致死的な重症薬疹の新規治療薬を開発 −空間プロテオミクス解析を用いて中毒性表皮壊死症の病態を解明し、JAK阻害剤の有効性を明らかに−
新潟大学大学院医歯学総合研究科皮膚科学分野の長谷川瑛人助教、阿部理一郎教授らとドイツのマックス・プランク生化学研究所(MPIB)のMatthias Mann教授らの国際共同研究グループは、重篤な薬疹である中毒性表皮壊死症(以下、TEN)の予後を改善させる新規治療法を開発しました。
TENは薬剤に対する重篤なアレルギーであり、致死率が30%と非常に生命予後の悪い疾患です。本研究グループでは、最先端の研究手法である空間プロテオミクス(注1)を用いて、炎症を引き起こすJAK/STAT経路(注2)がTENの病態に深く関与していることを明らかにしました。実際に7名のTENの患者に対して、この経路を阻害するJAK阻害剤(注3)で治療を行い、良好な成績を得ました。本研究結果は、2024年10月16日、科学誌「Nature」に掲載されました
【本研究成果のポイント】
・TENは致死率の高い重篤な疾患であり、有効性の高い新規の治療薬の開発が必要とされてきました。病気のメカニズムも未だ完全には分かっておらず、メカニズム解明が重要な課題でした。
・本研究グループはTENの病変部において、炎症を引き起こすJAK/STAT経路が亢進していることを解明しました。
・JAK/STAT経路を阻害する薬剤であるJAK阻害剤をTENの患者に使用し、良好な治療成績を得ました。JAK阻害剤がTENの治療に有効である可能性が示され、予後の改善が期待されます。
Ⅰ.研究の背景
TENは様々な薬剤が原因で発症し、全身の皮膚や粘膜が壊死してしまう致死的疾患で、国が定める指定難病です。日本の診療ガイドラインにおいては副腎皮質ステロイドの全身投与が第一選択で、難治な症例には免疫グロブリン大量静注療法や、血漿交換療法などを行いますが、約30%の患者が致死的な経過となります。TENのメカニズムは完全には解明されていないため、病気のメカニズムを解明し、より有効な新しい治療法の開発が必要とされてきました。
本研究グループは、最新の研究技術である空間プロテオミクスを用いてTENの発症メカニズムを解明し、新しい治療薬の開発を行いました。
Ⅱ.研究の概要
本研究グループは、空間プロテオミクスを用いて、TEN患者の皮膚組織を解析しました。特に、Matthias Mann教授らが開発したディープ・ビジュアル・プロテオミクスと呼ばれる、高性能な顕微鏡、AIによる解析、超高性能な質量分析の技術を融合し1個1個の細胞に含まれるタンパク質を正確に定量する最先端の技術を使用しました(図1)
TEN患者の皮膚の細胞のタンパク質を詳細に解析した結果、炎症を起こすJAK/STAT経路が著明に亢進していることが分かりました。アトピー性皮膚炎や関節リウマチなどの疾患において、このJAK/STAT経路を阻害する治療薬であるJAK阻害剤がすでに開発されています。本研究ではモデルマウスを用いてJAK阻害剤の有効性を検証したうえで、実際のTEN患者にJAK阻害剤を使用し、その有効性を実証しました。
Ⅲ.研究の成果
本研究でTEN患者の皮膚を空間プロテオミクスで解析した結果、TEN患者の皮膚ではJAK/STAT経路が著明に亢進していることが分かりました(図2)。
TENの病態を模したモデルマウスに対しJAK阻害剤を投与したところ、TEN様の症状を抑制することができました(図3)。
この結果に基づき、7名のTEN患者にJAK阻害剤を投与したところ7名全員が速やかに治癒し大きな副作用もみられませんでした(図4)。
本研究の結果から、TENに対してJAK阻害剤が非常に有効な治療法である可能性が示されました。
Ⅳ.今後の展開
今回の研究で、TENに対してJAK阻害剤が有効な治療法である可能性が示されました。今後は、より大規模な臨床試験を行い、TENに対するJAK阻害剤の有効性と安全性を検証し、実用化を目指します。
Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2024年10月16日、科学誌「Nature」(IMPACT FACTOR: 50.5)に掲載されました。
【論文タイトル】Spatial proteomics identifies JAKi as treatment for a lethal skin disease
【著者】Thierry M. Nordmann*, Holly Anderton, Akito Hasegawa, Lisa Schweizer, Peng Zhang, Pia-Charlotte Stadler, Ankit Sinha, Andreas Metousis, Florian A. Rosenberger, Maximilian Zwiebel, Takashi K. Satoh, Florian Anzengruber, Maximilian T. Strauss, Maria C. Tanzer, Yuki Saito, Ting Gong, Marvin Thielert, Haruna Kimura, Natasha Silke, Edwin H. Rodriguez, Gaetana Restivo, Hong Ha Nguyen, Annette Gross, Laurence Feldmeyer, Lukas Joerg, Mitchell P. Levesque, Peter J. Murray, Saskia Ingen-Housz- Oro, Andreas Mund, Riichiro Abe, John Silke, Chao Ji*, Lars E. French*, Matthias Mann *
*:corresponding author
【doi】10.1038/s41586-024-08061-0
【用語解説】
(注1)空間プロテオミクス
プロテオミクスとは、細胞や組織においてタンパク質の発現を網羅的に解析すること。空間プロテオミクスは組織切片から、どの場所に位置するかという空間的情報とタンパク質の発現量の情報を組み合わせて解析する手法。
(注2)JAK/STAT経路
細胞内で炎症や細胞増殖、分化などに関する情報を伝達する役割を担っている。
(注3)JAK阻害剤
JAKを阻害することで、JAK/STAT経路の働きを抑制する薬。現在、アトピー性皮膚炎や関節リウマチなど、様々な疾患に実際に使用されている。
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学医歯学総合研究科
皮膚科学分野
教授 阿部理一郎(あべ りいちろう)
E-mail:aberi@med.niigata-u.ac.jp
【広報担当】
新潟大学医歯学系総務課
E-mail:shomu@med.niigata-u.ac.jp