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2017/10/13 研究成果
新規の神経幹細胞制御因子としてQuaking5の機能を解明 −幅広い精神・神経疾患、癌の病態解明や新薬開発に期待−

このたび、新潟大学大学院医歯学総合研究科神経生物・解剖学分野の矢野真人准教授、矢野佳芳研究員(日本学術振興会特別研究員RPD)と慶應義塾大学医学部の岡野栄之教授の研究グループは、武田薬品工業(株)湘南インキュベーションラボとの共同研究により、新たな神経幹細胞制御因子として、RNA結合タンパク質(注2)であるQuaking5(Qki5,注3)を同定しました。包括的RNAマッピング技術(HITS-CLIP法)(注1)を用い、Qki5が、標的RNAとの結合部位により神経幹細胞を制御する新しい分子メカニズムを解明しました。
中枢神経系は、神経細胞及びグリア細胞(アストロサイトやオリゴデンドロサイト)を中心に構成されています。大脳皮質の形成過程においては、神経幹細胞(注4)が順序立てて多様な神経細胞やグリア細胞を生み出すことが知られており、それが破綻すると多様な精神・神経疾患や癌に繋がると言われています。今回、矢野准教授らの研究グループが新たな神経幹細胞制御因子として同定したQki5は、RNA(リボ核酸)に結合するRNA結合タンパク質の一種であり、神経幹細胞において細胞間接着に関わる分子群のRNAの多様性の制御を介して、胎生期大脳皮質の神経幹細胞の機能保持および神経細胞の産生に重要な役割を果たすことを解明しました。
この成果は、幅広い精神・神経疾患や癌などの病態解明や新薬開発につながることが期待されます。
 
【本研究成果のポイント】
・新規の神経幹細胞制御因子としてRNA結合タンパク質Quaking5(Qki5)を同定した。
・括的RNAマッピング技術を用いてQki5 のRNA結合部位、制御の法則性を解明した。
・Qki5はRNA制御を介して、神経幹細胞の細胞接着を調節し、幹細胞の機能保持および適切な神経細胞の産生に寄与している。
・本研究成果は幅広い精神・神経疾患や癌の病態解明、新規治療法の開発へと波及する。
 
Ⅰ.研究の背景
2017年は、イントロンとスプライシングの発見から40年の節目の年にあたります。mRNAスプライシング(注5)は、多様なタンパク質を生み出す駆動力として、分子メカニズムの基礎研究、様々な疾患の病態解明、さらには難病における新規の治療法開発まで、世界中で研究が発展しています。この分子機構を司るのがRNA結合タンパク質です。
中枢神経系は、神経細胞及びグリア細胞を中心に構成されています。脳の形成過程においては、適切な時期に適切な場所で、順序立ててニューロンやグリア細胞が産み出される必要があります。そのために、自己複製能(幹細胞を維持する能力)と多分化能(様々な種類の細胞に分化能力)を有する神経幹細胞が非常に重要な役割を担っており、胎生期における脳の形成過程の異常は様々な精神・神経疾患や癌などの病気に直結します。
これまでの研究で、神経系の発生過程においてもRNAに結合するタンパク質が重要な働きをしていることが当研究グループらによって明らかにされています。先行研究において、矢野准教授らのグループは、包括的RNAマッピング技術(HITS-CLIP法)を用いて、RNA結合タンパク質Nova2のRNA結合部位を同定しました。そして、多くの結合するmRNAの中でも、Dab1と呼ばれる分子の選択的スプライシング(注5)を制御することにより、神経前駆細胞の移動を正常に保っていることを明らかにし、世界に先駆けて大脳新皮質の形成にRNAの制御が重要であることを明らかにしました。
 
Ⅱ.研究の概要と成果
本研究では、RNA結合タンパク質Qkiが神経幹細胞における機能を調べるため、マウス神経幹細胞を培養し、特定の遺伝子の転写量を減少させるノックダウン法を用いてQkiの発現の抑制を試みました。この状況のもと、mRNA-seq(注6)解析を用いて、神経幹細胞における転写産物を包括的に解析したところ、①Qkiが神経幹細胞の維持に重要な機能を持っていること、さらに②mRNAの選択的スプライシングに働いていることが示唆されました。Qkiファミリーの中でもQki5は、核移行シグナルを持ち、核内イベントであるスプライシングに大きく寄与していることが考えられるため、Qki5に絞り研究をさらに進めました。
胎生期マウスの脳においてQki5の制御機能を明らかにするため、包括的RNAマッピング(HITS-CLIP法)を行い、一塩基解像度で全転写産物における結合部位を突き止め、892個の標的RNAを同定しました。Qki5は標的RNAのタンパク質をコードしていないイントロンと呼ばれる領域に結合し、近傍に存在するたんぱく質をコードしているエクソンの選択性(選択的スプライシングと呼ばれる機構)を制御すること及び選択的スプラシングを制御する法則性を明らかにしました(図1)。

