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2022/08/10 研究成果
筋線維の構造維持に必要な新規遺伝子を発見 −ジストニン-b遺伝子変異により遅発性ミオパチーと心筋症を発症する−

新潟大学大学院医歯学総合研究科脳機能形態学分野の吉岡望助教と竹林浩秀教授、岩手医科大学生理学講座病態生理学分野の黒瀬雅之教授らの研究グループは、筋肉特異的に発現するジストニン-b遺伝子変異マウスを作製することにより、タンパク質凝集体を特徴とする遅発性の筋疾患(ミオパチー)と心筋症が発症することを明らかにしました。ジストニン遺伝子産物には主に3種類のアイソフォーム(a, b, e)があり、これまでに神経型のジストニン-aと皮膚型のジストニン-eについては機能が明らかになっていました。しかし、筋肉型のジストニン-bの機能は不明のままでした。本成果を契機として、筋組織の恒常性維持に寄与する新たな分子機序の解明や、ジストニン-b遺伝子変異を原因とする新しい遺伝性筋疾患や心筋症の発見につながると期待されます。
本研究は、オープンアクセス科学ジャーナルの『eLife』に2022年8月9日に掲載されました。本研究は、新潟大学大学院医歯学総合研究科組織学分野(芝田晋介教授)と同研究科バイオインフォマティクス分野(奥田修二郎教授)、国立精神・神経医療研究センター(西野一三部長)、新潟県立看護大学(堀江正男教授)、慶應義塾大学医学部電子顕微鏡室との共同研究として実施されました。
 
【本研究成果のポイント】
・ゲノム編集法によりジストニン-bに特異的な遺伝子改変マウスを作製した。
・ジストニン-b遺伝子変異マウスは、遅発性のミオパチーと心筋症を発症した。
・筋線維の病理学的変化として、特徴的なタンパク質凝集体を見出した。
 
Ⅰ.研究の背景
ジストニン遺伝子(DST(注1)は、細胞骨格に結合するタンパク質を発現し、細胞の構造維持や細胞接着に重要な役割を果たします。ジストニン遺伝子座より発現する組織選択的なアイソフォーム(注2)として神経型のジストニン-aや皮膚型のジストニン-eが知られており、ヒトでは、ジストニン遺伝子の変異によって、神経疾患の遺伝性感覚性自律神経性ニューロパチー6型(注3)と皮膚疾患の単純型表皮水疱症(注4)を発症することが知られていました。ジストニン遺伝子座からは、筋肉型のジストニン-bタンパクも発現しますが、現在までにDST-b遺伝子変異による筋疾患は報告されておらず、また既存のジストニン変異マウスではジストニン-aとジストニン-bの両方に変異があり、重篤な神経症状により生後致死となるため、筋組織におけるジストニン-bの機能は十分に解析されていませんでした。
 
Ⅱ.研究の概要・成果
本研究では、ゲノム編集技術によってジストニン-bに特異的なエクソン部分に終止コドンを導入してナンセンス変異(注5)をもつジストニン-b遺伝子変異マウス(Dst-bE2610Terマウス)を作製し(図1)、このマウスにおける骨格筋と心筋の病態を解析しました。本研究グループが以前に作製したジストニン遺伝子トラップマウス(DstGtマウス)は、ジストニン-aとジストニン-bの両方が欠損しますが、今回作製したDst-bE2610Terマウスでは、ジストニン-bのみに変異が存在します。Dst-bE2610Terマウスの筋組織では通常よりも短いジストニン・タンパク質が発現しますが、神経組織では正常な大きさのジストニン・タンパク質を発現しました。DstGtマウスは感覚ニューロンの細胞死と運動異常などを発症して生後3週ほどで致死になりますが、Dst-bE2610Terマウスでは神経細胞死や運動異常は観察されず野生型マウスと同様に年単位で生存しました。16ヶ月以上の高齢のDst-bE2610Terマウスの骨格筋と心筋では、タンパク質凝集体の形成を伴う筋変性、筋原線維構造の乱れ、不整脈といった筋疾患(ミオパチー)と心筋症を発症し(図2)、さらに心筋細胞では核膜構造の乱れを伴う核内構造体という新規の病理所見も見つかりました(図3)。また次世代シークエンサーによるRNAシークエンス解析によって、Dst-bE2610Terマウスの心臓で発現変動する遺伝子群を網羅的に解析したところ、その心筋症の病態に寄与する可能性のある分子経路として小胞体ストレス応答なども見つかりました。これらの研究から、ジストニン-bが筋組織における長期的な恒常性維持に不可欠であることが初めて明らかになりました。

