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2021/06/03 研究成果
収縮期血圧120mmHg以上の軽度上昇でも虚血性心疾患・脳卒中発症リスクは上昇する 〜特に糖尿病患者の虚血性心疾患は顕著に上昇〜 60万人のビッグデータ解析から明らかに

新潟大学医学部血液・内分泌・代謝内科研究室の山田万祐子医師、藤原和哉准教授、曽根博仁教授らの研究チームは、65歳未満の60万人を超える医療ビッグデータ分析を行い、血糖正常、前糖尿病(境界型糖尿病)、糖尿病の3段階において、血圧が虚血性心疾患・脳卒中の発症に及ぼす影響について検討しました。その結果、これら3段階のいずれにおいても、収縮期血圧120mmHg以上の軽度の血圧上昇であっても、虚血性心疾患、脳卒中発症リスクが共に統計学的に有意に上昇することを明らかにしました。つまり血圧値が正常より少し高い程度の段階であっても、早期から減塩を含む生活習慣改善に取り組むことの重要性を示しています。また虚血性心疾患については、血圧上昇と糖尿病との相加効果がみられたものの、脳卒中については、そのような相加効果はみられないことも示しました。
 
【本研究成果のポイント】
・血糖正常、糖尿病予備軍、糖尿病いずれの状態であっても、収縮期血圧120mmHg以上、拡張期血圧75mmHg以上では、それぞれ収縮期血圧120mmHg未満、拡張期血圧75mmHg未満と比較し、虚血性心疾患、脳卒中発症リスクが、血圧上昇度に応じて上昇していた。
・糖尿病では、収縮期血圧が120mmHg未満であっても、血糖正常および予備軍の収縮期血圧が150mmHgと同程度の虚血性心疾患発症がみられた。
・糖尿病と高血圧は、虚血性心疾患発症には相加的(加算的)に影響している一方、高血圧が脳卒中発症に及ぼす影響は、いずれの血糖状態においても、約5倍とほぼ一定であった。
 
Ⅰ.研究背景と概要
心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患、脳梗塞や脳出血などの脳卒中は、生活の質(QOL)の低下や健康寿命を短縮させることから、発症予防が重要となります。高血圧と糖尿病はいずれも、虚血性心疾患・脳卒中発症のリスクを上昇させるとされてきましたが、正常値(120/80mmHg未満)と比べて、血圧の上昇により、虚血性心疾患・脳卒中発症リスクがどの程度上昇するかを、血糖正常、前糖尿病(いわゆる糖尿病予備軍)、糖尿病の3つの血糖状態において同一集団にて詳細に検討した報告はほとんどありませんでした。
今回、本研究チームが株式会社JMDC(本社:東京都港区、代表取締役社長:松島陽介)と共同で、診療報酬請求(レセプト)と健診の大規模データを連結して解析したところ、いずれの血糖の段階においても、収縮期血圧120mmHg以上、拡張期血圧75mmHg以上から虚血性心疾患、脳卒中発症リスクが段階的に上昇することが明らかとなりました。また高血圧と糖尿病が虚血性心疾患発症に相加的(加算的)に影響するのに対して、高血圧が脳卒中発症に与える影響は、血糖の段階によらずほぼ一定であることが判明しました。なお本研究は、米国の国際専門誌「Diabetes Care」に掲載されました。
 
Ⅱ.研究方法と結果の詳細
健診と健康保険レセプトデータを合わせた分析により、2008年から2016年に健診を受け、3年以上追跡可能であった、過去に虚血性心疾患、脳卒中の既往のない18-64歳の593,196人を抽出し、血糖の段階別(血糖正常、糖尿病予備軍、糖尿病)に、カテーテル治療やバイパス手術などを要した重症虚血性心疾患、および血栓溶解療法や血管内治療など入院治療を要した脳卒中の発症を同定しました。その後、年齢、高LDL(悪玉)コレステロール血症、低HDL(善玉)コレステロール血症、喫煙、肥満などの、既知の虚血性心疾患・脳卒中のリスク因子の影響を除いて(補正して)、収縮期血圧120mmHg未満、拡張期血圧75mmHg未満と比較して、血圧値の上昇により、どの程度虚血性心疾患、脳卒中を発症しやすいかを血糖の段階別に検討しました。さらに血糖の段階と血圧レベルを組み合わせた分析を行いました。
 
