変異型FUS蛋白質が細胞質顆粒へ移行する分子機構とその移行を阻害する低分子化合物を発見 −ALSを含む神経変性疾患の病態解明と新たな創薬に期待−
新潟大学大学院医歯学総合研究科脳機能形態学分野の矢野真人准教授、武田薬品工業株式会社の野上真宏主任研究員、慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授らの共同研究グループは、産学連携共同研究の一環である武田薬品工業株式会社湘南インキュベーションラボプロジェクト(注1)において、家族性筋萎縮性側索硬化(ALS)(注2)の原因遺伝子産物である変異型FUS蛋白質(注3)の細胞質ストレス顆粒(注4)への移行がDNA-PK(注5)に依存すること、及びFUS蛋白質のストレス顆粒への移行を阻害する低分子化合物23種類の同定に成功しました。
ALSは筋萎縮と筋力低下を主徴とした運動ニューロンが選択的に侵される進行性の神経変性疾患で、現時点では有効な治療法が存在しないいわゆる指定難病です。本研究グループは、蛍光蛋白質を付加した野生型及び家族性ALSの変異を有する変異型FUSを安定発現させた細胞実験にて、DNA損傷時に起こる核小体及び細胞質顆粒へのDNA-PK依存性の相乗的なFUS蛋白質の移行性を見出しました。さらに、ストレス顆粒マーカー因子G3BP1の安定発現グリオーマ細胞株をコントロールとして、ストレス顆粒形成を阻害せずに、変異型FUSのストレス顆粒への移行を選択的に抑制する低分子化合物のスクリーニングを行いました。このスクリーニングにより、細胞防御性を維持しつつ、FUSの病態を抑制する化合物の同定をすることが可能になります。本スクリーニングで得られた化合物のいくつかは、内在性のFUS蛋白質においても同様の結果を得られることが確認されました。本研究成果は、FUSによる細胞内凝集体形成やALSを含む神経変性疾患における幅広い分子病態の解明、病態解析ツールの提供及び新たな創薬を含む治療法開発につながることが期待されます。本研究成果は、2022年12月20日に、「Frontiers in Molecular Neuroscience」のオンライン版に掲載されました。
【本研究成果のポイント】
・FUS蛋白質がDNA-PK依存性にストレス顆粒に移行する機構を発見
・変異型FUS蛋白質がストレス顆粒へ移行するのを選択的に阻害する低分子化合物を同定
Ⅰ.研究の背景
ALSは四肢の筋力低下などの症状を呈し、急速な進行性を示す運動ニューロン変性疾患として知られており、現在有効な治療法は少なくその病態メカニズムも明らかとなっていない神経難病です。ALS患者のおよそ10%は家族性であり、その原因遺伝子の1つがRNA結合蛋白質をコードするFUSです。これまで本研究グループは、ALSの中でもFUS-ALSの分子病態解明のために、iPS細胞を用いたin vitroモデルの確立およびAIを用いたiBRN解析(注6)による、病態の遺伝子発現情報に影響度の高い上位ハブ因子の探索を行ってきました(Stem Cell Reports 2016, Neurobiol. Dis. 2021)。今回、本研究グループが発見した上位ハブ因子PRKDCがコードするDNA依存性蛋白質リン酸化酵素(DNA-PK)が制御するFUS蛋白質の細胞内での動きを検証しました。さらに、変異型FUSが細胞質顆粒(ストレス顆粒)へ移行するのを選択的に阻害する低分子化合物のスクリーニングを試みました(図1)。
Ⅱ.研究の成果
本研究グループは、アストロサイトーマU251細胞を用いた解析で野生型および変異型FUS蛋白質がいずれもDNA損傷刺激に対し、核小体へ移行すること、さらにDNA損傷時に活性化するDNA-PK活性を阻害する薬剤NU7441で処理した場合に相乗的に、細胞質顆粒への移行することを見出しました。実際、DNA-PKの活性化によりリン酸化されるFUS蛋白質のN末領域12箇所のリン酸化部位をアラニンに置換した変異体では、DNA損傷刺激のみでストレス顆粒への移行性がみられること、またアスパラギン酸に置換した変異体では、ストレス顆粒への移行性が逆にキャンセルされることから、他のALSの原因となるRNA結合蛋白質TDP-43などと異なるFUS蛋白質に固有のDNA-PK依存性のストレス顆粒への移行性が実証されました。さらに、ALS変異型FUS-P525Lを恒常的に発現する細胞株を用いて、変異型FUS蛋白質が選択的に細胞質顆粒へ移行するのを阻害する低分子化合物を約7000種類からスクリーニングし、p38 MAPキナーゼなどの分子シグナル経路やクロマチン構造制御などに関わる23化合物を同定しました。これらの低分子化合物は、内在性の野生型FUS蛋白質が細胞質顆粒へ移行するのを阻害したことから、蛋白質凝集体形成に至るヒト神経変性疾患モデルに対し、分子病因の探索や治療法開発などの新しいツールを提供するものと期待されます。
