
新しい顕微鏡による観察で神経細胞がガイダンス分子を捕える仕組みを解明 −神経突起先端の表面から伸縮する極小アンテナの発見−
正常に機能する脳がつくられるためには、神経細胞から伸びる神経突起が正しく配線される必要があります。神経突起の先端に生じるアメーバ様の「成長円錐(注1)」は、道しるべとなるガイダンス分子(注2)を検出して変形することで、正しい方向に神経突起を導いています。
新潟大学大学院医歯学総合研究科の野住素広講師、五十嵐道弘名誉教授の研究グループは、超解像顕微鏡(注3)を使って、成長円錐の形を作っているアクチン細胞骨格(注4)の3次元画像を撮影しました。その結果、成長円錐の表面からアクチン束の微小突起が伸び縮みしており、その表面の受容体を介してガイダンス分子を捕えていることが明らかになりました。これはアクチン細胞骨格が成長円錐の変形や移動だけでなく、ガイダンス分子を捕捉する専用アンテナをつくることで、経路探索にも直接関係することを示しています。
【本研究成果のポイント】
・超解像顕微鏡を使って、神経突起先端(成長円錐)の3次元構造を可視化した。
・成長円錐の表面でアクチン細胞骨格が束になって微小突起をつくる。
・ガイダンス分子の受容体が集合する微小突起は伸縮して、ガイダンス分子を積極的に捕える。
Ⅰ.研究の背景
神経突起を先導する成長円錐は正常な脳がつくられるときだけでなく、傷ついた神経を正しく再生させるときにも不可欠なナビゲーション機能をもっています。そのため、成長円錐の構造や動きの仕組みを調べることは重要ですが、成長円錐は非常に小さく、薄い構造であるため、これまでの顕微鏡で成長円錐の構造や動きを明瞭に撮影することは困難でした。本研究グループは、2009年に米国科学アカデミー紀要(「PNAS」)誌に発表した哺乳類の成長円錐タンパク質の網羅的リストに基づき、成長円錐の超解像顕微鏡によるライブ撮影を進めてきました。2017年には移動方向に面した成長円錐の先端部でアクチン細胞骨格が伸長して成長円錐が変形するとき、同時に細胞膜の回収が生じることを国際科学誌「Cell Reports」に報告しました。アクチン細胞骨格は底面の接着分子と連結することでずれることなく、確実に移動方向にだけ伸び、前進・伸長する力(駆動力)を発揮できます。そのため、アクチン細胞骨格は成長円錐の接着面(底面の側)に集合しているのではないかと予想していましたが、実際には成長円錐の接着していない表面の側に偏って分布していました。成長円錐を移動方向に変形させるアクチン細胞骨格が一見無関係に見える場所に集まるのは不思議で、継続して超解像顕微鏡による解析を進めてきました。
Ⅱ.研究の概要・成果
本研究では、マウス胎仔脳で成長中の神経細胞を培養して、小さくて薄い成長円錐の構造を立体的に観察するため、従来の顕微鏡に比べて、2倍の分解能を持つ超解像顕微鏡(構造化照明顕微鏡)を使って、さまざまな種類の神経細胞で成長円錐の3次元画像を撮影しました。その結果、全ての成長円錐で、接着していない表面からアクチン細胞骨格の束でつくられた微小突起(約2.5 µm)がz軸方向に突き出ていることを発見しました。さらにこの働きを詳しく分析するため、神経系の腫瘍株細胞NG108-15を用いてライブ撮影を行い、この微小突起がつくられて、1分程度で縮んで消えることを繰り返すことが分かりました。またガイダンス分子の受容体の1つであるニューロピリン1が微小突起に強く集まることを突き止め、結合相手であるガイダンス分子(セマフォリン3A)が微小突起に結合することを証明しました。
これまで成長円錐の変形、移動に関わるとされていたアクチン細胞骨格が、成長円錐の表面で伸縮するガイダンス分子を捕える微小突起もつくることが初めて明らかになりました。このような構造が、成長円錐の表面から突き出た微小突起で、ガイダンス分子の検出に特化した役割を持つことを初めて証明しました。


Ⅲ.今後の展開
今回発見した微小突起を誘導する分子メカニズムの解明が進むことで、成長円錐の移動とガイダンス機能のそれぞれに関係するアクチン細胞骨格の形成のメカニズムの違いが明らかにできると考えています。さらに、マウス胎仔脳組織内で伸びている成長円錐の微小突起を(体の外での培養でなく)直接観察できれば、脳の神経回路ネットワークが出来上がる過程における微小突起の役割がよりはっきりするものと思われます。これらの研究成果は脳ができる仕組みを解明するだけでなく、脳を構成する細胞の異常で生じるさまざまな病気の原因究明にも役立つと考えています。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2024年7月1日、神経生化学の国際専門誌「Journal of Neurochemistry」(国際神経化学会の機関誌)のオンライン版に掲載されました。
