられました。
・今後はパレコウイルス-A3の病態(特に重症化のメカニズム)について、より研究を進め、その新しい治療法を発見することを目標としています。
・この研究の成果は、今、世界で流行しているCOVID-19の様に免疫の反応によって重くなると考えられている感染症の病態の解明にも役立つ可能性があります。
 
Ⅰ.研究の背景
赤ちゃん、特に生後4か月未満の乳児の感染症は、他の年齢の子どもと比べると重くなりやすく、入院が必要なことが多いです。感染症は、大きく、細菌によるものとウイルスによるものに分けられます。ワクチンが接種されることで、細菌の感染症は減っていますが、ウイルスの感染症は、PCR法などの診断法が普及してきたことで、その重要性が増してきています。その中でも、パレコウイルス-A3とエンテロウイルスは、赤ちゃんに敗血症(注1)や髄膜脳炎(注2)といった重い感染症を引き起こす代表的なウイルスです。パレコウイルス-A3は、約20年前に日本で最初に発見された比較的新しいウイルスで、エンテロウイルスとともにピコルナウイルス科に属します。その病態については、いまだよく解明されていません。
赤ちゃんのパレコウイルス-A3感染症とエンテロウイルス感染症は、最初に高熱がでますが、その2つの感染症を見分けることは難しいです。しかし、パレコウイルス-A3感染症は、より熱が高くなる、脈拍数が多い、手足が冷たくなる、集中治療室での治療が必要となることが多いなど、重い症状をきたします。また、発疹や手のひら、足の裏の赤み、お腹が膨れるなどの特徴的な症状を認めることもあります (下図)。一方で、脳を包む膜(髄膜)への感染症(髄膜炎)を合併することは、エンテロウイルス感染症に多いことが知られています。
今回、我々の研究グループは、パレコウイルス-A3とエンテロウイルスに感染した赤ちゃんの臨床症状の違いを、血液と髄液中のサイトカイン(注3)を測ることで、赤ちゃんの免疫の反応の視点から比べ、パレコウイルス-A3感染症がなぜ重い症状をきたすのかについて検討しました。

Ⅱ.研究の概要
今回の研究では、3つのグループについて調べました。その3つのグループとは、生後4カ月未満の赤ちゃんで、1)パレコウイルス-A3に感染した赤ちゃん16名、2)エンテロウイルスに感染した赤ちゃん15名、3)熱が出て検査をしたが、どちらのウイルスの感染症でもなく、軽くすんだ赤ちゃん8名の入院時の血液と髄液(注4)中の22種類のサイトカインを測りました。3つのグループで、どのサイトカインが高いか低いかを比較し、赤ちゃんの症状や検査値との関係を調べました。
 
Ⅲ.研究の成果
パレコウイルス-A3に感染した赤ちゃんでは、他の赤ちゃんと比べて、血液中のサイトカインが高く、逆にエンテロウイルスに感染した赤ちゃんでは、髄液中のサイトカインが高いことが分かりました。この結果は、パレコウイルス-A3感染症でより重い症状が多いことや、エンテロウイルス感染症で髄膜炎の頻度が高いことと関係していることが考えられました (下図)。また、パレコウイルス-A3に感染した赤ちゃんでは、血液中の幾つかのサイトカイン(TNF-α(注5)とIL-1Rα(注5))が呼吸の回数と関係していました。また、エンテロウイルスに感染した赤ちゃんでは、髄液中の幾つかのサイトカイン(IFN-α2(注5)やIL-6(注5)など)が髄液の細胞の数と関係があることがわかりました。
パレコウイルス-A3とエンテロウイルスは、赤ちゃんに重い感染症をきたす代表的なウイルスですが、宿主(注6)の免疫の反応は血液中と髄液中では異なり、それが、それぞれの感染症の症状や病態の違いに関わっていることが考えられました。

