遺伝性神経疾患における病態多様性のメカニズムを解明 −神経症状と皮膚症状を合併する遺伝病の発症機序−
新潟大学大学院医歯学総合研究科 神経生物・解剖学分野の吉岡望助教(超域学術院)と竹林浩秀教授らの研究グループは、同研究科 皮膚科学分野(阿部理一郎教授)及び顕微解剖学分野(牛木辰男教授)、理化学研究所バイオリソース研究センター(吉木淳室長)、米国ジャクソン研究所との共同研究で、複数のジストニン遺伝子1変異マウス系統を解析することにより、神経疾患が単独に、または、神経疾患と皮膚疾患が合併して発症する機序を明らかにしました。ジストニン遺伝子は一つの遺伝子より異なる種類のタンパク質(アイソフォーム2)を発現します。神経型のジストニンタンパク質と皮膚型のジストニンタンパク質のうち、前者の配列のみに変異をもつ変異マウス系統は神経症状を、両者の配列に変異をもつ変異マウス系統は神経症状と皮膚症状を示すことがわかりました。本成果は、病態多様性を示す遺伝性疾患に対する診断や治療に向けた基礎的知見となります。本研究は、The Company of Biologistsが発行する『Disease Models & Mechanisms』に2020年5月21日に掲載されました。
【本研究成果のポイント】
・ジストニン遺伝子の変異により、ヒトおよびマウスにおいて神経症状、皮膚症状が引き起こされる。
・複数のジストニン遺伝子変異マウス系統を調べた結果、神経型と皮膚型のジストニン遺伝子産物に変異をもつかどうかにより、神経症状と皮膚症状を単独で示すのか、合併して示すのかが決まることがわかった。
・ジストニン遺伝子の変異による遺伝病において、神経症状と皮膚症状が単独または合併して出現する病態多様性のメカニズムの一端が明らかとなった。
Ⅰ.研究の背景
ジストニン遺伝子(Dst)は、細胞骨格を架橋する蛋白質を発現し、特定の細胞の生存や生理機能維持に必須の役割を果たします。ヒトでは、ジストニン遺伝子の変異によって、神経疾患の遺伝性感覚性自律神経性ニューロパチー6型3と皮膚疾患の単純型表皮水疱症4を発症することが報告されていました。ジストニン遺伝子の変異により発症する2種類の疾患は、それぞれ別の症例として報告されてきましたが、両方の症状を合併する可能性については十分に検討されていませんでした。一方、マウスでは、ジストニン遺伝子の変異によって神経症状を示す系統が複数存在することが知られていました。
Ⅱ.研究の概要
本研究では、ジストニン遺伝子の異なる変異を持つ2種類のジストニン変異マウス系統を用いて、神経組織と皮膚組織におけるジストニンのアイソフォーム発現と病理変化の有無を比較しました。遺伝子トラップ法5を用いて作製したDstGt系統は、神経型ジストニンを選択的に欠損します(Eur J Neurosci, 2014)。一方で、理化学研究所において自然発症の突然変異により生じたDstdt-23Rbrc系統では、神経型と皮膚型、両方のアイソフォームに突然変異が存在します(Neurobiol Dis, 2017)。この2系統のジストニン変異マウスに共通する表現型として、感覚ニューロンの細胞死と運動異常という神経症状を報告しています(図1)。今回、神経型ジストニンの発現はDstGtおよびDstdt-23Rbrcの両系統で減少するのに対して、皮膚型ジストニンの発現はDstdt-23Rbrc系統のみで減少することを見出しました。さらに、Dstdt-23Rbrc系統の皮膚表皮細胞では、細胞接着構造であるヘミデスモソーム6の異常が観察されることを電子顕微鏡観察により明らかにしました(図2)。DstGt系統の皮膚は、対照マウスと同様に表現型は正常でした。ヘミデスモソームには、皮膚型ジストニンが存在するので(図3)、Dstdt-23Rbrc系統では、皮膚型ジストニンの変異により、表皮細胞と基底膜の接着が弱まることが考えられます。
Ⅲ.研究の成果