Ⅲ.今後の展開
ジストニン-b変異マウスに似た症状を示す筋疾患として筋原線維性ミオパチー(注6)があります。この筋疾患では筋原線維の構造異常やタンパク質凝集体の形成などの特徴が見られますが、その原因遺伝子の多くは未だに同定されていません。ヒトゲノム情報データベースには、ジストニン-b特異的エクソンにナンセンス変異をもつ配列が複数登録されていますので、変異型ジストニン-b遺伝子を2つ持つことにより、ミオパチーや心筋症を呈する患者さんの存在も示唆されます。本研究の成果は、新たな遺伝性筋疾患や心筋症の同定につながることが期待されます。
Dst-bE2610Terマウスの筋組織において見出されたタンパク質凝集体の形成は、特徴的な筋病理所見です。今後、タンパク質凝集体の構成分子の同定や、その形成機序を明らかにすることで類似の筋疾患を含む病態機序の解明や診断法・治療法開発に展開できると考えています。
 
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2022年8月9日eLife誌に掲載されました。
論文タイトル:Isoform-specific mutation in Dystonin-b gene causes late-onset protein aggregate myopathy and cardiomyopathy
著者:吉岡望、黒瀬雅之、矢野真人、チャン ミン ダン、奥田修二郎、森−落合由紀子、堀江正男、永井俊弘、西野一三、芝田晋介、竹林浩秀
doi: https://doi.org/10.7554/eLife.78419
 
Ⅴ.謝辞
本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業、上原記念生命科学財団、永井エヌ・エス知覚科学振興財団、中冨健康科学振興財団、 藤井節郎記念大阪基礎医学研究奨励会、BioLegendからの支援を受けて行われました。
 
 
【用語解説】
(注1)ジストニン遺伝子(Dystonin; DST
 ジストニン遺伝子は、細胞骨格である微小管、アクチンフィラメント、中間径フィラメントに結合する細胞骨格架橋タンパク質をコードしており、細胞骨格の制御や細胞接着に寄与している。
(注2)アイソフォーム
高度に類似したタンパク質のメンバーをアイソフォームと呼び、単一の遺伝子や複数の類似した遺伝子から産生される。単一の遺伝子座に由来するアイソフォームの場合は、選択的スプライシングや転写開始点の違いによって産生される。
(注3)遺伝性感覚性自律神経性ニューロパチー(Hereditary Sensory and Autonomic Neuropathy; HSAN)
遺伝性ニューロパチーは、末梢神経系が障害される難治性疾患であり、主に感覚神経と自律神経が障害される病型を遺伝性感覚性自律神経性ニューロパチーと呼ぶ。ジストニンの遺伝子変異により起こる遺伝性感覚性自律神経性ニューロパチー6型(HSAN-VI)が報告されている。
(注4)単純型表皮水疱症(Epidermolysis Bullosa Simplex; EBS)
物理的刺激を受けやすい手足などに水疱(水ぶくれ)や皮膚潰瘍が生じるものを表皮水疱症と呼ぶ。皮膚組織の外側の表皮と内側の真皮の間で剥離が起きる。皮膚型のジストニン-e(別名BP230)は表皮細胞が基底膜に接着するための接着構造であるヘミデスモソームの重要な構成分子である。DST-e遺伝子の変異によって遺伝性の単純型表皮水疱症を発症することが報告されている。
(注5)ナンセンス変異
遺伝情報がタンパクに翻訳されて機能発現する際に、1つのアミノ酸は mRNA の連続した塩基 3 個 1 組の配列(コドン)によって規定されている。このアミノ酸のコドンを終止コドンに変える遺伝子変異をナンセンス変異と呼ぶ。ナンセンス変異によって通常よりも短いタンパク質が発現するため、機能的に重要なドメインを欠損した場合には大きな影響がある。
(注6)筋原線維性ミオパチー(Myofibrillar Myopathy; MFM)
筋病理学的特徴により定義された筋疾患であり、筋力低下、心伝導障害、心筋症、呼吸障害などを併発することが知られている。これまでに筋原線維性ミオパチーの原因遺伝子は複数知られているが、筋特異的中間径フィラメントのデスミンをコードするDES遺伝子の他に、MYOT遺伝子 、ZASP遺伝子、BAG3遺伝子など筋線維のZ帯(筋フィラメントの節目)に局在するタンパク質をコードする遺伝子が報告されている。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学大学院医歯学総合研究科脳機能形態学分野
教授 竹林 浩秀(たけばやし ひろひで)
E-mail:takebaya@med.niigata-u.ac.jp
 
岩手医科大学生理学講座病態生理学分野
教授 黒瀬 雅之(くろせ まさゆき)
E-mail:kurose@iwate-med.ac.jp
 
【広報担当】
新潟大学広報室
E-mail:pr-office@adm.niigata-u.ac.jp
 
岩手医科大学法人事務部総務課広報係
E-mail:kouhou@j.iwate-med.ac.jp

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