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2022/03/28 研究成果
ゾウ結核の診断を提案; 潜在性結核から結核を発症、日本初の結核治療を受けたゾウ、16年間の血清抗体解析から

新潟大学大学院医歯学総合研究科細菌学分野の石川智史(大学院生)、尾関百合子医学部講師、井内絵梨奈(大学院生)、松本壮吉教授、同研究科バイオインフォマティクス分野の瀧原速仁特任助教、奥田修二郎教授、宮崎大学産業動物防疫リサーチセンターの三澤尚明教授らの研究グループは、特にアジア圏で問題となっているゾウの結核について、発病や治療に伴うゾウ体内のIgG抗体※1の動向を明らかにし、発病の早期検知や治療効果の判定に役立つ新しい検査方法を提案しました。
 
【本研究成果のポイント】
・結核は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が登場する以前は、単独病原体による感染症で最も人命を奪ってきた。また、世界中のゾウで感染、死亡が報告されており、ゾウからヒトへの感染も報告されている。
・ヒトで一般的に行われている結核検査をゾウに応用するには課題があり、近年では、抗体検査法が研究されている。しかし、これまでに調査された抗原の種類は少ない。
・広島県の福山市立動物園で発生したアジアゾウ「ふくちゃん」の結核治療例では16年に渡って採取された血清が保存されていた。そのため、本研究グループは、ゾウの結核検査に有用な新しいIgG抗体を探索した。
・ELISA※2(酵素結合免疫吸着測定法)による抗体価のモニタリングによって、Antigen 85B(Ag85B、別名;α antigen、ミコール酸転移酵素)という結核菌蛋白質に対する抗体が、発病に伴って上昇し、治療に伴って減少することが明らかとなった。発病の早期検知や治療効果の判定への利用が期待される。
 
Ⅰ.研究の背景
結核はMycobacterium tuberculosis(結核菌)によるヒト由来の呼吸器感染症ですが、ヒト型結核菌は、牛など、その他の哺乳類へ伝播して適応し、「ヒトと動物の共通感染症」の側面もあります。その結果、野生動物での結核アウトブレイクも多く報告されており、「One Health※3」の観点から重大な疾病です。特にゾウにおいては、飼育下と野生の双方において報告があり、この希少動物における蔓延と、アジアで発生しているゾウからヒトへの伝播が、重大な懸念材料となっています。
ヒトの結核の多くは、潜在性結核と呼ばれる長期の無症状感染から発病します(発病した結核は活動性結核と呼びます)。そのため、結核をコントロールするためには感染の早期検出方法と、発病を検知する方法が必要ですが、ゾウではヒトで一般的に行われているような検査の応用は困難です。象に喀痰を吐き出させることは難しく、巨体であるためレントゲンなどの画像検査は不可能です。そこで、近年では、比較的採取が容易な血清を用いた抗体検査が研究されていますが、これまでに調査された抗原の種類は少ないです。
 
Ⅱ.研究の概要
広島県の福山市立動物園では、2015年に1頭のアジアゾウ(亜種ボルネオゾウ、フクちゃん、図1)が結核を発病し、2018年に3年間に及ぶ治療が完了しました。ゾウの結核は過去にも国内で報告されていますが、全て死後の検査で診断されたものであったため、日本初のゾウへの結核治療でした。

本症例については、発病の12年前から治療完遂の1年後までの血清が凍結保存されていました。そこで、本研究では、ELISAを用いて、フクちゃんの血清に含まれる、結核菌蛋白質に対するIgG抗体を調査し、ゾウの結核検査に有用な新しい診断抗原(IgGの標的蛋白質)を探索しました。
 
