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2024/04/03 研究成果
マイトファジーが細胞死を抑制 〜鉄依存性細胞死フェロトーシスの制御におけるマイトファジーの役割を解明〜

ミトコンドリアオートファジー(マイトファジー(注1))は、異常なミトコンドリアを選択的に分解することで、ミトコンドリア機能維持に寄与していると考えられています。しかし、マイトファジーが完全に欠損した細胞はこれまで樹立されていなかったため、その生理的意義の大部分が未解明でした。
新潟大学大学院医歯学総合研究科機能制御学分野の山下俊一助教(2024年4月1日より九州大学助教)、神吉智丈教授(2024年4月1日より九州大学教授)らの研究グループは、マイトファジー因子の網羅的な解析からマイトファジーが完全に欠損した哺乳類培養細胞を樹立しました。その詳細な解析からマイトファジー欠損細胞ではミトコンドリア呼吸機能が低下し、ミトコンドリア由来の活性酸素種(mtROS)(注2)が10倍程度増加することを明らかにしました。さらにマイトファジーによるmtROSの抑制が、鉄依存性細胞死フェロトーシスから細胞を保護していることを見出しました。本研究は、マイトファジーの新たな生理的役割を発見しただけでなく、近年様々な疾患との関わりが多数報告されているフェロトーシス(注3)の制御機構の一端を解明した点でも重要な成果です。
本研究は、京都大学大学院医学研究科附属がん免疫総合研究センターの杉浦悠毅特定准教授、カリフォルニア工科大学のDavid C. Chan教授らとの共同研究で行われました。
 
【本研究成果のポイント】
・マイトファジー完全欠損細胞の樹立
・マイトファジー欠損細胞がミトコンドリア機能低下とmtROS上昇を示すことを解明
・マイトファジーがフェロトーシスに抑制的に働いていることを解明
 
Ⅰ.研究の背景
ミトコンドリアは細胞内で必要とされるエネルギーの大半を産生する重要なオルガネラです。同時に、その過程で漏出する電子によって常に活性酸素種(ROS)を作り出しています。ミトコンドリア由来のROSを特にmtROSと呼び、細胞内で発生するROSの90%以上を占めます。通常、mtROSは複数の除去機構によって低く維持されていますが、老化や様々な疾患に伴いその機能が低下することにより上昇し、さらに上昇したmtROSはミトコンドリアの機能を阻害することでさらにmtROSの発生を上昇させます。このようなmtROS発生の悪循環によって、老化や病状が進行すると考えられています。mtROSの一種である過酸化水素は鉄と反応し、非常に酸化力の高いヒドロキシラジカルを発生させます。ヒドロキシラジカルは細胞の膜脂質の連鎖的な酸化反応を引き起こし過酸化脂質が生成されます。このような過酸化脂質が増加すると細胞死が誘導され、フェロトーシスと呼ばれています。近年、フェロトーシスが神経変性疾患、虚血性疾患、がんをはじめとする様々な疾患と関連があることが明らかになり、これらの疾患の治療法開発のターゲットとして注目されています。マイトファジーは機能不全ミトコンドリアを分解することでmtROS発生を抑制しているだろうと推測されていました。しかし、これまでマイトファジー完全欠損細胞が樹立されていなかったため、マイトファジーとmtROS上昇やフェロトーシス誘導との関連を実験的に証明した報告はありませんでした。
 
Ⅱ.研究の概要
本研究グループは、ヒト由来培養細胞のHeLa細胞を用いて、5種類のマイトファジー因子の遺伝子破壊細胞を作製しマイトファジーへの影響を比較したところ、5種類のうちの2種類(BNIP3とNIX)を同時に破壊した細胞でマイトファジーが完全に抑制されることを発見しました。このマイトファジー欠損細胞のミトコンドリアを詳細に解析したところ、呼吸活性が低下しmtROSが10倍以上増加しました(図1)。さらにメタボローム解析などから、マイトファジー欠損細胞では酸化ストレスに対する防御機構であるNrf2(注4)経路が活性化されており、グルタチオン(注5)やカタラーゼ(注6)量が増加していることを明らかにしました。
次に、様々な環境での細胞生存率解析から、グルタチオン合成阻害剤とカタラーゼ阻害剤を処理した時、マイトファジー欠損細胞のみで過酸化脂質が増加し細胞死が引き起こされることを明らかにしました。この細胞死は、フェロトーシスの特異的阻害剤や鉄キレート剤によって抑制されたことからフェロトーシスであることが確認されました。さらに、このフェロトーシスはmtROS除去剤によって抑制されました。これらの結果は、マイトファジーがmtROSを低く維持することで、フェロトーシスから細胞を保護していることを示しています(図2)。

