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2020/07/28 研究成果
新しいキメラ抗原受容体の開発 −1つの人工アンテナで、Tリンパ球が様々な種類のがん細胞や白血病細胞を検知・攻撃できる−

キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor: CAR)とは、モノクローナル抗体(注1)の抗原結合の特性を利用した人工的な細胞受容体(アンテナ)です。リンパ球に遺伝子導入すると、細胞表面の特定のタンパク質を認識することでがん細胞を狙い撃つ能力を与えることができます。今回、新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野の笠原靖史特任助教と今井千速准教授(病院教授)らのグループは、ヒトのナチュラルキラー(NK)細胞(注2)が元来持っているアンテナ(受容体)の遺伝子を作り替えることにより新しいタイプのCARを開発しました。
 
・新たなキメラ抗原受容体(NKp44-CAR)遺伝子を開発しました。NKp44はヒトナチュラルキラー細胞が元来持っている、がん細胞を検知するための受容体(アンテナ)です。
・NKp44の特性を生かして新たにデザインし合成したNKp44-CAR遺伝子をヒトT細胞に遺伝子導入すると、幅広いがん細胞を認識できるCAR-T細胞の作製が可能となりました。このCAR-T細胞は、急性骨髄性白血病や小児固形腫瘍に対して強力な細胞障害活性を示しました。
・今後、安全面を担保する工夫を加えることで新規治療に結び付けていくことを目指しています。
 
Ⅰ.研究の背景
近年の研究の成果により、2010年代に入りいくつかの新たな治療が誕生しています。CAR-T(カーティー)細胞療法もそのうちのひとつで、遺伝子工学技術により患者さんご自身のリンパ球にCAR遺伝子を挿入し、がん細胞と戦える機能を持たせたうえで患者さんご自身に点滴で戻すという治療です。白血病やリンパ腫の表面に存在するCD19を標的としたCAR-T細胞療法が、ヒトではじめて目覚ましい臨床効果を示し、2017年に本療法は米国で認可を受け、2019年には日本でも認可されています。今井准教授は、このCD19を標的としたCAR-T細胞療法(一般名:チサゲンレクリユーセル)に用いられているCAR遺伝子の開発者です。
CAR-T細胞療法は、白血病、リンパ腫、骨髄腫などの「血液がん」では成功を収めている一方で、いわゆる「固形がん」に対しては十分な有効性を示せていません。固形がんに対するCAR-T細胞療法は世界中の研究施設や製薬会社で盛んに開発が進められているものの、まだ完成していないというのが現状です。開発上の問題点として、標的として用いることができる表面タンパクが多くないということが挙げられます。
 
Ⅱ.研究の概要
CARは、1993年にイスラエルの研究者がはじめて発表した人工受容体です。マウスのモノクローナル抗体の可変部位(=特定の抗原に選択的に結合できる)の遺伝子配列と、ヒトのTリンパ球が持つ種々の受容体(細胞表面のアンテナ)の遺伝子断片をつなぎ合わせることによりCAR遺伝子を作成し、その遺伝子をウイルスベクター(=遺伝子の運び屋)に搭載しヒトのTリンパ球に遺伝子導入すると、Tリンパ球はCAR、すなわちがん細胞を検知する人工のアンテナを細胞表面に出すことができます。
従来のCAR開発では、マウス由来のモノクローナル抗体産生細胞が必須でしたが、そのレパートリーは限られています。また、固形がんの細胞表面にあるタンパクの多くは元の臓器でも低レベルで発現しており、副作用として臓器へのダメージが生じるリスクがありました。これを解決するために、今井准教授のグループは、がん細胞発生のパトロール役を果たしているヒトNK細胞ががん細胞を認識する仕組みを利用することにしました。T細胞にはなくNK細胞のみが持っている受容体(NKp44)の抗原認識部位を用いて新たなCAR遺伝子を作成しました。NKp44はマウスにはなくヒトのNK細胞のみが持っている受容体で、そのスイッチとなるリガンドは正常細胞にはほとんどなく、がん細胞では種類を問わず高率に発現するという特徴を持っています。

Ⅲ.研究の成果
本研究では、ヒトNKp44受容体の抗原認識部位の遺伝子を用いて様々なデザインのCAR遺伝子を作成し、ヒトTリンパ球およびNK細胞における機能を指標にその構造を最適化しました(NKp44-CAR)。モデルとして小児固形腫瘍(神経芽腫、骨肉腫、ユーイング肉腫、横紋筋肉腫、神経膠腫)や急性骨髄性白血病を用いて効果を検討すると、NKp44-CARを遺伝子導入したヒトT細胞は、ヒトNK細胞のように、非常に幅広い悪性腫瘍細胞を認識してサイトカインを放出し、がん細胞を死滅させました。同じ健常成人から提供されたNK細胞と比較した場合、このCAR-T細胞のほうが圧倒的に強力にがん細胞を殺傷しました。

Ⅳ.今後の展開
多くの研究者が、固形腫瘍や急性骨髄性白血病に十分な効果を発揮するためには、複数のCARを遺伝子導入したT細胞の開発が有用と考えていますが、本研究で開発したCAR遺伝子はそのうちのひとつとして用いることができると考えています。有効性ならびに安全性向上のためにさらなる開発・改良が必要と考え、新たな取り組みを開始しています。
 
Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、2020年7月8日、Clinical& Translational Immunology誌(IMPACT FACTOR 6.464)に掲載されました。
本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(16K10015および19K08317)からの助成によって行われました。
 
論文タイトル:Development and characterisation of NKp44-based chimeric antigen receptors that confer T cells with NK cell-like specificity.
著者:Yasushi Kasahara, Chansu Shin, Nobuhiro Kubo, Keichiro Mihara, Haruko Iwabuchi, Takayuki Takachi, Masaru Imamura, Akihiko Saitoh, and Chihaya Imai*.
*: corresponding author(責任著者)
doi: 10.1002/cti2.1147. eCollection 2020.
 
【用語解説】
(注1)モノクローナル抗体:ウイルス感染細胞やがん細胞などの異物に対して、免疫細胞のひとつであるBリンパ球がこれら異物を無害化したり破壊したりするために、特定の目印(=抗原)だけに結合するタンパク(=抗体)を作ります。モノクローナル抗体とは、マウスに抗原を接種して、単一の抗原に対して特異的に結合する抗体を産生するマウス細胞を樹立することにより精製される抗体のことで、単一のマウスBリンパ球に由来するものです。
 
(注2)ナチュラルキラー細胞:頭文字をとってNK細胞と呼ばれています。がん化した細胞を検知して破壊する機能を持っています。がんに対する生体反応の初期対応を担い、Tリンパ球による特異的免疫機構にバトンタッチします。NK細胞自体を体外で調整して患者に投与することで治療効果を得ようとする臨床試験も行われていますが、体外での増幅処理がTリンパ球と比較して格段に難しいことが知られています。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科
小児科学分野
准教授(病院教授) 今井千速
E-mail:chihaya@med.niigata-u.ac.jp

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