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2022/04/13 研究成果
現実と記憶の色の違い − 現実と空想の境目を示す脳活動を発見 −

私たちの豊かな意識的体験は、外界からの刺激を感覚として受け取る「外からの知覚」と、心象や記憶の想起や夢として生成される「内部イメージ」の両方から作り出されています。この2種類の体験は異なるものと考えられていますが、その違いがどのような脳メカニズムに基づいているかは明らかではありませんでした。中国・浙江大学系統神経認知科学研究所の谷川久 副教授、新潟大学大学院医歯学総合研究科神経生理学分野の長谷川功 教授、川嵜圭祐 准教授らの研究グループは、色に対する意識体験に注目して、マカクザル(霊長目科オナガザル科マカク属に属する哺乳類でニホンザルもこの一種)の大脳皮質、前頭前野領域(prefrontal cortex、PFC)で、知覚と記憶の想起によって引き起こされる脳活動に違いがあるか検証しました。その結果、PFCでは、異なる周波数で振動的に活動する神経集団の局所的な空間配置によって知覚と内部イメージの違いが表現されていることを発見しました。この結果は、色認識の神経メカニズムの解明に重要な知見であるだけではなく、統合的な意識的体験の神経メカニズムや病的な意識の乖離状態を理解する上でも重要な発見です。本研究の成果は、2022年4月12日(米国東部時間)にcell press社の発行する科学雑誌cell reportsに掲載されました。
 
【本研究成果のポイント】
・色を実際に見る時もその色を思い出す時も前頭前皮質の神経活動からその色を解読できる
・実際の色と思い出した色では、前頭前皮質の活動する場所だけではなく、神経細胞集団の振動的な振る舞いが異なる
 
Ⅰ.研究の背景
私たちの日常的な意識体験は、外界からの感覚入力と、心象風景や記憶の想起、夢などの内部で生成された心的イメージの両方に基づいています。一般に、これら2種類の認知体験は異なる現象と考えられていますが、それらを区別する根本的な神経機構は依然として不明でした。これまでに大脳皮質の視覚感覚関連領域では、実際の知覚時と心的イメージ時の同一の視覚内容に対する活動パターンが大まかには類似していることが報告されていました。今回研究対象とした前頭前皮質(prefrontal cortex、PFC)は、様々な実行機能が集中して存在する脳部位として知られており、感覚入力と処理と内部イメージを生成の両方に関与していることはわかっていましたが、その活動パターンを時間的、空間的に詳細にしらべることが難しく、PFCが内部で生成された心的体験と外部で駆動された知覚体験をどのように表現しているかはよくわかっていませんでした。そこで今回は独自に開発したマイクロ皮質脳波法を適用して高い時間・空間解像度で脳活動を計測することによって、2種類の認知体験を区別できる脳活動を発見しました。
 
Ⅱ.研究の概要
ニホンザルに色を想起させる課題を行わせ、課題を遂行中のPFCの神経活動をマイクロ皮質脳波法で計測しました。サルはモニター上に呈示された色の付いていない手がかり刺激をみて、手がかり刺激ごとに任意に割り当てられた適切な色刺激(選択刺激)にレバーで答えるように訓練されました。手がかり刺激と選択刺激の呈示の間に、何も呈示されていない遅延期間を挟み、思い出した色に対する脳活動を抽出できるようにしました(図1)。
まずモニターには何も呈示されていない遅延期間中のPFCの脳波から想起色を解読できるかを機械学習の解析手法を用いて検証しました(図2)。その結果、偶然よりは有意に高い確率で、遅延期間中の脳波から次に選択刺激として現れる色を予測できることがわかりました。また、同じ手がかり刺激を呈示して色選択をさせない条件での脳波からは、このような予測はできませんでした。このことは遅延期間中にサルが次に選択すべき色に関する情報を想起していて、それがPFCの脳波に反映されていると解釈されます。さらに、我々は脳波のどのような信号特徴がこの予測・解読に重要か検討した結果、特定の周波数で振動的に活動する神経集団の局所的な空間パターンが重要であることを突き止めました(図3)。
次にこの心的イメージによる脳活動パターンが、感覚入力によって知覚された色による脳活動パターンと同じか、異なるかを検証しました。同じサルに選択色刺激を見せた時の応答を計測して、先ほどと同様の機械学習の手法を用いて、解読に重要な信号特徴を同定したところ、どの周波数帯域の振動的な活動の空間パターンも2つの状態では重なりがみられないことがわかりました。これらの結果からPFCでは、同じ色を指すものであっても、心的イメージによる色と知覚された色は、異なる活動状態として表現されていることが示唆されました。
 
Ⅲ.研究の成果
以上の結果より、ニホンザルのPFCでは、異なる周波数で振動的に活動する神経集団の局所的な空間配置によって色の知覚と内部イメージの違いが表現されていることがわかりました。
 
Ⅳ.今後の展開
 本研究の成果は、色認識の神経メカニズムの解明に重要な知見であるだけではなく、統合的な意識的体験の神経メカニズムや病的な意識の乖離状態を理解する上でも重要な発見です。現実感消失症などの解離性障害群に関する基礎的知見として臨床医学の分野にも広く貢献することが期待されます。
 
Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2022年4月12日(米国東部時間)、cell press社の発行する科学雑誌Cell Reportsに掲載されました。
論文タイトル:Decoding distributed oscillatory signals driven by memory and perception in the prefrontal cortex
著者:Hisashi Tanigawa, Kei Majima, Ren Takei, Keisuke Kawasaki, Hirohito Sawahata, Kiyoshi Nakahara, Atsuhiko Iijima, Takafumi Suzuki, Yukiyasu Kamitani, Isao Hasegawa#
# 責任著者
 doi:10.1016/j.celrep.2022.110676
 
Ⅵ.謝辞
本研究は、以下の支援を受けて行われました。
・脳科学研究戦略推進プログラム
・科研費(23300150、26242088、19H01038、17H06268、17H00891)
・AMED(JP21wm0525006)
・Grants from the National Key R&D Program of China(2018YFA0701402)
・The National Natural Science Foundation of China(31872776)
・A Grant-in-Aid for Young Scientists(Start-up)(23800026)

本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科神経生理学分野
教授 長谷川 功(はせがわ いさお)
E-mail:isaohasegawa@med.niigata-u.ac.jp

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