Ⅳ.今後の展開
本研究では、赤ちゃんにおいて、パレコウイルス-A3はエンテロウイルスとは異なる免疫反応を起こすことが分かりました。今後は、実験室での研究を中心に、血液中や髄液中の炎症の精細なメカニズムを検討したいと考えています。また、パレコウイルス-A3に感染した赤ちゃんの中には、お亡くなりになられたり、脳に感染が進み、けいれんが止まらなくなり、重い後遺症を残すような症例の報告もあります。新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野では、この感染症について、2019年から全国の大学病院や子ども病院に声をかけて、全国で毎年どのくらいの患者さんが発生しているのかを調べています。今後は、その様な特に重い感染症の患者さんに対しても今回の研究を行い、その治療について検討していく予定です。更には、現在、世界で流行しているCOVID-19において、赤ちゃんでなぜ重くなるのか、そのメカニズムの解明にも、今回の研究結果が役立つ可能性があり、研究を進めていきたいと考えています。
 
Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、2020年3月23日、米国感染症学会の学会誌で、感染症領域で最も歴史が長く権威のあるThe Journal of Infectious Diseases誌に掲載されました。
論文タイトル:Innate Immune Responses in Serum and Cerebrospinal Fluid from Neonates and Infants Infected with Parechovirus-A3 or Enteroviruses.
著者:羽深理恵、相澤悠太、泉田亮平、土門久哲、寺尾豊、瀧原速仁、奥田修二郎、齋藤昭彦
doi: 10.1093/infdis/jiaa131.
 
 
<用語解説>
注1)敗血症
体の中にウイルスや細菌が入り、熱や心拍数が増えたり、手足が冷たくなり、血液が体全体に上手く運ばれないなどの全身の症状が起こる感染症のことです。
注2)髄膜脳炎
髄膜脳炎とは、髄膜炎と脳炎を一緒にした言葉です。髄膜炎とは、脳と脊髄を包む膜(髄膜)にウイルスや細菌が感染し、それを刺激させることで、熱や頭痛、嘔吐などをきたします。診察では、首が固くなったり、検査では、腰椎穿刺(腰骨の間から細い針を刺して髄液をとる検査)で、髄液の細胞の数が増えることを認めます。脳炎とは、脳そのものにウイルスや細菌がダメージを与え、熱、意識障害、けいれんなどがみられます。髄膜炎と脳炎が一緒に見られることもあり、それを髄膜脳炎と呼びます。亡くなったり、けいれんが止まらず、脳に障害が起こり、後遺症を残すリスクがあり、重い感染症の一つです。
注3)サイトカイン
ウイルスや細菌などで細胞が刺激された時、細胞が自分を守るために出すたんぱく質のことです。その作用は、免疫作用、抗腫瘍作用、抗ウイルス作用、細胞の増殖や分化の調節作用など、たくさんあります。ウイルス感染症では、熱を上げたり、心拍数を増やしたり、ウイルスを排除しようとする役割の一方で、過剰にでるといろいろな臓器に障害を起こす可能性があります。例として、インターフェロンやインターロイキンなどがあります。今回のCOVID-19でも、重症例では、このサイトカインが過剰にでてしまい、肺だけでなく、色々な臓器にダメージを与えることが報告されています。
注4)髄液
脳や脊髄の周りの空間である、脳室やくも膜下腔にある液体で、脳や脊髄を包んで、保護しています。通常は無色透明で、細胞は見られませんが、ウイルスなどが入りこむと、免疫細胞が集まってきて、炎症が起こり、髄膜炎をきたします。
注5)TNF-α/ IL-1Rα/ IFN-α2/ IL-6
それぞれサイトカインの一種です。TNF-αとIL-6は、炎症を惹起する代表的なサイトカインであり、IFN-α2はウイルス排除に関わる重要なサイトカインです。
注6)宿主
ウイルスが寄生、または共生する相手の生物のことです。本文では、ウイルスに感染した患者さんを指しています。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科 小児科学分野
教授 齋藤昭彦
E-mail:asaitoh@med.niigata-u.ac.jp

最新の記事 ←新記事 一覧へ戻る 前記事→ 最初の記事