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2017/01/06 研究成果
薬剤性腎症の発症機序とその予防薬を発見!−腎毒性薬剤が急性腎障害を引き起こす機序を解明するとともに、その予防薬を発見しました−

【本研究成果のポイント】
・感染症やがんの治療に欠かせない抗菌薬や抗がん薬には、重篤な腎障害を引き起こす「腎毒性薬剤」がある。
・そのような副作用のため、十分に原病(感染症やがん)の治療ができないことや、あるいは慢性腎臓病患者などでは、始めからそのような薬の恩恵にあずかれないことがある。
・腎臓に発現するメガリンという分子が、そのような腎毒性薬剤を腎臓に取り込み、腎障害を引き起こす「入り口」となることを明らかにした。
・メガリンが腎毒性薬剤と結合することを阻害し、腎障害の発症を予防するための「メガリン拮抗薬」(シラスタチン)を同定した。
・シラスタチンはこれまで長年、別の目的のために臨床で安全に使用されてきた薬剤である。既に「メガリン拮抗薬」として新たな特許を出願しており、臨床応用に向けて準備を進めている
 
Ⅰ.研究の背景
抗菌薬が効かない細菌、すなわち耐性菌が医療現場で問題となっています。新たな抗菌薬の開発は滞っており、世界保健機関(WHO)や欧米保健当局などは、これまである抗菌薬の有効利用を世界中に呼びかけています。アミノ配糖体、コリスチン、バンコマイシンなどは耐性菌治療の基本薬ですが、副作用の腎障害が問題で、有効な使用の妨げとなっています。抗菌薬以外にも、例えば様々ながんに対する標準治療薬であるシスプラチンも、腎障害のために本来の治療効果が発揮できないことがあります。元々腎臓に障害がある慢性腎臓病患者では、そのような副作用が特に懸念され、がんに対する治療にシスプラチンが使用できないことがあります(図1)。そこで、これらの薬剤の腎毒性の機序を解明するとともに、それを予防する方法の開発が求められていました。
 
Ⅱ.研究の概要
新潟大学大学院医歯学総合研究科機能分子医学寄附講座の斎藤亮彦(さいとう あきひこ)特任教授を中心とする研究グループは、腎臓に存在するメガリンという分子が、これらの腎毒性薬剤を腎臓の細胞に取り込む「入り口」となって腎障害を引き起こす機序と、その機序を抑制する予防薬(メガリン拮抗薬)を明らかにしました。
この「入り口」分子メガリンは腎臓の近位尿細管という部位に発現する受容体タンパク質で、腎臓の他には、肺、脳、内耳、眼などにも発現しています。ちなみにこれらの腎毒性性薬剤は聴力障害をきたすことも知られており、その機序にも内耳のメガリンが関与している可能性があります。
 
Ⅲ.研究の成果
腎臓は約100万個のネフロンという微小構造体が集まってできています。ネフロンでは、糸球体というフィルターを通して、水分を含む血液由来の様々な成分が濾過され、尿細管の中を流れていく過程で尿細管細胞に再吸収されたり、あるいは逆に尿細管細胞から様々な物質が分泌されて、最終的に尿が作られます(図2)。メガリンは近位尿細管細胞に発現し、糸球体から濾過される様々な物質を再吸収する受容体として機能しています(図2)。
 
これまで、腎毒性薬剤のうち、アミノ配糖体、コリスチンはメガリンが腎毒性に関与することが分かっていました。バンコマイシン、シスプラチンについてはメガリンの関与は不明でしたが、アミノ配糖体、バンコマイシン、シスプラチンによる腎障害は、シラスタチンという薬剤で抑制されることが実験的に知られていました(表1)。しかしシラスタチンがそれらの腎毒性薬剤による腎障害を抑制する機序は不明でした。ちなみにシラスタチンは元々腎臓のデヒドロペプチダーゼ-Iの阻害薬として、イミペネムという抗菌薬の腎代謝を阻害する薬剤として開発され、イミペネムとの合剤として、約30年間臨床で安全に使用されてきた薬剤です。
 
斎藤教授らは、水晶発振子マイクロバランス(QCM)法という方法を用いて、メガリンがこれらの腎毒性薬剤やシラスタチンと結合することを明らかにしました。さらに、メガリンと腎毒性薬剤との結合をシラスタチンが阻害することを発見しました(図3)。
続いて、腎臓の約60%の近位尿細管細胞でメガリンの発現を欠失(ノックアウト)したマウスにそれらの腎毒性薬剤を投与したところ、メガリンの発現が欠失されなかった近位尿細管細胞では傷害所見が認められるのに対して、メガリンの発現が欠失された近位尿細管細胞では傷害所見が認められないことを発見しました(図4)。
さらに腎毒性薬剤のひとつであるコリスチンとともに、シラスタチンを同時にマウスに投与すると、コリスチンによる腎障害を抑制できることを明らかにしました(図5)。
 
これらのことから、アミノ配糖体、コリスチン、バンコマイシン、シスプラチンなどの腎毒性薬剤は、すべてメガリンと結合して腎臓内へ取り込まれ、それによって腎障害をきたすこと、さらにシラスタチンによって、それらの腎毒性薬剤とメガリンの結合が阻害されることによって、腎障害を軽減できることが明らかになりました(図6)。
 
斎藤教授らは、既にシラスタチンを「メガリン拮抗薬」として位置づけて特許を出願しています。
 
Ⅳ.今後の展開
3年後を目処に、シラスタチンを用いて、感染症患者やがん患者を対象に、急性腎障害を予防するための医師主導治験を開始するための準備をしています。
 
Ⅴ.研究成果の公表
これらの研究成果は、2017年1月4日付け(アメリカ東部標準時間)のJournal of the American Society of Nephrology(米国腎臓病学会誌)(インパクトファクター: 9.343)のオンライン版に掲載されました。
http://jasn.asnjournals.org/content/early/2017/01/03/ASN.2016060606.abstract
 
論文タイトル:Megalin Blockade with Cilastatin Suppresses Drug-Induced Nephrotoxicity
著者:Yoshihisa Hori, Nobumasa Aoki, Shoji Kuwahara, Michihiro Hosojima, Ryohei Kaseda, Sawako Goto, Tomonori Iida, Shankhajit De, Hideyuki Kabasawa, Reika Kaneko, Hiroyuki Aoki, Yoshinari Tanabe, Hiroshi Kagamu, Ichiei Narita, Toshiaki Kikuchi, Akihiko Saito
doi:10.1681/ASN.2016060606
 

本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科
機能分子医学寄附講座 斎藤 亮彦 特任教授
e-mail:akisaito@med.niigata-u.ac.jp

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