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2016/06/17 研究成果
口腔がん細胞の浸潤に関与する因子を新手法で解明しました

新潟大学大学院医歯学総合研究科顕微解剖学分野の三上剛和准教授と日本大学歯学部病理学講座の小宮山教授らの研究グループは、3次元器官培養モデルの開発と網羅的な遺伝子発現解析によって、口腔がん細胞の浸潤に、タンパク質分解酵素の働きを抑制するSecretory Leukocyte Protease Inhibitor(SLPI)因子が深く関与していることを明らかにしました。本研究の成果は、平成28年6月17日のCancer Letters誌(IMPACT FACTOR 5.992)に掲載予定です。(電子版は5月28日公開)
 
【本研究成果のポイント】
・初期の口腔がんが浸潤する(拡がる)メカニズムの一部を解明しました。
・浸潤する様子を観察するために、新しい3次元器官培養モデルを開発しました。
・新たに開発した培養モデルは、今後のがん研究の進展に大きく貢献するとともに、今回発見した因子を標的としたがん細胞の浸潤・転移に対する新薬の開発への応用も期待されます。
 
Ⅰ.研究の背景
口腔がんは、日本では毎年約1万人近くの人が罹患し、約7000人が死亡しています(国立がんセンター統計)。口腔に多いがんは舌癌と歯肉がんで、舌は血管が豊富でよく動く臓器です。がんが進行すると血流やリンパ流に乗ってリンパ節に転移することから、舌癌は転移のリスクが高い癌だと考えられます。また、歯肉では、すぐ下に顎骨があり進行すると骨を壊して大きな手術が必要になります。
口腔がんの多くは、がんが発症する前の段階にある前癌病変があり、やがて浸潤・転移するがんに進行します。したがって、初期のがんが浸潤する(拡がる)メカニズムを解明できれば、がんの早期治療に役立つと考えられます。しかし、これまでにもがんの浸潤機構について世界中で多くの研究がなされてきましたが、従来のがんの浸潤モデルは、動物実験の他、寒天培地(アガー)の上にがん細胞を撒いて浸潤増殖を観察するもので、ヒトの生体内の微小な環境を十分に反映しているとはいえませんでした。そこで、私たちは人の体に近い環境の実験モデルを作り、がんの浸潤メカニズムを解明する研究を進めてきました。
 
Ⅱ.研究の概要
私たちはがん細胞の浸潤能をより正確に評価する方法として、ヒトの良性腫瘍である子宮筋腫の切片を使用した3次元器官培養モデルを開発しました。そして、この培養モデルと網羅的な遺伝子発現解析によって、口腔がん細胞の浸潤に、タンパク質分解酵素の働きを抑制するSecretory Leukocyte Protease Inhibitor(SLPI)因子が深く関与していることを明らかにしました。
 
Ⅲ.研究の成果
私たちは、ヒトの良性腫瘍である子宮筋腫の切片の上にがん細胞を撒いて浸潤する様子を観察する3次元器官培養モデルを開発しました。いままでの研究から、がん細胞が浸潤・転移する時に、タンパク質分解酵素の働きを抑制するSLPI因子が増加することが解っていましたが因果関係は明らかでありませんでした。私たちはSLPIを発現し、浸潤能を有する口腔がん細胞のSLPI遺伝子を欠損させ、その浸潤能に対する影響を、新規に開発した子宮筋腫培養モデルを使って調べてみました。
実験の結果、SLPI欠損がん細胞では、予想どおり浸潤能が消失していることが明らかになり、一方SLPIを欠損させていない癌細胞は筋腫切片内に浸潤していました。そこで、この2つの癌細胞について、マイクロアレイを用いて遺伝子の網羅的解析を行いました。SLPI欠損がん細胞と、欠損させていないがん細胞の遺伝子発現を比較したところ、さまざまな遺伝子の発現を調節する転写因子SNAI1の発現が顕著に抑制されており、細胞接着因子であるE-Cadherinの発現が増加していたことを明らかにしました。
E-Cadherinは、細胞どうしの接着を担う因子であり、その消失は、がん細胞の浸潤、転移において不可欠です。またSNAI1は細胞内でこのE-Cadherinの発現を抑制する因子であります。私たちの研究結果から、SLPIがSNAI1を介してE-Cadherinの発現を制御することによって、がん細胞の浸潤に重要な役割を果たしていることがわかりました。
今後、新たに開発した子宮筋腫組織を用いた3次元器官培養モデルが、がん研究の進展に大きく貢献するとともに、SLPIを標的としたがん細胞の浸潤・転移に対する新薬の開発への応用も期待されます。

Ⅳ.今後の展開
がん細胞が浸潤する際には、がん細胞自身の特性の他に、その周りの生体内の環境が大きな影響を与えます。今回開発した培養モデルを参考に、がん細胞が浸潤する際に必要な生体内の微小環境についても研究を進め、より簡便で使いやすい実験モデルを開発していく予定です。また、SLPI遺伝子の発現を制御できるタンパク質や、化学物質などを発見し、新薬の開発へ繋げていければと考えています。
 
Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、平成28年6月17日のCancer Letters誌(IMPACT FACTOR 5.992)に掲載予定です。(電子版は5月28日公開)
論文:Mikami Y, Fukushima A, Komiyama Y, Iwase T, Tsuda H, Higuchi Y, Hayakawa S, Kuyama K, Komiyama K.Human uterus myoma and gene expression profiling: A novel in vitro model for studying secretory leukocyte protease inhibitor-mediated tumor invasion.Cancer Lett. 379:84-93.2016.doi:10.1016/j.canlet.2016.05.28.
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学医歯学総合研究科顕微解剖学分野
准教授 三上 剛和(みかみ よしかず)
e-mail:mikami-yoshikazu@med.niigata-u.ac.jp
 

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