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2023/11/21 研究成果
RNA結合蛋白質Sbp2Lがオリゴデンドロサイトの成熟に寄与する仕組みを解明 −神経疾患の病態解明に期待−

新潟大学大学院医歯学総合研究科神経解剖学分野の矢野真人准教授、武田薬品工業株式会社の湯上真人主席研究員、慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授、矢野佳芳特任講師らの共同研究グループは、バイオインフォマティクス解析(BI解析)(注1)および分子生物学的・細胞生物学的解析を駆使し、オリゴデンドロサイト(Oligodendrocytes、以下「OL」)(注2)に特異的に発現するRNA結合蛋白質(注3)Secisbp2L(Sbp2l)の同定に成功しました。更には、Sbp2lが、OL分化やコレステロール代謝を制御する転写因子Tcf7l2シグナルを介して、OLの成熟に関わる分子機構を新たに発見しました。本研究成果は、RNA制御を介したOL成熟の新しい分子経路を明らかにしたことにより、今後のOLの細胞機能の解明およびOL異常が関連する神経疾患の病態解明や新たな創薬を含む治療法開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2023年11月15日、Cell Pressが発行する国際学術誌「iScience」のオンライン版に掲載されました。
 
【本研究成果のポイント】
・BI解析によりオリゴデンドロサイト特異的RNA結合蛋白質Sbp2lを同定した。
・Sbp2lは、Tcf7l2シグナルを介したオリゴデンドロサイトの成熟に関与する。
・Sbp2lは、SECIS様構造配列を認識し、Tcf7l2 mRNAの翻訳を制御する。
 
Ⅰ.研究の背景
OLは、中枢神経系におけるミエリン形成細胞であり、軸索の絶縁鞘を通して神経細胞をサポートする細胞です。このユニークな形態学的特徴と発生過程およびその細胞機能は、さまざまな外的および内的因子による遺伝子発現制御によって担われ、その一つとしてRNA結合蛋白質(RBP)は転写後制御に寄与しています。本研究チームは、これまで細胞種特異的に機能するRBPの同定に成功してきましたが、今回、統合的トランスクリプトミクス解析によって、中枢神経系の細胞の中でOL特異的に発現するRBPの同定を試みました。その結果、ヒトにおいて1542種類と見積もられるRBPの中で、既にOLの分子マーカーである2',3'-環状ヌクレオチド加水分解酵素CNPaseに加え、Larp6、Sbp2lの3種が同定されました。中でも、Sbp2lは、セレノ蛋白質(セレノシステイン(Sec)を含有蛋白質)(注4)をコードするmRNAの非翻訳領域にあるSECISエレメント(Sec挿入配列)というループ構造を認識し、通常のコドンUGAに換えてSecを挿入するというユニークな機能を持つSecisbp2(Sbp2)のオーソログ分子でした。そこで、マウスのin vitroの初代オリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)モデルおよびSbp2l欠損マウスを作成し、Sbp2lのOLにおける機能解析を行いました。
 
Ⅱ.研究の概要・成果
本研究グループが作成したSbp2l特異的抗体を用いた組織学的解析から、Sbp2lは、OLの成熟の分子マーカーであることがわかりました(図1)。また、Sbp2lとSbp2それぞれをsiRNAによりノックダウン(KD)したマウス初代培養OPCのトランスクリプトーム解析により、Sbp2lのKDにおいてのみ成熟OLの分子マーカーの発現が抑制されました。一方で、Sbp2の典型的な標的因子であるセレノ蛋白質Gpx4の発現抑制が、Sbp2lのKDではみられませんでした。そこで、Sbp2とは異なるSbp2lの分子機能を考慮し、Sbp2lをKDしたOPCのトランスクリプトーム情報における遺伝子オントロジー解析および相関性を示す上流分子解析を行ったところ、コレステロール生合成及びOL分化に関連する遺伝子群を統合的に制御する転写因子Tcf7l2の分子経路と強い相関性を示す事を発見しました。また、Sbp2l欠損マウスを用いた解析においても、OLの成熟分子マーカーの発現の減弱やその二次的表現型としてOPCの増加が観察されました。さらに、詳細な生化学的な検証実験から、Sbp2lは、Tcf7l2のmRNAから蛋白質への翻訳制御を担っている事を、マウス初代培養OPCおよびSbp2l欠損マウスを用いて明らかにしました(図1・2)。以上の結果から、OL特異的に発現するRBPであるSbp2lが、Tcf7l2転写因子の翻訳制御を介してOL成熟に寄与していることが、本研究により解明されました。