【論文タイトル】Identification of z-axis filopodia in growth cones using super-resolution microscopy(超解像顕微鏡を使った成長円錐のz軸フィロポディアの同定)
【著者】Motohiro Nozumi, Yuta Sato, Miyako Nishiyama-Usuda, Michihiro Igarashi
(野住素広、佐藤勇太、西山-薄田美也子、五十嵐道弘)
【doi】10.1111/jnc.16162
Ⅴ.謝辞
本研究は、文部科学省・科学研究費助成事業・新学術領域研究(「脂質クオリティが解き明かす生命現象」班(「リポクオリティ」班)(#18H04670)、日本学術振興会・科学研究費助成事業・基盤研究A(#18H04013)、基盤研究B(#20H03597)、基盤研究C(#18K06459)、挑戦的研究(#21K19305)、国際共同研究加速基金(#17KK0144)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)・革新的先端研究開発課 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「適応・修復」領域「ニューロン移動による傷害脳の適応・修復機構とその操作技術」(#19gm1210007s0101; #20gm1210007s0102; #21gm1210007s0103; #22gm1210007s0104、#23gm1210007s0105; #24gm1210007s0106)、新潟大学塚田医学奨学金、武田科学振興財団、住友財団、中谷医工計測技術振興財団、高橋産業経済研究財団などの研究費支援を受けて行われました。
【用語解説】
(注1)成長円錐
神経細胞から神経突起が伸びるとき、その先端に生じるアメーバ様の構造で、1890年にスペインの神経解剖学者S. ラモニ・カハール(脳研究では最初のノーベル賞受賞者)によって発見されました。成長円錐は脳内に存在する神経突起を誘引または退縮させる作用をもつ多種類のガイダンス分子に反応して、アクチン細胞骨格を再構築することで1方向へ伸びるように変形して、正しい方向へ移動します。成長円錐は機関車のように神経突起を先導することで、神経回路を正しく配線することができます。
(注2)ガイダンス分子
神経回路ネットワークを作るためには、成長円錐の動き方を支配する細胞外の分子の作用が必要不可欠で、このような分子(タンパク質)をガイダンス分子(または軸索ガイダンス分子)と言います。成長円錐を引き寄せる分子(正のガイダンス分子)と、成長円錐が反発してその分子がある場所から反対方向に移動させる分子(負のガイダンス分子)があります。これらの分子は、受容体という特別なタンパク質に結合して、成長円錐内に情報が伝わり、そのアクチンの離散集合の仕方が決められます。
(注3)超解像顕微鏡
普通の顕微鏡は光(可視光線)を光源とする顕微鏡で光学顕微鏡と呼ばれますが、可視光線の波長に基づき、200 nm(1mm の1/5,000)以内の2つの点を識別できず、くっついた像として観察してしまいます。よって、それより小さいサイズの構造は見えず、それより接近した構造同士は識別することができません。「電子顕微鏡」の小さいものを見る特性と、「光学顕微鏡」の分子(蛍光を付けた分子)の動きをみられる特性を、両方持つように開発されたのが超解像顕微鏡で、200 nmの分解能限界より小さい構造、接近した構造を見ることが初めて可能になりました。
(注4)アクチン細胞骨格
筋肉の収縮はアクチンとミオシンの相互作用で達成され、神経細胞を含む一般の細胞もこれと類似の機構を持っています。アクチン分子は集合してフィラメント構造(F-アクチン)をつくり、これにさまざまなアクチン結合タンパク質という調節分子が結合して、アクチン細胞骨格という構造を作り、細胞の形を自由に変化させることができます。神経の成長は成長円錐の先端にアクチン細胞骨格があり、ガイダンス分子の働きで伸びる方向が示されると、アクチン細胞骨格の集合状態が変化して、伸びる方向が決定されます。
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学大学院医歯学総合研究科
神経生化学分野
名誉教授 五十嵐 道弘(いがらし みちひろ)
E-mail:tarokaja@med.niigata-u.ac.jp
講師 野住 素広(のずみ もとひろ)
E-mail:mnozumi@med.niigata-u.ac.jp
【広報担当】
新潟大学医歯学系総務課
E-mail:shomu@med.niigata-u.ac.jp