その結果、追跡期間(中央値)5.2年に2,240人が虚血性心疾患、3,207人が脳卒中を発症しました。収縮期血圧120 mmHg未満、拡張期血圧75mmHg未満と比較すると、どの血糖の段階においても、比較的軽度の血圧値の上昇から虚血性心疾患・脳卒中発症リスクが上昇することが明らかとなりました(表1、図1・2)。収縮期血圧が120mmHg未満と比較して、120-129mmHg(正常高値血圧)では、血糖正常、糖尿病予備軍、糖尿病においてそれぞれ2.1倍、1.4倍、1.5倍虚血性心疾患発症リスクが上昇し、脳卒中の発症リスクがそれぞれ1.5倍、1.7倍、1.7倍上昇しました(表1)。
 
さらに血糖の段階と血圧値を組み合わせて分析した結果、糖尿病では、収縮期血圧が120mmHg未満であっても、血糖正常および糖尿病予備軍の収縮期血圧が150mmHgと同程度虚血性心疾患を発症することが判明しました(表2)。また高血圧と糖尿病は虚血性心疾患発症に相加的(加算的)に影響することが明らかとなり、血糖正常で収縮期血圧が120mmHg未満と比較して、糖尿病かつ収縮期血圧150mmHg以上では、虚血性心疾患発症リスクは8.4倍上昇しました。一方で、高血圧が脳血管疾患発症に与える影響は、血糖の段階によらず、約5倍程度とほぼ一定であることが判明しました(血糖正常で収縮期血圧が120mmHg未満と比較して、血糖正常、糖尿病予備軍、糖尿病の収縮期血圧が150mmHgにおける脳卒中リスクはそれぞれ5.0倍、4.4倍、5.6倍)。また拡張期血圧においても収縮期血圧と同様な傾向が明らかとなりました(表2)。
 
Ⅲ.結果の解釈
今回の研究結果から、糖尿病の有無に関わらず、世界の現行診療ガイドラインの診断基準値(140/90mmHg)よりかなり低い血圧値から、虚血性心疾患、脳卒中リスクが統計学的に有意に上昇することが明らかとなりました。つまり血圧値が正常より少し高い程度の段階であっても、早期から減塩を含む生活習慣改善に取り組むことの重要性を示しています。なお今回の研究は、血圧が軽度上昇している集団に対して、薬物療法などの治療介入を行うことで虚血性心疾患、脳卒中発症のリスクが低下するかを検討したものではないため、今後、生活指導や薬物による治療介入研究を行うことにより、虚血性心疾患、脳卒中リスクが低下するかを確認する必要があります。
 
Ⅳ.今回の研究の特長(手法の強み)
レセプトデータベースを利用したこれまでの研究の多くは、請求に使われた病名(保険病名)を利用していましたが、現実には、検査実施の必要性などから、確実な診断がつく前に病名を付けることなどが多く、保険病名から真の疾患発症を正確に把握することは困難でした。
今回はその保険病名のみに頼らず、診療内容を精査し、薬物治療や治療処置(心臓カテーテル治療、心臓バイパス手術、血栓溶解療法、血管内治療)を捕捉することで、虚血性心疾患、脳卒中の確実な発症者を、全例漏れなく高い精度で特定することができました。さらに今回は、約60万人のビッグデータを用い血圧、血糖状態を細分化して分析したため、このような結果を解明することができました。
 
Ⅴ.今後の取組
このような医療ビッグデータをさらに活用し、血圧や血糖に限らず、健康寿命の延伸を妨げる要因を分析し、生活習慣病や動脈硬化疾患の予防と治療に役立つ科学的エビデンスを構築していく予定です。
 
Ⅵ.研究成果の公表
これらの研究成果は、2021年5月25日、米国の学術誌「Diabetes Care」(IF:16.02)に掲載されました。
論文タイトル:Associations of systolic blood pressure and diastolic blood pressure with the incidence of coronary artery disease or cerebrovascular disease according to glucose status
著者:Mayuko Harada Yamada, Kazuya Fujihara, Satoru Kodama, Takaaki Sato, Taeko Osawa, Yuta Yaguchi, Masahiko Yamamoto, Masaru Kitazawa, Yasuhiro Matsubayashi, Takaho Yamada, Hiroyasu Seida, Wataru Ogawa, Hirohito Sone.
doi: 10.2337/dc20-2252
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学医学部 血液・内分泌・代謝内科
准教授 藤原 和哉(ふじはら かずや)
Email:kafujihara-dm@umin.ac.jp

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