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2024/12/23 研究成果
エネフリード🄬輸液による透析時静脈栄養療法の効果 −血液透析患者への栄養介入に新たな可能性−

近年、透析療法(注1)の進歩や高齢者の透析導入増加により、透析患者全体の高齢化が進んでいます。これに伴い、透析患者のサルコペニア(注2)やフレイル(注3)、Protein energy wasting(PEW)(注4)といった低栄養状態が問題となっています。栄養介入方法として栄養カウンセリングや経口サプリメント、透析時静脈栄養(Intradialytic parenteral nutrition:IDPN)(注5)が日本透析医学会からの提言でも推奨されています(参考文献1)。特に透析日には食事量が減りやすく、透析による栄養素の漏出や消費エネルギーの増加も加わって低栄養がさらに進行しやすい状況にあります。IDPNはこのような血液透析患者に対して栄養状態の改善に寄与できる可能性がありますが、その方法や効果はまだ確立していません。
そこで、東京医科大学腎臓内科学分野の菅野義彦主任教授を研究代表者とする、新潟大学大学院医歯学総合研究科腎研究センター病態栄養学講座の蒲澤秀門特任講師、細島康宏特任准教授らと株式会社大塚製薬工場との研究グループは、「低栄養の維持血液透析患者を対象としたエネフリード🄬輸液(注6)によるIDPNの効果を検討する多施設共同非盲検無作為化試験」を実施しました。週3回12週間、透析時にエネフリード🄬輸液によるIDPNを行った結果、血液透析患者の栄養指標に改善は認められませんでしたが、食事摂取量が増加しました。また、透析中の低血糖が減少しました。
 
【本研究成果のポイント】
・低栄養の血液透析患者を対象にエネフリード🄬輸液を用いたIDPNの効果をランダム化比較試験(注7)により検討しました。
・栄養指標には変化がありませんでしたが、食事摂取量の増加や透析中の低血糖の減少が認められました。
 
Ⅰ.研究の背景
透析患者の低栄養については、早期のリスク評価と栄養介入方法が課題となっています。栄養介入方法の1つとしてIDPNが推奨されていますが、日本では適切な輸液処方や実施期間などは確立していません。IDPNには糖、アミノ酸、脂肪を併せて投与することが推奨されていますので、本研究グループはそれらを用時混合調製できる末梢静脈栄養キット製剤であるエネフリード🄬輸液に着目して最適なIDPN実施方法を探索してきました。これまで、栄養リスク指標(Nutritional Risk Index-Japanese Hemodialysis:NRI-JH)(注8)が11点以上の高リスク群の血液透析患者を対象とした、エネフリード🄬輸液によるIDPN投与研究を実施しました。今回と同様に週3回12週間投与した結果、安全に投与できたものの、栄養指標に変化はみられませんでした(参考文献2)。そこで今回はNRI-JHが低から中リスク(5〜10点)の患者を対象にエネフリード🄬輸液によるIDPNの有効性と安全性を探索的に検討しました。
 
Ⅱ.研究の概要
2022年、全国8施設でNRI-JHが5-10点の血液透析患者を対象にランダム化比較試験を実施しました(臨床研究実施計画書番号:jRCTs031220296)。エネフリード🄬輸液によるIDPNを週3回12週間行い、開始前後における栄養指標、食事摂取量、血漿アミノ酸、血糖値を評価しました。食事摂取量の評価には簡易型自記式食事歴質問票(注9)を使用し、血糖値は持続血糖モニタリング(注10)で評価しました。
 
Ⅲ.研究の成果
対象患者はIDPN群20名、対照群19名でした。平均年齢は72歳、平均BMIは20、NRI-JHの中央値は7点でした。主要評価項目である血清トランスサイレチン(注11)の12週後の変化量は群間に差が認められませんでした。その他、NRI-JHなどの栄養指標も群間に差が認められませんでした。一方で、食事のエネルギー摂取量とたんぱく質摂取量は対照群で減少していたものの、IDPN群では12週後に増加しており、群間で有意な差が認められました。また、透析後の血漿アミノ酸濃度はIDPN群で有意に維持されていました。さらに、透析中の低血糖はIDPN群で有意な減少が認められました。エネフリード🄬輸液による有害事象は発生しませんでした。この研究は症例数の少ない探索研究ですので、結果の解釈には注意が必要です。

Ⅳ.今後の展開
本研究では、IDPNの直接的な栄養指標の改善効果を示すことができませんでした。一方、IDPNを行うことで食事摂取量の増加や、透析中の低血糖の減少が観察され、継続することで間接的に栄養状態が改善する可能性が示唆されました。今後、最適なIDPN実施方法の確立に向けてさらなる研究が期待されます。
 
Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2024年12月12日、Public Library of Science社より刊行されているオープンアクセスの科学雑誌「PLOS ONE」に掲載されました。
【論文タイトル】Efficacy and safety of intradialytic parenteral nutrition using ENEFLUID🄬 in malnourished patients receiving maintenance hemodialysis: an exploratory, multicenter, randomized, open-label study
【著者】Hideyuki Kabasawa, Michihiro Hosojima, Eiichiro Kanda, Miho Nagai, Toshiko Murayama, Miyuki Tani, Satoru Kamoshita, Akiyoshi Kuroda, Yoshihiko Kanno
【doi】10.1371/journal.pone.0311671
 
 
【用語解説】
(注1)透析療法
人工的に血液中の余分な水分や老廃物を取り除き、血液をきれいにする働きを腎臓に代わって行う治療法です。透析療法は、機械に血液を通してきれいにする「血液透析」と、患者自身のお腹の膜(腹膜)を利用して血液をきれいにする「腹膜透析」の2つに大きく分けられます。
 
(注2)サルコペニア
加齢や疾患などに伴い筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下する状態を指します。筋肉の喪失が進むことで、転倒や骨折、要介護状態のリスクが高まり、健康寿命の短縮につながるため、高齢者医療において重要な課題とされています。
 
(注3)フレイル
高齢者を中心に、加齢に伴う心身の予備能力が低下し、ストレスに対する抵抗力が弱くなった状態を指します。健康と要介護状態の中間段階に位置付けられ、適切な介入が行われない場合、要介護状態に進行するリスクが高まります。
 
(注4)Protein energy wasting(PEW)
慢性腎臓病患者に特有の低栄養状態で、たんぱく質やエネルギーの不足による消耗状態を意味します。体重減少や筋肉量の減少、血清アルブミンの低下などによって特徴づけられ、患者の予後に悪影響を及ぼします。
 
(注5)透析時静脈栄養(Intradialytic parenteral nutrition:IDPN)
血液透析患者に対して、輸液ポンプを用いて血液透析中に透析回路の静脈側から栄養輸液を投与する栄養療法です。透析治療に使用している透析回路から栄養輸液を投与するので透析患者への新たな針刺しが不要です。
 
(注6)エネフリード🄬輸液
糖、アミノ酸、脂肪、電解質、水溶性ビタミン9種を含む静脈栄養製剤です。使用時に輸液バッグの隔壁を開通させることで無菌的に混合調製できます。
 
(注7)ランダム化比較試験
対象患者を2つ以上のグループに無作為(ランダム)に分け、治療法などの効果を検証することです。
 
(注8)栄養リスク指標(Nutritional Risk Index-Japanese Hemodialysis:NRI-JH)
日本透析医学会が開発した、栄養の状態を点数化し1年後の生命予後を判定するための指標です。アルブミン、クレアチニン、体格指数、総コレステロールについて下の表を基に点数化し、低中高の3段階のリスク群に分類します。高リスクである程、生命予後が悪い可能性があります。スコア合計7点以下を低リスク、8〜10点を中リスク、11点以上を高リスクと定義しています。

(注9)簡易型自記式食事歴質問票(Brief-type Self-Administered Diet History Questionnaire:BDHQ)
日本人(成人)を対象として、過去1か月間の食習慣(エネルギーおよび栄養素摂取量、食品摂取量)を定量的に調べるために開発された質問票です。
 
(注10)持続血糖モニタリング
皮下にセンサーを留置して、血糖値と連動して変化する皮下の間質液中のグルコース濃度を15分間隔で持続的に測定します。
 
(注11)トランスサイレチン
肝臓で合成される血清タンパク質で、血中半減期が2〜3日と短いため、栄養状態の変化を早期に反映する指標です。
 
 
参考文献
1.日本透析医学会 透析患者に対する静脈栄養剤投与ならびに経腸栄養に関する提言検討委員会編. 慢性維持透析患者に対する静脈栄養ならびに経腸栄養に関する提言. 透析会誌53: 373, 2020
2.Yasukawa R, et al. Intradialytic parenteral nutrition using a standard amino acid solution not for renal failure in maintenance hemodialysis patients with malnutrition: a multicenter pilot study. Ren Replace Ther 8: 41, 2022.
 
 
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学大学院医歯学総合研究科
腎研究センター 病態栄養学講座
特任准教授 細島 康宏(ほそじま みちひろ)
E-mail:hoso9582@med.niigata-u.ac.jp
 
【広報担当】
新潟大学医歯学系総務課
E-mail:shomu@med.niigata-u.ac.jp

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