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2020/05/08 研究成果
新規抗結核薬デラマニドの抗菌メカニズムの一端を明らかに −NAD-デラマニド付加体の形成−

新潟大学大学院医歯学総合研究科細菌学分野の西山晃史講師、松本壮吉教授らの研究グループは、大塚製薬株式会社(林美佳世研究員、松本真元微生物研究所所長ら)、同大学院自然科学研究科、大阪市立大学医学研究科・刀根山結核研究所との共同研究で、最も新しい抗結核薬の一つであるデラマニド(delamanid, DLM)の抗菌作用においてDLM-NAD付加体*1の形成が重要であることを明らかにしました。
 
【本研究成果のポイント】
・結核は現在、単独病原体による感染症で最も人命を奪っている。2018年の死亡者数は、150万人に上った。同年、難治性の多剤耐性結核*2が48万件発生している。
・デラマニドは、ベタキリンと並んで約50年ぶりに開発された抗結核薬で、2014年に日本と欧州で多剤耐性結核の治療薬として認可された。
・デラマニドは結核菌内のF420補酵素依存型ニトロ基還元酵素(Ddn)によって還元され抗菌活性を発現し、一部のミコール酸の合成を阻害することが報告されていたが、その抗菌メカニズムは不明であった。
・本研究グループは、結核菌内で還元されたデラマニドが様々な酸化還元酵素の補酵素として利用されるnicotinamide adenine dinucleotide(NAD)と付加体(NAD-DLM)を形成することを発見し、付加体が抗菌活性に関与していることを初めて示した。
 
Ⅰ.研究の背景
デラマニドは現在、多剤耐性結核の切り札的薬剤である。プロドラッグ*3であり、結核菌に取り込まれた後、哺乳類が保有しない補酵素F420依存的にニトロ基還元酵素(Ddn)によって還元され活性化される。しかしながら、結核菌細胞内で抗菌活性を発現するデラマニド代謝物の形態やその抗菌メカニズムは不明であった。
 
Ⅱ.研究の概要
本研究では、デラマニド感受性菌と、デラマニドを代謝しない耐性菌をデラマニドで処理した後、感受性菌特異的に生成された、分子内にデラマニド分子構造を含む代謝産物を、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS解析)で網羅的に同定した。また、検出した物質の分子量からその構造を推定し、合成標品との比較解析によってデラマニド代謝物の構造(デラマニドと酸化型NAD[NAD+]の付加体[詳細は後述])を決定した。さらに、デラマニドと同様にNAD付加体を形成する抗結核薬イソニアジドに対する自然耐性変異株から、デラマニド交叉耐性変異株を取得し、本研究で同定したデラマニド代謝物の抗菌メカニズムにおける役割を検証した。
 
Ⅲ.研究の成果
デラマニド処理したデラマニド感受性菌と、耐性菌の抽出物のLC-MS解析により、分子内にデラマニド分子構造を含む複数の感受性菌特異的前駆体イオンを検出した。前駆体イオンの分子量からデラマニドに付加したパートナー分子の分子量を推定し検索した結果、酸化型NADとその部分構造(ニコチンアミド[NAM]およびニコチンアミドリボース[NR])が推定された。それぞれの付加体(NAD-DLM、NR-DLM、NAM-DLM)を化学合成し、前駆体イオンと比較解析した結果、それぞれのLC測定結果およびMS/MS解析結果が一致し、感受性菌特異的に検出されたデラマニド代謝産物を6-NAD-DLM(図1)とその部分構造(6-NR-DLM、6-NAM-DLM)と同定した。
一方で、結核の一次選択薬イソニアジド(INH)が結核菌細胞内で還元型NAD(NADH)と付加体(NADH-INH)を形成して、NADH依存型 2-trans enoyl-acyl carrier protein還元酵素に結合し阻害すること、また、II型NADH脱水素酵素(Ndh)の変異によって菌体内のNADH/NAD比が還元型優位に変化することでNADH-INHの作用が阻害され、イソニアジド耐性化することが報告されていた。
今回、同様にイソニアジド自然耐性変異株を取得し、更にその中からデラマニド交叉耐性株を複数株選抜したところ、全ての菌株がNdhに変異を有し、菌体内NADH/NAD比が還元型優位に変化していることが判明した(図2)。また、この交叉耐性株に野生型Ndhを発現させることで、デラマニドとイソニアジド感受性に復帰することを明らかにし、デラマニド抗菌活性における6-NAD-DLMの重要性を証明した。本メカニズムは、潜在性結核*4に関連する低酸素休眠菌に対しても有効であることが明らかとなり、以前に指摘されたDLMの活性化で生じるNO*5による殺菌(Singh et al, Science 2008)はないことを明示した。

Ⅳ.今後の展開
本研究成果により、これまで不明であった新薬デラマニドの抗菌メカニズムに関して、結核菌に取り込まれたデラマニドがF420補酵素依存的に還元活性化された後、酸化型NADと付加体(NAD-DLM)を形成して抗菌活性を発現することを明らかにした。今後はNAD-DLMの標的分子を同定し、なぜ結核菌が死滅するのかを明らかにすべく解析を進めていく予定である。
 
Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、2020年4月21日、米国微生物学会(American Society for Microbiology)のAntimicrobial Agents and Chemotherapy誌のオンライン版に掲載された。
 
論文タイトル:Adduct Formation of Delamanid with NAD in Mycobacteria
著者:Mikayo Hayashi, Akihito Nishiyama, Ryuki Kitamoto, Yoshitaka Tateishi, Mayuko Osada-Oka, Yukiko Nishiuchi, Shaban A. Kaboso, Xiuhao Chen, Mamoru Fujiwara, Yusuke Inoue, Yoshikazu Kawano, Masanori Kawasaki, Tohru Abe, Tsutomu Sato, Kentaro Kaneko, Kimiko Itoh, Sohkichi Matsumoto*, and Makoto Matsumoto* (* corresponding authors)
Antimicrobial Agents and Chemotherapy. VOLUME 64, ISSUE 5, e01755-19, 2020
doi: 10.1128/AAC.01755-19
 
 
<用語解説>
*1 NAD-DLM付加体:結核菌細胞内で補酵素NADと活性化されたデラマニド(DLM)が共有結合してできた化合物。
*2 多剤耐性結核:結核治療に重要な第一選択薬イソニアジドおよびリファンピシンの両方に耐性な結核菌によって引き起こされる結核。
*3 プロドラッグ:細菌の中に取り込まれた後、細菌の酵素等によって代謝されて初めて抗菌活性を持つようになる抗菌薬。
*4 潜在性結核:結核菌に感染したが、無症候で潜伏感染している状態。十年以上に及ぶことがある。病気、免疫に影響する薬剤の投与、加齢などによって結核を発症するリスクが高まる。
*5 NO:活性窒素酸素種。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科 細菌学分野
(新潟大学医学部細菌学教室)
講師 西山晃史
E-mail:anishi@med.niigata-u.ac.jp

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