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2021/12/07 研究成果
ネフローゼ症候群の新しい治療標的(FKBP12)を同定:タクロリムスの新規薬効機序を解明

新潟大学大学院医歯学総合研究科腎研究センター腎分子病態学分野の安田英紀助教、福住好恭准教授、河内裕教授らの研究グループは、タクロリムス(FK506)(注1)の新規薬効機序を解明し、高度のタンパク尿を示す疾患であるネフローゼ症候群の新しい治療標的を同定しました。難治性ネフローゼ症候群は現在も有効な治療法がなく、新規治療薬の開発が急務となっています。免疫抑制薬であるタクロリムスは、タンパク尿抑制作用を持つことが示されていますが、その薬効機序は不明でした。本研究は、タクロリムスと結合性を持つ分子であるFKBP12(注2)が腎糸球体上皮細胞(ポドサイト)(注3)の細胞骨格の制御に重要な役割を果たしていること、タクロリムスはFKBP12の機能を安定化させる作用によりポドサイト障害、タンパク尿を抑制することを示し、FKBP12の安定化がタンパク尿の治療戦略として重要であることを明らかにしました。
本研究成果はポドサイト障害の発症機序の解明、新規タンパク尿治療法開発への貢献が期待されます。この研究成果は、FASEB Journalに掲載されました。
 
【本研究成果のポイント】
・免疫抑制薬であるタクロリムス(FK506)は、タンパク尿抑制作用を持つことが示されていますが、ポドサイトに対する薬効機序は不明でした。
・本研究は、タクロリムスと結合性を持つ分子であるFKBP12がポドサイトの細胞骨格の制御に重要な役割を果たしていること、タクロリムスはFKBP12の機能を安定化させる作用によりポドサイト障害、タンパク尿を抑制すること、FKBP12の安定化がタンパク尿の治療戦略として重要であることを明らかにしました。
・ポドサイト障害の発症機序の解明、新規タンパク尿治療法開発への貢献が今後期待されます。
 
Ⅰ.研究の背景
慢性腎臓病(注4)の総患者数は、約1,300万人と推定されており、新たな国民病と捉えられています。腎臓の主な役割は尿を作ることです。腎臓は、人が生きていくために行われる代謝で生じた老廃物を血液から濾過して尿として排泄する仕事をしています。その際、身体に必要な血液中のタンパク質を尿中に漏らさないように分別するための濾過装置が糸球体と呼ばれる構造物です。タンパク尿はこの濾過装置の分別機能が低下し、血液中のタンパク質が尿中に漏れ出てしまっている状態です。タンパク尿は、腎臓病の濾過装置の傷害を示す最も重要な臨床所見であり、タンパク尿自体が腎臓病をさらに進行させる悪化因子であることが明らかになっています。また、タンパク尿を示す人は、脳卒中や心血管疾患の発症率が約3倍以上であると報告されています。タンパク尿は腎臓病のサインであるばかりでなく、生命予後に重大な影響を与える疾患の発症にも関連していることが明らかになっています。
本研究グループは、臨床で見られる多くの糸球体疾患におけるタンパク尿は、ポドサイトの機能障害により発症することを明らかにしてきました。ポドサイトは足突起という特徴的な突起を持つ細胞で、この足突起が糸球体の毛細血管の最外層を覆っており、この突起間に存在するスリット膜という構造物が、タンパク質が尿中に漏れ出ないようにしていることを世界に先駆けて明らかにしました。しかし、ポドサイトがこの特徴的な構造を維持する機構は不明でした。一方で、臨床的な知見から免疫抑制薬であるタクロリムスがタンパク尿抑制作用をもつことが知られていました。タクロリムのタンパク尿抑制作用は免疫抑制効果と相関しないことから、タクロリムスはポドサイトに対して直接の保護作用を持つことが想定されていましたが、その作用機序は不明でした。
 