Ⅲ.今後の展開
本研究成果で、FUS蛋白質が細胞質顆粒へ移行する分子機序を見出しました。また、その移行性を抑制する低分子化合物群をスクリーニングにより同定しました。これにより、様々な細胞における蛋白質凝集体の形成に起因するALSなど神経変性疾患に至る分子経路や分子病態の全容解明及びその治療法の開発が期待されます。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2022年12月20日に、「Frontiers in Molecular Neuroscience」(IF=6.261)のオンライン版に掲載されました。
論文タイトル:DNA damage stress-induced translocation of mutant FUS proteins into cytosolic granules and screening for translocation inhibitors
著者:Masahiro Nogami*#, Osamu Sano#, Keiko Adachi-Tominari, Yoshika Hayakawa-Yano, Takako Furukawa, Hidehisa Iwata, Kazuhiro Ogi, Hideyuki Okano and Masato Yano*#
*co-corresponding authors #co-first authors
doi:10.3389/fnmol.2022.953365
Ⅴ.謝辞
本研究は、武田薬品工業湘南インキュベーションラボプロジェクトによる支援、並びに JSPS科研JP20H00485、19H03543、学術変革A(非ドメイン生物学 JP22H05589)、武田科学振興財団、せりか基金、ALS基金の助成を受けて実施されました。
【用語解説】
(注1)武田薬品工業湘南インキュベーションラボプロジェクト
https://www.takeda.com/jp/newsroom/newsreleases/2015/20150420_6965/
(注2)筋萎縮性側索硬化症(ALS: amyotrophic lateral sclerosis)
ALSは運動ニューロン選択的に侵される神経変性疾患であり、年間におよそ1万人に1〜2人の確率で発症するとされ、日本にも約1万人の患者がいるとされています。多くは家族歴のない孤発性ですが、約10%は遺伝性であり複数の変異遺伝子が同定されています。現在有効な治療法は少なく、治療法・治療薬開発が待ち望まれています。
(注3)FUS蛋白質
FUS遺伝子はALSの原因遺伝子の一つであり、FUS遺伝子からコードされるFUS蛋白質は遺伝子発現調節などを行う多機能蛋白質です。
(注4)細胞質ストレス顆粒
ストレス顆粒は、ストレス刺激に応答して一過性に形成される細胞内構造体であり、ストレスから細胞を防御する機構として考えられていますが、ALSでは異常にストレス顆粒が形成され、逆に細胞毒性を発揮してしまうと考えられています。
(注5)DNA-PK: DNA依存性タンパク質リン酸化酵素
核DNA依存性セリン/スレオニン蛋白質キナーゼの触媒ユニットで、PRKDC遺伝子にコードされる蛋白質です。DNA損傷チェックポイントに関与する蛋白質をリン酸化する酵素で、FUSもその基質としてALSを含む神経変性疾患の発症との関連が指摘されるLLPSの形成に深く関わります。
(注6)iBRN解析
iPS細胞由来の病態細胞モデルを使ったトランスクリプトーム情報を基にスーパーコンピューターによるベイジアンネットワーク解析によって、有効非巡回グラフによる遺伝子群間のネットワークを可視化する解析です。
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学医歯学総合研究科脳機能形態学分野
准教授 矢野 真人(やの まさと)
E-mail:myano@med.niigata-u.ac.jp
慶應義塾大学医学部生理学教室
教授 岡野 栄之(おかの ひでゆき)
E-mail:hidokano@a2.keio.jp
【報道に関すること】
新潟大学広報室
E-mail:pr-office@adm.niigata-u.ac.jp
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課
E-mail:med-koho@adst.keio.ac.jp