2系統のジストニン変異マウスの比較解析から、ジストニンの遺伝子変異の違いによって、影響を受けるアイソフォームの種類が変わること、さらに、皮膚型ジストニンにおける変異の有無により皮膚症状の合併の有無が変化し、多様な病態を示すことが分かりました。これまでに、ヒトのジストニン遺伝子の異なる変異によって遺伝性感覚性自律神経性ニューロパチー6型と単純型表皮水疱症がそれぞれ単独で発症することが知られていました。今後、神経症状と皮膚症状を合併するヒトの新たな病態や、皮膚症状のみをもつジストニン変異マウス系統の報告も予見されます。本研究は、ヒト遺伝病の新たな遺伝子変異の同定、その診断および治療法の開発に貢献することが期待されます。
Ⅳ.今後の展開
これまでにジストニンの神経型ジストニンと皮膚型ジストニンの重要性は示されていますが、別のアイソフォームである筋肉型ジストニンの機能的意義については不明です。我々は、この筋肉型ジストニン特異的な遺伝子変異マウスを作製しており、この課題に取り組んでいます。さらに、神経回路選択的にジストニン遺伝子の発現をオンやオフにする実験系も確立しており、遺伝性ニューロパチーの病態の解明や治療標的となる神経回路の同定ができると期待されます。
Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、2020年5月21日、英国の生物学研究に関わる歴史ある団体The Company of Biologists が発行するDisease Models & Mechanisms誌に掲載されました。
論文タイトル:Diverse dystonin gene mutations cause distinct patterns of Dst isoform deficiency and phenotypic heterogeneity in Dystonia musculorum mice.
著者:吉岡 望, 加畑 雄大, 栗山 桃奈, 備前 典久, 周 麗, TRAN M. Dang, 矢野 真人, 吉木 淳, 牛木 辰男, SPROULE J. Thomas, 阿部 理一郎, 竹林 浩秀
doi: 10.1242/dmm.041608
<用語解説>
1) ジストニン遺伝子(Dystonin, Dst)
ジストニン遺伝子は、細胞骨格である微小管、アクチンフィラメント、中間径フィラメントに結合する領域をもつ細胞骨格架橋タンパク質をコードする。細胞骨格は、細胞内にある線維状構造である。ジストニンタンパク質には、神経・皮膚・筋で主に発現する3種類のメンバー(アイソフォーム)が存在する。
2) アイソフォーム
単一の遺伝子または遺伝子ファミリーに属する異なる遺伝子に由来する、高度に類似した一連のタンパク質のメンバーを意味する。単一の遺伝子に由来するアイソフォームの場合は、選択的スプライシングやプロモーターの違いによって作られる。
3) 遺伝性感覚性自律神経性ニューロパチー(HSAN)
遺伝性ニューロパチーは、主に末梢神経系が障害される難治性疾患である。遺伝性ニューロパチーは幾つかの病型に分類されて、遺伝性感覚性自律神経性ニューロパチーでは主に感覚神経と自律神経が障害される。2012年にジストニンを原因遺伝子とする遺伝性感覚性自律神経性ニューロパチー6型(HSAN-VI)が報告された。
4) 表皮水疱症
皮膚は、外側の表皮と内側の真皮からなる。表皮水疱症では、表皮と真皮が容易に解離して水ぶくれ(水疱)や皮膚潰瘍が生じる。
5) 遺伝子トラップ法
遺伝子のゲノムDNA内にレポーター遺伝子を挿入することで、遺伝子の発現パターンを可視化する手法として開発された。同時に遺伝子を破壊することもできるために、遺伝子破壊実験としても用いられる。
6) ヘミデスモソーム
上皮細胞が基底膜に接着するための接着構造であり、上皮細胞の細胞膜に存在する。ヘミデスモソームは、皮膚型ジストニン(Dst-e、BPAG1e、あるいは、BP230と表記)を含むタンパク質複合体から構成されている(図3参照)。細胞内では細胞骨格のケラチン線維と結合し、細胞外では基底膜と結合する。
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科
神経生物・解剖学分野
竹林浩秀 教授
E-mail:takebaya@med.niigata-u.ac.jp