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2021/08/19 研究成果
脳の形成時に神経細胞の突起の伸ばし方を決める因子を発見

脳のなかで神経細胞がネットワークを作るとき、神経の成長をコントロールするのは成長円錐と呼ばれる手のような形をした部分です。脳のなかで成長円錐は活発に動いて周囲の状況を把握し、神経ネットワークの形成を試みます。今回、新潟大学大学院医歯学総合研究科神経発達学分野の侯旭濱特任助教、杉山清佳准教授らの研究グループは、新たな因子coactosin(コアクトシン)がアクチン細胞骨格(注1)に働きかけ、成長円錐の動きを活発にすること、さらに、成長円錐の前に伸びる動きをコントロールし、神経軸索(注2)の成長を促すことを発見しました。最近の研究から、coactosinは神経細胞だけでなく、がん細胞や免疫細胞の動きにも関わることが推測されています。この因子の作用を可視化した本成果は、今後、身体のなかで細胞の動きを制御するために重要と考えられます。この研究は同研究科神経生化学分野の野住素広講師、五十嵐道弘教授、東北大学の仲村春和教授との共同研究で行われました。
 
【本研究成果のポイント】
・超解像度顕微鏡により神経細胞と新規因子の動きを同時に可視化した。
・新たなアクチン細胞骨格因子coactosinの働きによりアクチンの動きが活発になること、アクチンの動きの活発化により神経軸索が成長することを発見した。
・coactosinがないとアクチンの動きと神経軸索の成長が止まることを発見した。
 
Ⅰ.研究の背景
細胞の動きはどのようにコントロールされているのでしょうか。アクチン細胞骨格の重要性は知られていましたが、これまで、細胞の動きとアクチン細胞骨格因子の動きを同時に観察することは技術的に困難でした。細胞の動きを観察する上で、観察の対象として神経細胞の成長円錐は非常に優れています。成長円錐の動きは、直接、神経軸索の成長と神経ネットワークの形成につながります。本研究グループは、近年開発された超解像度顕微鏡(注3)を使用することで、活発に動く成長円錐とアクチン細胞骨格をミクロの単位で同時に観察することに成功しました。加えて、遺伝子操作を行うことで、アクチン細胞骨格の動きを決める因子を可視化し、因子の働きを詳しく解析することも可能になりました。脳のなかで、アクチン細胞骨格因子がどのように働き、神経ネットワークを作るのか、回路の成長の仕組みを明らかにすることが求められています。
 
Ⅱ.研究の概要・成果
細胞の骨格となるアクチンは、分解(脱重合)と構築(重合)を繰り返し、繊維状に伸びたり縮んだりします。この分解と構築の繰り返しにより、アクチン細胞骨格に動きが生まれ、細胞を動かす原動力になると考えられています。特に、アクチンを分解する脱重合因子としてcofilin(コフィリン)が知られていますが、アクチンの構築を促す重合因子の存在は、これまで良く分かっていませんでした。
今回、本研究グループはcoactosin(コアクトシン)がアクチンの構築を促す重合因子として働くことを発見しました。培養した細胞の成長円錐の中で、蛍光標識をしたcoactosinを観察すると、手指の様に伸びるアクチン細胞骨格にcoactosinが強く結合し、アクチンの伸長を促す様子が観察されました(図1)。さらに、coactosinを多く含む成長円錐ではアクチンの伸長が早くなり、成長円錐の前に伸びようとする動きを誘導することが分かりました(Frontiers in Cell and Developmental Biology誌のホームページ上の動画参照※)。それでは、成長円錐の活発な動きは、実際に、神経軸索の成長に影響を与えるのでしょうか。ニワトリ胚の脳のなかで神経軸索を観察すると、coactosinの増加により神経軸索の伸長が早くなる現象が確認されました。
反対に、coactosinが無くなると何が起きるのでしょうか。培養した神経細胞においてcoactosinを欠損させると、成長円錐の中でアクチン細胞骨格の分解(脱重合)が進み、繊維が断片化する様子が観察されました(図2)。さらに、分解(脱重合)と構築(重合)のバランスを取ろうとするように、cofilinの働きが抑制されることも分かりました。分解(cofilin)と構築(coactosin)の抑制は、アクチンの動きを鈍らせ、成長円錐の動きを停滞させると考えられます。その結果、培養下においても、ニワトリ胚の脳においても、神経軸索の成長は阻害され、通常よりも軸索が伸びないことが分かりました(図3)。
本研究グループは本研究において、「細胞の動き」と「アクチン細胞骨格および因子の動き」を超解像度顕微鏡で観察しました。その結果、新たな因子coactosinがアクチンに結合し、アクチン細胞骨格の動きを積極的にコントロールすることを発見しました(図4)。さらに、coactosinやcofilinの働きによってアクチン細胞骨格が伸縮し、神経細胞の動きが制御されることを明らかにしました。これらの研究成果は、神経ネットワークを作るとき(あるいは作り直すとき)に必要な「神経細胞の動きをコントロールする仕組み」の解明につながります。
 
