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2021/11/25 研究成果
細胞小器官同士が接する微小空間の新しい機能を発見 −脂質による新しい細胞内“物流”制御メカニズムが明らかに−

細胞内には様々な細胞小器官が存在しますが、それらは基本的に離れて存在すると考えられてきました。しかし近年、細胞小器官同士は部分的に接していることがわかり始め、教科書が書き換えられようとしています。新潟大学大学院医歯学総合研究科神経生化学分野の河嵜麻実特任講師、五十嵐道弘教授、中津史准教授らのグループは、この細胞小器官同士が近づいて作られる微小空間(膜接触部位注1と呼ぶ)で脂質注2が交換されていること、そしてこの脂質の交換によって細胞小器官の膜の分裂が制御されていることを突き止めました。これは、細胞生物学の分野で近年注目されている膜接触部位の新機能を解明した大きな成果です。本研究は、東京医科歯科大学、秋田大学、東京大学、東北大学との共同研究で行われました。
 
【本研究成果のポイント】
・小胞体注3とエンドソーム注4という2つの細胞小器官が接する領域で、異なる2つの脂質の交換輸送が起こっている
・脂質の交換輸送は、膜輸送注5に際してエンドソーム膜が正常に分裂するのに必要である
・膜接触部位を介した脂質交換輸送が制御する生体機能が解明された
 
Ⅰ.研究の背景
細胞は細胞膜で囲まれており、細胞内には様々な細胞小器官が存在します。生物の教科書に描かれているように、細胞膜や細胞小器官は互いに離れて存在すると考えられてきました。ところが、最近の研究から細胞膜や細胞小器官は部分的に接していることがわかり始め、概念が変わりつつあります(図1左)。細胞膜や細胞小器官が互いに接する部分は“膜接触部位”と呼ばれ、「ここでいったい何が起きているのか」が、現在の細胞生物学の大きな謎の一つになっています。

中津准教授らは以前、小胞体と細胞膜が接する膜接触部位で、異なる2つの脂質が交換されることを発見しました(Chung et al., Science 2015)。これは、ホスファチジルイノシトール4リン酸注6(以降、PI4Pと略す)が細胞膜から小胞体へ運ばれるのと同時に、ホスファチジルセリン注7がその逆向き(小胞体から細胞膜)に運ばれることでこれらの脂質が交換される“交換輸送”という仕組みでした。この交換輸送は、オキシステロール結合タンパク質ファミリー注8と呼ばれるタンパク質があかたも水車のように働いて、PI4Pが細胞膜から小胞体へ流れるエネルギーを駆動力として利用して、ホスファチジルセリンを逆向きに輸送していました。このことから、この輸送機構を“PI4P駆動型脂質交換輸送注9”と名付けました(図1右)。しかし、このPI4P駆動型脂質交換輸送が起こることでどのような細胞機能がコントロールされているのかが、次の大きな謎として未解明のままでした。
 
Ⅱ.研究の概要
そこで本研究グループは、エンドソームに着目して、PI4P駆動型脂質交換輸送の新機能解明に挑みました。まずオキシステロール結合タンパク質ファミリー分子群の細胞内局在を調べたところ、機能が不明であったORP10タンパク質が小胞体―エンドソーム間の膜接触部位に局在することを見いだしました(図2A)。そして、ORP10は実際にエンドソームから小胞体へPI4Pを受け渡し、小胞体からエンドソームへホスファチジルセリンを逆向きに交換輸送することを培養細胞で証明しました。さらに、ORP10遺伝子を欠損させた細胞では、エンドソーム膜にホスファチジルセリンが安定的に供給されないためEHD1タンパク質注10がエンドソーム膜に効率よく結合できないこと、そしてこれが原因となりエンドソーム膜が正しく分裂できず、エンドソームからの膜輸送が正常に機能しないことがわかりました(図2B)。

以上の結果から、ORP10は小胞体―エンドソーム間の膜接触部位を介してPI4Pとホスファチジルセリンを交換輸送することで、エンドソーム膜のPI4Pをホスファチジルセリンへ変換し、EHD1タンパク質をエンドソーム膜に引き寄せることでエンドソーム膜の分裂を促進していることが解明されました(図2C)。エンドソーム膜の分裂は、エンドソームからの膜輸送に重要なステップであることから、PI4P駆動型脂質交換輸送は膜輸送という現象に密接に連携していることが明らかになりました。
 
Ⅲ.研究の成果
小胞体―エンドソーム間の膜接触部位においても脂質交換輸送が作動していることが明らかになったことで、PI4P駆動型脂質交換輸送システムが哺乳類細胞に備わる普遍的な脂質輸送機構の一つであることが証明されました。さらに、ORP10が脂質交換輸送を介して細胞内膜輸送を直接制御していることが判明し、PI4P駆動型脂質交換輸送システムが制御する生命現象が明らかになったことは極めて大きな成果です。これらの成果は、未解明課題の多い脂質輸送や膜輸送機構の理解に大きく貢献するだけでなく、医学的応用の観点からも重要であると考えられます。
 
