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2022/03/09 研究成果
サルには単語を頭の中で綴る能力がある − 言語の起源の探究と言語機能の解明に道筋 −

ヒトの言語の普遍的な特徴の一つに,ある物を表す「単語」が,いくつかの無意味な「文字」の組み合わせでできていることがあります。新潟大学工学部人間支援感性科学プログラム/医学部保健学科の飯島淳彦教授,同大学大学院医歯学総合研究科神経生理学教室の劉南希(大学院生),長谷川功教授らのグループは,マカクザルにも,無意味な図形文字を頭の中で綴って物の意味を表す能力があることを実証しました。この結果は,文字言語に進化した前駆的な能力の起源が人間とマカクザルとの共通の祖先にもあることを示唆し,言語の進化の過程と小児の言語発達や言語獲得のメカニズムを理解する上でも重要な発見です。本研究の成果は,2022年3月4日にSpringer Nature 社の発行する科学雑誌Scientific Reportsに掲載されました。
 
※ 霊長目オナガザル科マカク属に属する哺乳類であり,ニホンザルもこの一種である。
 
【本研究成果のポイント】
・ニホンザルは,図形文字を頭の中で組み立て,物の意味を表す単語を綴ることができた
・ニホンザルは,文字を綴る順序を自ら生み出した
 
Ⅰ.研究の背景
ヒトの使う言葉の特徴の一つに「二重分節構造」があります。例えば,「ネコ」という単語は動物を表しますが,これは,「ネ」と「コ」という文字から出来ています。英語でも「CAT」はアルファベットのC,A,Tから構成されます(図1)。また,文字は単体では意味を持たず,文字は有限です(ひらがななら50個,アルファベットは26個)。有限の文字の中からをいくつかを組み合わせることによって,多くの単語を表せるのが言語の特徴です。これらの関係性を理解することが言語的な理解を深め,言語を使うことにつながると考えられますが,ヒト以外の霊長類では,これまでにチンパンジー(進化的にはヒトに近いグループ)にだけその能力があることが確認されていました。

Ⅱ.研究の概要
本研究では,ニホンザルが二重分節構造を持つ記号を頭の中で組み立てられるかを,ヒトの言語を模擬した図形文字モデル(図2)を作成して検証しました。このモデルでは,文字として単純な図形を用いました。文字自体は単独では意味を持ちません。この文字を2つ使い単語を作りました。単語は対象を表すように特定の意味を持たせました。これらの図形文字モデルを用いて,以下の3つのステップで検証を行いました(図3)。サルの見る画面はタッチパネルになっており,選択すべき文字や単語をタッチして答えます。まず初めに,対象と単語の関係(単語の意味)をサルに教えました(ステップ1)。次に,その単語は2つの文字から構成することを教えました(ステップ2)。これらの2つの学習の後に,サルには対象だけを見せてそれを表す単語を,文字から構成させるテストを行いました。これは,物を見てそれを表す単語を思い浮かべ,キーボードで文字を選択して単語を入力するようなイメージです。サルは,初めて行うこの操作において,偶然では起こり得ない確率で正解しました。つまり,対象の名前を覚えること(ステップ1)と,その単語の成り立ちを覚えること(ステップ2)を事前に行ったことを活かし,対象を見て文字から単語を書き取ることができたと解釈できます(図4)。
また,この検証過程では,興味深いことが見出されました。今回の図形文字モデルでは,単語は2つの図形の組み合わせで構成されますが,それらを入力する順番には制限を設けませんでした。したがって,サルは自分の好きな順序で適切な文字を2つ選択できるのですが,その文字選択の順番が毎回バラバラではなく,だんだんと固定化していくことがわかりました。つまり,綴りの順番をサルは自分で作り出したことになります。
さらに,今回の図形文字モデルでは,一つの文字が2つの単語でシェアするように作成しました。ヒトの言語でも一つの文字は多くの単語に使われるのと同じ構造です。このことが,単語を構成する際に,紛らわしさを生み出す訳ですが,今回の検証結果では,その紛らわしさを反映した選択のミスが確認されました。このミスは,単語が一つのかたまりとして意識している場合よりも,バラバラの文字の組み合わせで構成されていると意識した場合に発生すると考えられるため,サルは単語を丸暗記しているのではなく,一文字ずつ意識して単語を構成していることが示唆されます。

Ⅲ.研究の成果
以上の結果より,ニホンザルには,言語の特徴である「二重分節構造」を理解して頭の中で組み立てる能力があることが示されました。言語の特徴はこれ以外にもたくさんありますので,この結果からだけではサルに言語があるとは解釈できません。しかし,ヒトやチンパンジー(同じヒト科というグループ)とニホンザルの共通の祖先(図5)には,言語を理解し操るための素となる機能が備わっていたことが示唆されます。今回の発見は,サルが記号を丸暗記することによってできた結果ではなく,学習によって知り得た言語的な知識を使って対象を表すという,「ことばを道具として使用した」初めての結果と考えられます。

Ⅳ.今後の展開
本研究の成果は,ヒトの言語の進化の起源に迫る重要な発見です。言語学分野への学術的な貢献が期待されます。また,ヒトの言語発達や言語獲得のプロセスを理解する上でも大きなヒントを与えることになります。子供の言語発育に関する教育分野,言語障害などの臨床医学の分野にも広く貢献することが期待されます。
 
Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は,2022年3月4日10時(英国時間),Springer Nature社の発行する科学雑誌Scientific Reportsに掲載されました。
論文タイトル:Mental construction of object symbols from meaningless elements by Japanese macaques (Macaca fuscata)
著者:Nanxi Liu* Atsuhiko Iijima*#, Yutaka Iwata, Kento Ohashi, Nobuyoshi Fujisawa, Toshikuni Sasaoka, Isao Hasegawa#
* 先頭2名は共同筆頭著者,# 責任著者
doi: https://doi.org/10.1038/s41598-022-07563-z
 
Ⅵ.謝辞
本研究は,東レ科学技術財団,科研費(20500355, 23300150, 26242088, 19H01038),AMED (JP21wm0525006),新潟大学プロジェクト推進経費の支援を受けて行われました。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学大学院医歯学総合研究科神経生理学分野
教授 長谷川 功(はせがわ いさお)
E-mail:ihasegawa-nsu@umin.ac.jp
 
新潟大学工学部人間支援感性科学プログラム/医学部保健学科
教授 飯島 淳彦(いいじま あつひこ)
E-mail:a-iijima@med.niigata-u.ac.jp
 
【広報担当】
新潟大学広報室
E-mail:pr-office@adm.niigata-u.ac.jp

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