Ⅲ.研究の成果
はじめに、すでに世界中で使用されているゾウ専用の簡易結核検査キット、DPP(Chembio社、アメリカ)によって、ESAT6/CFP10とMPB83という2つの結核菌蛋白質に対する抗体の有無を調べました。その結果、検査した全ての血清でESAT6/CFP10に対する抗体が検出されました。このことから、このゾウは発病の12年前には結核菌に感染しており、ヒトの潜在性結核と同様な長期の無症候感染を経て発症したことが示唆されました。
次に、ELISAによって、ESAT6/CFP10とMPB83を含む11の結核菌蛋白質に対するIgG抗体の有無を調べました。すると、ESAT6/CFP10とMPB83に加えて、Ag85Bという蛋白質に対するIgG抗体が検出されました(図2)。

また、健康な7頭のゾウの血清を用いた調査で、MPB83とAg85Bに対するIgGは健康な個体では検出されない、つまり特異性が高いことが示されました。
そこで、ESAT6/CFP10、MPB83、Ag85Bの3つの蛋白質に対するIgGを定量的にモニタリングしたところ、ESAT6/CFP10に対するIgG抗体は、結核の発病や治療の影響をほとんど受けず、常に高いレベルを維持していました。一方で、Ag85Bに対するIgG抗体は発病の12年前には認められませんでしたが、発病の2年前から急上昇し、治療に伴って低下しました。一方でMPB83抗体は、ESAT6/CFP10抗体とAg85B抗体の中間的な動向を示しました。Ag85Bは、細胞壁の合成酵素で、結核菌が増殖する時に産生されると言われており、ヒトの研究では、潜在性結核患者よりも活動性結核患者の方がAg85Bに対するIgGレベルが高いことが報告されています。本研究によって、同様のことがゾウにも生じ得ることが分かりました(図3)。

Ⅳ.今後の展開
今回の結果から、ESAT6/CFP10で結核菌感染を検出し、Ag85Bで発病や治療をモニタリングするという新しい検査方法が提案できます。しかし、今回の結果はあくまで1症例に基づいた発見であるため、今後、より多くのゾウで検証していく必要があります。

Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2022年3月12日、Springer Nature社の発行する科学雑誌Scientific Reportsに掲載されました。

論文タイトル:
Monitoring IgG against Mycobacterium tuberculosis proteins in an Asian elephant cured of tuberculosis that developed from long-term latency
著者:
Satoshi Ishikawa, Yuriko Ozeki, Satomi Suga, Yasuhiko Mukai, Haruka Kobayashi, Erina Inouchi, Shaban A. Kaboso, Gebremichal Gebretsadik, Desak Nyoman Surya Suameitria Dewi, Akihito Nishiyama, Yoshitaka Tateishi, Hayato Takihara, Shujiro Okuda, Shiomi Yoshida, Naoaki Misawa, and Sohkichi Matsumoto
DOI:10.1038/s41598-022-08228-7
 
Ⅵ.謝辞
本研究は、AMED(課題名;結核菌感染と発症傾向を検出する新規結核診断法の開発、JP21fk0108089h0303)の支援を受けて行われました。
 
【用語解説】
※1)IgG
抗体(免疫グロブリン)にはIgG、IgA、IgM、IgD、IgEの5種類がありますが、この中でIgGは、血液中に最も多く含まれ、細菌や毒素に結合し、体を守ります。
※2)ELISA
Enzyme-linked immunosorbent assay (酵素抗体法)の略。抗体が特定の抗原のみと結合する原理を利用して、血清等の液体に含まれる目的の抗原を検出、定量する方法です。
※3)One Health
人、動物、環境(生態系)の健康は相互に関連していて一つであるという考え方です。人と動物の共通感染症や薬剤耐性菌、環境問題などの課題に対して、医学や獣医学の垣根を超えた取組が世界的に行われています。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学大学院医歯学総合研究科細菌学分野
教授 松本 壮吉(まつもと そうきち)
E-mail:sohkichi@med.niigata-u.ac.jp
 
宮崎大学産業動物防疫リサーチセンター
教授 三澤 尚明(みさわ なおあき)
E-mail:a0d901u@cc.miyazaki-u.ac.jp
 
【広報担当】
新潟大学広報室
E-mail:pr-office@adm.niigata-u.ac.jp
 
宮崎大学企画総務部総務広報課
E-mail:kouhou@of.miyazaki-u.ac.jp

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