Ⅳ.今後の展開
本研究から、PI4P駆動型脂質交換輸送が細胞内膜輸送を制御することが明らかになりましたが、これはPI4P駆動型脂質交換輸送が制御する生理機能の一端が判明したにすぎません。PI4P駆動型脂質交換輸送システムは、細胞が自身の状態や周囲の環境の変化に呼応して、細胞内の様々な場所の脂質組成を素早く、的確にコントロールできる巧みな脂質制御機構であると、本研究グループは考えています。今後は、本研究で得られた知見をもとに、PI4P駆動型脂質交換輸送のさらなる新機能の解明だけでなく、脂質の分布や代謝の異常による疾患、老化、ウイルスや細菌感染に伴う病態の理解、予防、治療法の開発などへの展開も期待されます。
 
Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2021年11月24日午前10時(アメリカ東部時間)、Journal of Cell Biology誌(オンライン版)に掲載されます。
論文タイトル:PI4P/PS countertransport by ORP10 at ER-endosome membrane contact sites regulates endosome fission.
著者:Kawasaki A, Sakai A, Nakanishi H, Hasegawa J, Taguchi T, Sasaki J, Arai H, Sasaki T, Igarashi M and *Nakatsu F(*責任著者)
doi: 10.1083/jcb.202103141
 
Ⅵ.謝辞
本研究は、AMED革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明」研究開発領域(研究開発総括:横山信治)における研究開発課題「PI4P駆動型脂質対向輸送システムの分子機構とその生理機能の解明」(研究開発代表者:中津史)、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「細胞機能を司るオルガネラ・ゾーンの解読」、「脂質クオリティが解き明かす生命現象」、基盤研究(B)、基盤研究(C)、東レ科学振興会、武田科学振興財団、中谷医工計測技術振興財団、日本応用酵素協会の支援を受けて行われました。
 
 
【用語解説】
(注1)膜接触部位
2つの異なる細胞小器官同士(もしくは細胞小器官と細胞膜)が接する微小な膜領域。
(注2)脂質
細胞膜や細胞小器官膜を作る原材料としてだけでなく、エネルギー源として利用されたり、シグナル伝達をコントロールしたりと様々な重要な役割を担う生体物質。
(注3)小胞体
細胞小器官の1つで、脂質やタンパク質などの生合成の場。網状の構造をとり、細胞内の隅々まで広がっている。
(注4)エンドソーム
細胞膜から膜輸送によって送られてきた生体物質を受け取り、それらを様々な細胞小器官に再配送する中継所として機能する細胞小器官。
(注5)膜輸送
細胞内でタンパク質などの生体物質を輸送する際、細胞膜や細胞小器官膜の一部が出芽して分裂することによって膜の小胞が形成され、これが細胞小器官の間でやりとりされる。この機構のことを膜輸送(もしくは膜交通)と呼ぶ。
(注6)ホスファチジルイノシトール4リン酸
イノシトールリン脂質と呼ばれるリン脂質の1種。細胞膜、ゴルジ体、エンドソーム、リソソームに存在する。
(注7)ホスファチジルセリン
リン脂質の1種。細胞膜やエンドソームに多く存在する。
(注8)オキシステロール結合タンパク質ファミリー
脂質の輸送や代謝をコントロールするタンパク質群。PI4P、ホスファチジルセリンおよびコレステロールなどの脂質を包み込んで、膜から膜へと受け渡す(輸送する)活性を持っている。
(注9)PI4P駆動型脂質交換輸送
PI4Pは細胞膜、ゴルジ体やエンドソームで合成された後、小胞体に輸送されて分解されるため、小胞体ではPI4Pの濃度は低く保たれている。したがって、PI4Pは濃度の低い小胞体へ一方向性に輸送され、この流れが駆動力となり逆向きに別の脂質が輸送される。この機構をPI4P駆動型脂質交換輸送と呼ぶ。
(注10)EHD1タンパク質
エンドソーム膜が膜輸送される際に、膜の変形や分裂を促進する機能を持つATPアーゼ。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
<研究に関すること>
新潟大学 大学院医歯学総合研究科 分子細胞機能分野
准教授 中津 史(なかつ ふびと)
E-mail:nakatsu@med.niigata-u.ac.jp
 
<広報担当>
新潟大学広報室
E-mail:pr-office@adm.niigata-u.ac.jp
 
東北大学大学院生命科学研究科広報室
E-mail:lifsci-pr@grp.tohoku.ac.jp
 
<AMED事業に関するお問い合わせ先>
日本医療研究開発機構(AMED)
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課
E-mail:kenkyuk-ask@amed.go.jp

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