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2017/10/04 研究成果
コンドロイチンが大脳の柔軟性を制御する−脳内コンドロイチンによる神経回路の成長促進−

新潟大学の研究グループは、脳内のコンドロイチン硫酸(CS)の量に応じて神経回路の成長期が制御されることを、世界で初めて発見しました。軟骨の成分としても知られるコンドロイチン硫酸は一般に「コンドロイチン」と呼ばれる物質とほぼ同様の物質で、脳内にも豊富に含まれています。大人の脳に含まれる多量のコンドロイチン硫酸は、神経の成長を抑制的に調節することが知られています。コンドロイチン硫酸は子どもの脳にも少量含まれていますが、その作用は不明でした。今回、脳内コンドロイチン硫酸が異常に減少するマウスを解析することにより、少量のコンドロイチン硫酸には抑制性神経細胞(注1)の働きを活発にさせ、子どもの脳の成長期を促す作用があることを明らかにしました。医歯学総合研究科 神経発達学分野 杉山清佳准教授、侯旭濱特任助教、分子細胞機能学分野 五十嵐道弘教授らによる研究成果です。
 
【本研究成果のポイント】
・少量のコンドロイチン硫酸は体験・経験を介した脳の成長期「臨界期」の誘導に必要である
・大脳のコンドロイチン硫酸の生成にはCSgalnacT1遺伝子が働く
・大脳の抑制性神経細胞異常を原因とする病気の新治療法開発に有益
 
Ⅰ.研究の背景
一般的に子供の頃に音楽やスポーツ、外国語などを習い始めると、大人になってから始める場合と比べ上達・習得が早いことを、私たちは経験則として知っています。子ども脳には、個々の体験・経験に依存して、神経回路を活発に作る成長期(=「臨界期」)があります。
子どもの視力が発達する際にも、臨界期は重要な役割を果たします。両目で見た情報は大脳の視覚野に送られます。臨界期に片目をふさいで見る経験を遮断すると、ふさいだ目からの情報よりも、開いた目からの情報を多く受け取るように、視覚野の神経回路が作り変えられます。その結果、ふさいだ目の視力は著しく弱くなり(弱視)、臨界期を過ぎた大人になってから治療しても回復しないことが知られています。逆にふさいだ目の視力を回復するためには、神経回路が作り変えられる臨界期のうちに治療を施す必要があります。しかしながら、どのような仕組みで子ども脳にのみ臨界期が現れ、またなぜ大人の脳には臨界期がないのか、いまだに分からない点が多くあります。
 
Ⅱ.研究の内容
これまでに研究グループは、大脳の抑制性神経細胞の成熟とともに、臨界期が現れることを明らかにしています。車がブレーキとアクセルの適切な組み合わせで安全に運転できるのと同じように、抑制性神経細胞(ブレーキ)が的確に興奮性神経細胞(アクセル)を制御してこそ、脳の神経回路は機能的に作られます。それでは、抑制性神経細胞は、どのような仕組みで成熟するのでしょうか?
大脳のPV細胞(抑制性神経細胞の1つ、注2)の周囲には、細胞の成熟とともにコンドロイチン硫酸を豊富に含む網目構造が構築されます(図1)。この網目構造は、大人の脳において神経回路の形成を抑制することが報告されています。一方、臨界期の子ども脳においても、コンドロイチン硫酸はPV細胞の周囲に少量ながら存在しています。研究グループは、脳内コンドロイチン硫酸を減少させたマウス(CSgalnacT1遺伝子欠損マウス、注3)の解析により、少量のコンドロイチン硫酸が臨界期の誘導に必要不可欠であることを明らかにしました(図2)。これまで、臨界期の回路形成の誘導と抑制には、それぞれ異なった分子メカニズムが働くと推測されていましたが、今回の研究により、同じ分子であるコンドロイチン硫酸の量により制御されることが示されました。さらに、2光子顕微鏡を用いて、目に光を当てた際の視覚野のPV細胞の応答(ブレーキ機能)を計測すると、コンドロイチン硫酸の異常な減少により応答が減弱することが分りました(図3)。そのため、このマウスにPV細胞の機能を高める薬(ジアゼパム)を投与すると、1回目の投与により臨界期の始まりを、2回目の投与により臨界期の終わりを、それぞれ正常に導くことができました(図4)。
コンドロイチン硫酸はタンパク質に付加してプロテオグリカンという構造として体内に存在しており、脳内ではアグリカンというタンパク質と多く結合しています。本研究では、コンドロイチン硫酸-アグリカンがPV細胞を成熟させる作用を持つOtx2タンパク質(注4)と結合し、Otx2をPV細胞に蓄積させることが分りました(図4)。また逆に、Otx2は、PV細胞においてアグリカンの量を増加させる作用を持つことが示唆されました。臨界期は生涯に一度だけの特別な脳の成長期であり、一度誘導されると、一定期間の後に抑制されます。今回の発表により、Otx2を介した脳内コンドロイチン硫酸の量の調節が臨界期の始まりと終わりのタイミングを決める、タイマーの役割を果たすことが明らかになりました。
 
