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2022/04/25 研究成果
遺伝性乳癌卵巣癌患者への予防的卵巣摘出術 −推奨年齢を日本で初めて提唱−

新潟大学大学院医歯学総合研究科産科婦人科学分野の榎本隆之教授、関根正幸准教授らの研究グループは、遺伝性乳癌卵巣癌(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC注1)の全国登録データを用いて、BRCA1/2遺伝子注2に病的バリアント注3を有する日本人女性の卵巣癌発症年齢を詳細に解析しました。BRCA2病的バリアント陽性者では、BRCA1病的バリアント陽性者及びBRCA1/2病的バリアント陰性者に比べて有意に発症年齢が遅く、40歳未満の卵巣癌発症者を認めていないことを報告しました。閉経前の早い時期に両側卵巣を摘出してしまうと、妊娠ができなくなるだけでなく、女性ホルモンの欠落により心血管障害のリスク上昇が問題となります。この知見は、遺伝カウンセリングの現場にて、リスク低減卵管卵巣摘出術(risk-reducing salpingo-oophorectomy: RRSO)注4の至適タイミングを検討する上で、日本初の重要なデータとなります。
 
【本研究成果のポイント】
BRCA遺伝子検査を受けた方では、BRCA1/2病的バリアント陰性者に比べて、BRCA1病的バリアント陽性者は有意に卵巣癌の発症年齢が若く、BRCA2病的バリアント陽性者では有意に卵巣癌の発症年齢が遅かった。
BRCA2病的バリアント陽性者では、40歳未満の卵巣癌発症を認めていなかった。
・日本で初めて、予防的卵巣摘出術を行うタイミングを議論するための科学的データである。
 
Ⅰ.研究の背景
本研究グループはこれまでに、日本で初めての遺伝性乳癌卵巣癌に関するBRCA遺伝子解析を行い、BRCA病的バリアントを認める頻度や脳転移との関連、バリアント型による癌発症リスクの違いなどを解析しています(Clin Cancer Res. 2001 Oct;7(10):3144-50、Hum Mol Genet. 2001 Jun 15;10(13):1421-9、J Obstet Gynaecol Res. 2013 Jan;39(1):292-6、Genes. 2021 Jul 8;12(7):1050)。BRCA病的バリアント陽性者に対するRRSOは、卵巣・卵管癌の発症予防に加え、乳癌発症のリスク低減効果もあり、総死亡率の減少に貢献します。したがって、欧米では、35-40歳でのRRSOが推奨されています(NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology)。日本では、BRCA病的バリアント陽性者で、乳癌あるいは卵巣癌を発症した女性に対して、今後発症するかもしれない卵巣癌あるいは乳癌に対する予防手術が、2020年4月に保険収載されました。遺伝カウンセリングの現場では、個人の生活設計とその希望にあわせて、予防手術の施行を検討していますが、閉経前の早い時期に両側卵巣を摘出してしまうと、妊娠ができなくなるだけでなく、女性ホルモンの欠落により高脂血症がおこり、心血管障害のリスクが高くなります。これまで、BRCA病的バリアント陽性者の卵巣癌発症年齢を、日本人を対象に詳細に解析した報告はなく、予防的卵巣摘出術の推奨年齢は欧米のデータに基づいてカウンセリングがされていました。
 
Ⅱ.研究の概要
今回、日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)の全国登録データを用いて、日本人における予防的卵巣摘出術の至適年齢を検討しました。BRCA病的バリアント陽性者3517人での卵巣癌発症年齢は、BRCA1陽性群が51.3歳、BRCA2陽性群が58.3歳、BRCA1/2陰性群が53.8歳であり、BRCA1/2陰性群に比べてBRCA1陽性群では有意に発症年齢が若く、BRCA2陽性群では有意に発症年齢が遅いことが分かりました。興味深いことに、BRCA2陽性群では40歳未満の卵巣癌発症者を認めていませんでした(図1)。さらに研究グループは、病的バリアントの種類によって卵巣癌発症年齢が異なるかどうかも解析しましたが、明らかな違いは認めませんでした(図2)。

Ⅲ.研究の成果
日本人BRCA病的バリアント陽性者における卵巣癌発症年齢の詳細が明らかになり、BRCA2陽性者では、RRSOを40歳まで待つことの科学的妥当性が示されました。この日本人独自のデータを用いて、遺伝子の違いと現在の年齢ごとに個別の遺伝カウンセリングが可能となり、個人の生活設計にあわせてRRSOの至適年齢を検討することが可能になりました。
 
Ⅳ.今後の展開
日本人独自の解析データは、遺伝カウンセリングを行う上で、非常に重要な資料になります。この知見を患者さんにしっかりと理解していただき、卵巣欠落症状と個人の生活設計、乳癌卵巣癌のリスク減少について、十分な説明と納得の上で、予防手術を受ける判断をしていただけるものと期待しています。
今後は、BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子で、なぜ卵巣癌発症のリスクと発症年齢が違うのか、その発癌メカニズムの違いに関する研究を予定しています。
 
Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2022年3月31日、Journal of Gynecologic Oncology誌に掲載されました。
論文タイトル:Differences in age at diagnosis of ovarian cancer for each BRCA mutation type in Japan: optimal timing to carry out risk-reducing salpingo-oophorectomy
 
著者:Masayuki Sekine,Takayuki Enomoto, Masami Arai, Hiroki Den, Hiroyuki Nomura, Takeshi Ikeuchi, Seigo Nakamura and the Registration Committee of the Japanese Organization of Hereditary Breast and Ovarian Cancer
 
DOI: https://doi.org/10.3802/jgo.2022.33.e46
 
Ⅵ.謝辞
本研究は、日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構(JOHBOC)の公募研究課題として行われました。
 
 
【用語解説】
(注1)遺伝性乳癌卵巣癌(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)
BRCA1もしくはBRCA2遺伝子に生まれつきの異常(病的バリアント)があることで乳癌、卵巣癌、膵癌、前立腺癌などの発症リスクが高くなる遺伝性腫瘍です。80歳までの乳癌発症リスクが約7割、卵巣癌がBRCA1で約4割、BRCA2で約2割と報告されています。
(注2)BRCA1/2遺伝子
細胞が生存するために重要な働きをしている遺伝子で、主な働きはDNAの傷を修復して細胞が癌化することを抑える働きです。癌抑制遺伝子の一つです。
(注3)病的バリアント
ヒトのDNAには約30億の塩基配列があり、個人個人で違いがあります。これを「遺伝子バリアント」といいますが、この配列の違いが病気の発症原因になるものを「病的バリアント」といいます。
(注4)リスク低減卵管卵巣摘出術(risk-reducing salpingo-oophorectomy: RRSO)
BRCA遺伝子に病的バリアントを保持している女性では、卵巣癌のリスク低減効果が約80%、乳癌のリスク低減効果が約50%と報告されています。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科産科婦人科学分野
准教授 関根 正幸(せきね まさゆき)
E-mail:masa@med.niigata-u.ac.jp

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