Ⅱ.研究の概要・成果
FKBP12は、タクロリムスの結合分子として同定された分子で、多くの組織、細胞で発現していることが報告されていましたが、この分子の生理的機能は不明でした。今回の研究では、FKBP12に着目し、ポドサイトにおける機能解析を行いました。FKBP12は、アクチン(注5)の近傍に発現しており、アクチンによる細胞骨格形成、突起の維持に重要な役割を果たしていることを明らかにしました(図1参照)。本研究では、FKBP12の機能をさらに解析し、FKBP12はアクチン関連分子として知られているシナプトポディン、14-3-3分子と結合性を持ち、この分子複合体がアクチン細胞骨格の維持に重要な役割を果たしていること、多数の突起を持つポドサイトの特徴的な形態の維持、ポドサイトのバリア機能維持に重要であることを示しました。
傷害ポドサイトでは、FKBP12の発現が低下し、アクチン構造が維持できなくなり突起形成が障害されることを観察しました(図2参照)。タクロリムスはアクチン近傍に発現しているFKBP12と結合し、FKBP12の発現、機能を安定化させることにより、ポドサイト保護に働くことを示しました。

Ⅲ.今後の展開
タクロリムスの結合分子であるFKBP12は、ポドサイトの機能維持、タンパク尿発症抑制に重要な役割を果たしていることを明らかにしました。FKBP12は、タンパク尿、ネフローゼ症候群の新規治療法開発のための新たな標的分子であると考えます。FKBP12と細胞骨格関連分子との結合性の増強効果を指標として各種薬剤、化合物のポドサイト保護効果を検討し、タンパク尿の新規治療薬の開発を目指します。
 
Ⅳ.研究成果の公表
これらの研究成果は、2021年10月18日にFASEB Journal(インパクトファクター:5.191)に掲載されました。
 
論文タイトル:Tacrolimus ameliorates podocyte injury by restoring FK506 binding protein 12 (FKBP12) at actin cytoskeleton
著者:Hidenori Yasuda,Yoshiyasu Fukusumi,Veniamin Ivanov,Ying Zhang,Hiroshi Kawachi
doi: 10.1096/fj.202101052R
 
 
用語説明
(注1)タクロリムス(FK506):
タクロリムス(FK506)は細胞内でFKBP (FK506 binding protein) と複合体を形成し、この複合体が脱リン酸化酵素であるカルシニューリンの作用を阻害する。活性化T細胞ではカルシニューリンが活性化するがタクロリムスはこれを抑制することにより免疫抑制効果を示す。臓器移植後の拒絶反応抑制薬として広く利用されている。潰瘍性大腸炎、ループス腎炎、アトピー性皮膚炎などにも使用されている。

(注2)FKBP(FK506 binding protein)12:
タクロリムス(FK506)の結合分子として同定された分子。酵母からヒトまで多くの真核生物に発現しており、タンパク質フォールディングシャペロンとして機能していることが報告されているがその生理機能は十分に解明されていない。

(注3)腎糸球体上皮細胞(ポドサイト):
腎臓の濾過装置である糸球体を構成する3種の細胞の1つで、糸球体の最外層に位置し、糸球体の形態の維持、糸球体のバリア機能の維持において最も重要な役割を果たしている細胞。絡み合う突起構造を持つ細胞で、この特徴的な構造を維持のための細胞骨格の機能は解明されていない。神経細胞や心筋細胞と同様、生体内で最も分化した細胞の1つで増殖能を持たない。

(注4)慢性腎臓病:
腎の濾過機能を示す数値が60%未満になった状態、もしくは持続性のタンパク尿が確認されると慢性腎臓病と診断される。国内の総患者数は1,300万人と推定されている。慢性腎不全(腎機能が低下し、血液透析療法、腎移植が必要となる状態)の予備軍と考えられている。

(注5)アクチン:
多量体を形成して細胞骨格を作るタンパク質。細胞骨格の主要な構成成分であり、細胞の形態維持、運動などにおいて重要な働きを担っている。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科
腎研究センター 腎分子病態学
教授 河内 裕(かわち ひろし)
E-mail:kawachi@med.niigata-u.ac.jp

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