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fcell.2021.660349/full#supplementary-material

Ⅲ.今後の展開
細胞は活発に動くとき、手足のようにはたらく沢山の突起を出します。この時、細胞を動かす力になるのがアクチン細胞骨格です。がん細胞の転移や免疫細胞の移動にもアクチン細胞骨格の動きが鍵となります。今回、新たな因子coactosinがアクチン細胞骨格の動きに貢献することを明らかにしました。近年、coactosinは腫瘍マーカーの候補となることが報告されています。今後、がん細胞の動きの抑制や、免疫細胞の動きの活性化などに役立つことも期待されます。さらに、本研究グループはこどもの脳の発達において、coactosinが個々の経験に応じた神経ネットワークの形成に寄与すると期待しています。アクチン細胞骨格の動きのコントロールは、脳の可塑性といわれる、学習に対応したネットワークの変化や、脳損傷後の機能の回復時のネットワーク修復など、機能の構築(再構築)にも貢献すると推測し、解析を進めています。
 
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2021年6月21日、Frontiers in Cell and Developmental Biology誌(IF: 6.684)に掲載されました。
論文タイトル:Coactosin Promotes F-Actin Protrusion in Growth Cones Under Cofilin-Related Signaling Pathway
著者:Xubin Hou, Motohiro Nozumi, Harukazu Nakamura, Michihiro Igarashi and Sayaka Sugiyama
doi: 10.3389/fcell.2021.660349
 
 
【用語解説】
(注1)アクチン細胞骨格
アクチン重合体(F-actin)が集まって作られる、細胞の骨組み。アクチン重合体は束のように集まり、また網のように分かれて複雑に骨組みを作ります。アクチン重合体の分解・構築には、coactosinやcofilinのように、直接結合する因子が必要です。また、アクチン重合体の束や網を作るためには、他の因子も加わります。アクチン細胞骨格は、細胞の形を作り、動きを作り出すために非常に大切だと考えられています。アクチン重合体の働きは筋肉の収縮の研究から発見されましたが、今ではすべての細胞でその重要性が明らかとなっています。
 
(注2)神経軸索
神経細胞は複雑な突起を持っていますが、このうち、情報の伝達に関する細くて長い突起を軸索といいます。軸索は成長円錐の働きで長く成長して、標的となる別の神経細胞を認識してネットワークを作ります。軸索は1つの神経細胞で1本しかなく、損傷を受けた際の再生にも成長円錐の働きが関係しますが、成長円錐の機能が維持できないと変性してしまいます。脳機能の再構築などにも、この仕組みが関係すると想定されています。
 
(注3)超解像度顕微鏡(超解像顕微鏡とも呼ばれる)
通常の光学顕微鏡は可視光を使って観察するため、可視光の波長に基づいて、200 nmより接近した間隔の構造体は分離・識別ができず、くっついて一塊にしか見えません。超解像度顕微鏡は様々な原理によって、この限界を超えて分解能を高めた蛍光顕微鏡で、2014年にノーベル化学賞の受賞対象となりました。これによって、細胞内で新しい構造や、分子の新しい挙動が観察・解析できるようになってきました。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科
神経発達学分野
杉山 清佳(すぎやま さやか) 准教授
E-mail:sugiyama@med.niigata-u.ac.jp

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