さらに、892個の直接的な標的RNAを介してどのような生物学的に意義のある細胞機能を調節しているのかを解明するために、ゲノム解読に利用されるバイオインフォマティクス解析を行いました。その結果、Qki5は標的RNAを介して、細胞間接着に関するシグナル経路に収束されることを見出しました。そこで、生体内でQki5が胎生期神経幹細胞で細胞間接着を制御しているかを確認するために、神経系で特異的にQkiを欠損させたマウスの脳を調べました。マウス脳の組織解析の結果、Qkiを欠損したマウスの神経幹細胞ではN-カドヘリンや・-カテニンなど細胞間接着に必須のタンパク質の発現の低下及び局在の変化が見られ、脳室帯に存在する神経幹細胞の細胞間接着に、異常があることが明らかになりました。Qkiを欠損したマウスに比して、正常マウスでは脳室帯に存在するPax6陽性の神経幹細胞が、脳室の管腔側から逸脱、脳室下帯にまで分散し、その周辺領域では異所性の神経細胞の産生が見られました(図2)。

Qkiを欠損したマウスの神経幹細胞では、どの細胞間接着に関わる標的RNAのスプラシングに変化があるのか、分子群の増幅量を解析するqRT-PCR法で調べたところ、神経幹細胞性の維持に重要な経路の分子群であるTncやPtprz1、さらに癌細胞の糖代謝にも関連するPkmのスプライシング異常が見られ、その結果、神経幹細胞の細胞接着に異常を来たしていることが明らかになりました(図3)。

以上の結果から、Qki5が胎生期神経幹細胞においてRNAを制御し、細胞間接着を調節することで神経幹細胞の適切な機能の保持に働いていることが、世界に先駆けて明らかとなりました。
本研究は、主に武田薬品工業株式会社湘南インキュベーションラボラトリー(SIL)及び文部科学省(MEXT)/日本学術振興会(JSPS) 新学術領域「ノンコーディングRNAネオタクソノミ」などの助成を受けて実施されました。
 
【用語説明】
(注1)HITS-CLIP(high-throughput sequencing UV cross-linking and immunoprecipitation)
包括的RNA-タンパク質相互作用部位マッピング技術。ゲノムから転写された全転写産物のどこにRNA結合タンパク質が結合しているかを生体内において捉え、一塩基レベルの解像度で結合配列を明らかにすることができる方法。
 
(注2)RNA結合タンパク質
RNA(リボ核酸)に結合するタンパク質群の総称。ヒトでは1542種存在することが知られている。
 
(注3)Quaking
KHタイプのRNA結合タンパク質。選択的スプライシングによりQki5、QKi6、Qki7の異なるアイソフォーム(同一遺伝子より産生され、一部の構造、機能が異なると推測されるタンパク質)が存在する。RNAに結合することでmRNAの選択的スプライシング(成熟したmRNAが作られる機構)、安定化、翻訳制御、miRNA、ciRNAの生合成を制御している。これまでに、神経系ではグリア細胞の一つであるオリゴデンドロサイトの細胞系譜における機能が詳しく解析されてきた。
 
(注4)神経幹細胞
神経系の組織幹細胞。自己複製能(幹細胞を維持する能力)と多分化能(様々な種類の細胞に分化する能力)を有する。順序立てて多様な神経系の細胞を産み出し、神経系の構築および維持に重要な役割を持つ。
 
(注5)スプライシング
ゲノムDNAの遺伝子には、たんぱく質をコードしているエクソンと呼ばれる領域がたんぱく質をコードしていないイントロンと呼ばれるに領域によって分断されている構造が存在する。ゲノムDNAからRNAに転写されたのちに、不要なイントロンが除去され成熟したmRNAが作られる機構をスプライシングと呼ぶ。エクソンは常に選択されてたんぱく質に翻訳される恒常的エクソンとスプライシングを行う部位や組み合わせが変化する選択的エクソンが存在する。その選択的エクソンを制御する機構が選択的スプラシングであり、機能的たんぱく質の多様性に寄与している。
 
(注6)RNA-seq(RNAシークエンス)
次世代シークエンス法を用いて全転写産物の配列情報をバイアスなく読み込み、発現量を定量する方法。
 
Ⅲ.今後の展開
本研究成果はQki5が新規の神経幹細胞の制御因子であり、神経幹細胞の機能にかかわることを明らかにしたことから、幅広い神経疾患や癌の病態解明や新規治療法の開発へと波及することが考えられます。
 
Ⅳ.研究成果の公表
これらの研究成果は、本研究成果は平成29年10月12日4時(日本時間)に、米国コールド・スプリング・ハーバー研究所が出版する生物学に関する学術雑誌「Genes & Development」誌のAdvanced online版に掲載されました。
論文タイトル:An RNA-binding protein Qki5 regulates embryonic neural stem cells through pre-mRNA processing in cell adhesion signaling
(邦訳:RNA結合蛋白質Qki5は、細胞接着シグナルに関わるmRNAスプライシングを担うことにより、胎生期神経幹細胞を制御している)
著者:矢野(早川)佳芳*、陶山智史*、野上真宏、湯上真人、古家育子、周麗、阿部学、崎村健司、竹林浩秀、中西淳、岡野栄之**、矢野真人**(*共同筆頭著者 **共同責任著者)
doi:http://www.genesdev.org/cgi/doi/10.1101/gad.300822.117.
 
 
本件に関するお問い合わせ先
新潟大学大学院医歯学総合研究科
神経生物・解剖学分野
准教授 矢野 真人(やの まさと)
E-mail:myano@med.niigata-u.ac.jp

慶應義塾大学医学部生理学教室
教授 岡野 栄之(おかの ひでゆき)
E-mail:hidokano@a2.keio.jp

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