Ⅲ.研究の成果
本研究グループは、ゲノム編集技術を用いてマイトファジー完全欠損細胞の樹立に成功しました。この細胞を用いて、マイトファジーの欠損がミトコンドリアの異常を引き起こすことを実験的に証明しました。さらに、マイトファジー欠損細胞は、上昇したmtROSによってフェロトーシスに対する感受性が高くなっていることを明らかにしました。フェロトーシスが様々な疾患に関わる細胞死であることから、それらの疾患の発症機序においてマイトファジーが関係している可能性があります。今後これらの疾患に対して、マイトファジーを標的とした治療法の開発が期待されます。
 
Ⅳ.今後の展開
 本研究では、BNIP3とNIXが重複してマイトファジー誘導に重要な役割を果たしていることを証明しましたが、詳細な分子機構については未解明な部分が残されています。そこで、これらの因子のマイトファジー時の詳細な挙動や役割についての解析を進めています。また、フェロトーシス関連疾患モデルを用いて、マイトファジー活性制御を介した疾患治療法の開発を目指しています。
 
Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2024年3月22日、科学誌「Cell Death & Differentiation」(IMPACT FACTOR 12.4) に掲載されました。
論文タイトル:Mitophagy mediated by BNIP3 and NIX protects against ferroptosis by downregulating mitochondrial reactive oxygen species (BNIP3 と NIX を介したマイトファジーはミトコンドリア活性酸素種を下方制御することでフェロトーシスから細胞を保護する)
著者:Shun-ichi Yamashita*, Yuki Sugiura, Yuta Matsuoka, Rae Maeda, Keiichi Inoue, Kentaro Furukawa, Tomoyuki Fukuda, David C. Chan, Tomotake Kanki*(山下俊一*、杉浦悠毅、松岡悠太、前田黎、井上敬一、古川健太郎、福田智行、David C. Chan、神吉智丈*)
*責任著者
doi: 10.1038/s41418-024-01280-y
 
Ⅵ.謝辞
本研究は、JSPS 科研費 16KK0162、22K07207、19H05712、18H04858、18H04691、AMED JP21gm6110013、JP23ek0109647、JP23gm1710006、武田科学振興財団の支援を受けて行われました。
 
 
【用語解説】
(注1)マイトファジー:細胞内の様々な成分(タンパク質やオルガネラ)をリソソームに運び込んで分解する現象をオートファジーと言います。マイトファジーは、オートファジーがミトコンドリアを選択的にリソソームに運び込み分解する現象で、ミトコンドリア恒常性維持に重要であると考えられています。
 
(注2)活性酸素種(ROS):酸素分子が、より反応性の高い化合物に変化したものの総称。生体内では主にミトコンドリアで発生しmtROSと呼ばれています。ROSは、細胞内の様々な物質を酸化し細胞を損傷するが、細胞には抗酸化物質が存在するため、正常な細胞はROSによる損傷は限定的です。
 
(注3)フェロトーシス:細胞内の鉄(Fe2+)を触媒として細胞膜のリン脂質の過酸化によって起こされる細胞死の一種。近年、虚血性疾患、神経変性疾患や癌など様々な疾患の病態にフェロトーシスが関与していることが報告されています。
 
(注4)Nrf2:酸化ストレスに対する生体防御機構として重要な役割を持つストレス応答転写因子。酸化ストレスに応答してNrf2が活性化すると、抗酸化タンパク質や薬剤トランスポーターなどの発現を誘導し、ストレスから細胞を守ります。
 
(注5)グルタチオン:3つのアミノ酸(グルタミン酸、システイン、グリシン)から成るトリペプチド。抗酸化物質の一つであり、自らが酸化されることで過酸化物や活性酸素種を還元して消去する機能を持ちます。様々な毒物・薬物に結合し(グルタチオン抱合)、自らが細胞外に排出されることで細胞を解毒する機能もあります。
 
(注6)カタラーゼ:生体内の過酸化水素を分解し、酸素と水に変える反応を触媒する酵素。細胞を酸化ストレスから守る上で重要な役割を担っています。
 
 
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
九州大学大学院医学研究院細胞生理学分野・助教
(新潟大学大学院医歯学総合研究科・客員研究員)
山下 俊一(やました しゅんいち)
E-mail:yamash@med.niigata-u.ac.jp
 
九州大学大学院医学研究院細胞生理学分野・教授
(新潟大学大学院医歯学総合研究科・客員教授)
神吉 智丈(かんき ともたけ)
E-mail:kanki@med.niigata-u.ac.jp
 
【広報担当】
新潟大学医歯学系総務課
E-mail:shomu@med.niigata-u.ac.jp

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