Ⅲ.今後の展開
本研究では、OL特異的RBPであるSbp2lによる転写因子Tcf7l2の翻訳制御を介した、OL成熟の新たなメカニズムを解明しました。今後は、OL特異的に発現するSbp2lの網羅的な分子生物学的解析を進めることで、さらに詳細な分子機構を解明し、セレノ蛋白質合成依存/非依存的な機能を介したOLの成熟および細胞機能の全体像に迫ることができます。さらに、Tcf7l2は発生期のOLだけでなく、脱髄後の再髄鞘化においてもOLでの発現が上昇することが知られており、疾患とも深い関連性が指摘されています。よって、本研究はOLの異常が関連するミエリン形成不全や脱髄疾患など神経疾患の病態解明および治療法の新たな分子標的を提供するものと期待されます。
 
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2023年11月15日、Cell Pressが発行する国際学術誌「iScience」のオンライン版に掲載されました。
 
論文タイトル:Sbp2l contributes to oligodendrocyte maturation through translational control in Tcf7l2 signaling
著者:Masato Yugami,* Yoshika Hayakawa-Yano, Takahisa Ogasawara, Kazumasa Yokoyama, Takako Furukawa, Hiroe Hara, Kentaro Hashikami, Isamu Tsuji, Hirohide Takebayashi, Shinsuke Araki, Hideyuki Okano, and Masato Yano,* *co-corresponding authors
doi: 10.1016/j.isci.2023.108451
 
Ⅴ.謝辞
本研究は、産学連携研究武田薬品工業湘南インキュベーションラボプロジェクトによる支援、並びに文部科学省(MEXT)日本学術振興会(JSPS)基盤研究A(JP20H00485a)、学術変革A(非ドメイン生物学 JP22H05589)、基盤研究B(JP19H03543)、基盤研究C(JP19K07345 / JP22K06879)、内藤記念財団の助成を受けて実施されました。
 
 
【用語解説】
(注1)バイオインフォマティクス解析(BI: Bioinformatics)
膨大なゲノム情報や遺伝子、RNAなどのデータをコンピューター解析する手法の総称。今回は、pSI解析(Specificity Index)という細胞タイプ特異性についてp値の数値化を行い、各遺伝子群のOLの分化段階の特異性を検証した。
 
(注2)オリゴデンドロサイト(OL、希突起膠細胞)
中枢神経系内のグリア細胞の一つで、ミエリン(髄鞘)形成を担い、神経細胞の跳躍伝導を誘導し、活動電位の伝導速度を高める働きを主とする細胞である。
 
(注3)RNA結合蛋白質
RNA結合蛋白質は、細胞内に発現する1本鎖、あるいは2本鎖RNAと結合する蛋白質の総称で、リボヌクレオタンパク質複合体の構成因子である。転写後調節機構、すなわちRNAスプライシングから蛋白質合成までさまざまな機能を有する。ヒトにおいては、約1542種類存在すると報告されている。
 
(注4)セレノ蛋白質
「21番目のアミノ酸」と呼ばれるセレノシステイン(Sec)を含むタンパク質の総称。mRNAから蛋白質が翻訳される際に、終止コドンの一つであるUGAに換えてセレノシステイン(システインの硫黄元素(S)が必須微量元素セレンSeに置き換わったアミノ酸)が取り込まれることにより合成される。ヒトにおいては約25種類のセレノ蛋白質が発見されており、抗酸化作用など重要な機能を有し、その活性中心にセレノシステインが存在する。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学大学院医歯学総合研究科神経解剖学分野
准教授 矢野 真人(やの まさと)
E-mail:myano@med.niigata-u.ac.jp
 
慶應義塾大学医学部生理学教室
教授 岡野 栄之(おかの ひでゆき)
E-mail:hidokano@a2.keio.jp
 
【広報担当】
新潟大学広報事務室
E-mail:pr-office@adm.niigata-u.ac.jp
 
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課:飯塚、奈良、岸
E-mail:med-koho@adst.keio.ac.jp

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