Ⅲ.社会的意義・今後の展開
臨界期は、神経回路が個々の経験を元に集中的に作られる、脳の成長期と考えられ、近年の早期教育を促す根拠の1つになっています。一方で、臨界期が現れる仕組みには分らないところが多く、臨界期を制御する遺伝子を解明することが重要です。臨界期を制御する遺伝子の全容が明らかになれば、弱視の治療を含め、大人の脳に臨界期を安全に誘導することで、疾患からの脳機能の再建など、新しい治療法の開発に役立つことが期待されます。本研究では、コンドロイチン硫酸の量を増減させることにより、臨界期をコントロールすることができました。
近年、臨界期やPV細胞の機能異常が、精神疾患(自閉症、統合失調症など)の一因となることが示唆されています。さらに、精神疾患の誘因とPV細胞の周囲に蓄積するコンドロイチン硫酸との関連が報告されつつあるため、将来的には、コンドロイチン硫酸によるPV細胞の機能の改善が、精神疾患の症状の軽減に繋がることも期待されます。

用語解説
注1:抑制性神経細胞
GABA(あるいはグリシン)作動性神経細胞。興奮性神経細胞がシナプス結合を介して次の神経細胞に興奮を伝播するのに対して、興奮を抑制し、伝播を遮断する役割を持つ。大脳や記憶を司る海馬では、このような抑制性神経細胞は十種類以上存在することが知られている。
 
注2:PV細胞
カルシウム結合タンパク質である Parvalbumin(PV)を含有する抑制性神経細胞。大脳視覚野では抑制性神経細胞の約5割を占める。非常に早い頻度でGABAを放出する特性を持ち、興奮の伝播を抑えるために、強い抑制能を持つことが知られる。
 
注3:CSgalnacT1遺伝子
コンドロイチン硫酸は鎖のようにつながって、特定のタンパク質に結合してプロテオグリカンを形成する。コンドロイチン硫酸を合成する過程で必要な酵素は十数種類存在しており、CSgalnacT1遺伝子は、酵素の中でも重要なCSGalNAcT1転移酵素をコードする。実際に、この遺伝子を欠くマウスではコンドロイチン硫酸が著しく減少するため、生体内におけるコンドロイチン硫酸の生成・維持に寄与すると考えられる。
 
注4:Otx2タンパク質
DNA結合領域(ホメオボックス)を持つホメオタンパク質ファミリーの1つで、遺伝子発現の調節を司る転写因子に属する。Otx2ホメオタンパク質は、胎児の脳の形成に必要不可欠な分子として知られているが、筆者らは、生後の脳の成長にも必須であることを示した(http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/press/2008/20080808_1/20080808_1.pdf)。特に、大脳においてPV細胞の機能を正常に発達させ、コンドロイチン硫酸と協調して、臨界期の誘導と抑制に作用する。
 
Ⅳ.研究成果の公表
これらの研究成果は、平成29年10月3日午後6時(日本時間)のScientific Reports誌に掲載されました。
論文タイトル:Chondroitin Sulfate Is Required for Onset and Offset of Critical Period Plasticity in Visual Cortex
著者:Hou X, Yoshioka N, Tsukano H, Sakai A, Miyata S, Watanabe Y, Yanagawa Y, Sakimura K, Takeuchi K, Kitagawa H, Hensch TK, Shibuki K, Igarashi M and Sugiyama S
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科
神経発達学分野 杉山清佳 准教授
E-mail:sugiyama@med.niigata-u.ac.jp
 
新潟大学大学院医歯学総合研究科
分子細胞機能学分野 五十嵐道弘 教授
E-mail:tarokaja@med.niigata-u.ac.jp

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