2023/02/28 研究成果卵巣成熟奇形腫から発生したがんにおける強い腫瘍内不均一性とAPOBECシグネチャーの関与を解明 −がん化のメカニズムや治療抵抗性の機序解明につながる可能性−
新潟大学大学院医歯学総合研究科産科婦人科分野の吉原弘祐教授、県立がんセンター新潟病院婦人科の田村亮医長（新潟大学大学院医歯学総合研究科客員研究員）、佐々木研究所腫瘍ゲノム研究部の中岡博史部長らの研究グループは、稀な腫瘍である、卵巣成熟奇形腫*1から発生した進行がん2症例に対して、原発巣や転移巣の複数箇所から腫瘍検体を採取し、網羅的な遺伝子解析を行うことで、本疾患において極めて強い腫瘍内不均一性と、APOBECシグネチャー*2の関与を明らかにしました。本研究成果はCancer Science誌に掲載されました。
【本研究成果のポイント】
・卵巣成熟奇形腫から発生したがんが、�ー鞜臚發料反ソ蠍�の違いにより、全く異なる遺伝子異常を持つ細胞が混在する、極めて強い腫瘍内不均一性を有すること、�∩反ソ蠍�によらず、APOBECシグネチャーが多くをしめること、を明らかにしました。
・強い腫瘍内不均一性は、治療抵抗性に関連している可能性があり、本疾患の治療の際に組織所見が異なる複数部位の評価をすることが重要と考えられます。
・組織所見によらずAPOBECシグネチャーが多いことは、卵巣成熟奇形腫のがん化のメカニズムの解明や、発生したがんに対する新規治療戦略の構築につながる可能性があります。
Ⅰ．研究の背景
卵巣成熟奇形腫のがん化は非常に稀な病態であるため、有効な治療法が確立していません。化学療法に抵抗性であり、進行例では生命予後が極めて悪いとされています。本研究グループはこれまでに、卵巣成熟奇形腫から発生した扁平上皮癌に対してマルチオミックス統合解析*3を行い、高頻度にTP53*4やPIK3CA*5の遺伝子変異を有すること、肺の扁平上皮癌に類似した遺伝子発現プロファイルを持つことなど、その分子生物学的特徴を明らかにしてきました （Tamura et al. Oncogene, 2020）。先行研究では、各症例の腫瘍組織１カ所のみ解析を行ったため、腫瘍内でどのように遺伝子異常が広がり、進化したかについては評価できていないことが課題でした。そこで今回、卵巣腫瘍内の肉眼的・組織学的に異なる部分、転移巣など複数箇所に対して網羅的遺伝子解析を行い、腫瘍内の多様性を明らかにすることで、卵巣成熟奇形腫のがん化のメカニズムや、発生したがんの治療抵抗性の機序解明の一助とすることを目的として研究を行いました。
Ⅱ．研究の概要
新規に卵巣成熟奇形腫から発生したがんと診断された2名の患者様より研究参加の同意を頂いた上、手術の際に腫瘍内の複数箇所から採取した組織の遺伝子解析を行いました。採取した組織からDNAを抽出し、その塩基配列を次世代シーケンサーで網羅的に読み取り、遺伝子異常（遺伝子変異、コピー数変異、遺伝子変異シグネチャーなど）の解析を行いました。
Ⅲ．研究の成果
対象とした2例は、いずれも原発巣である卵巣腫瘍内に肉眼・組織所見が異なる部分が混在していました（図1）。それぞれの部位の遺伝子変異の共有状態を調査すると、組織所見が類似している部分では、それぞれ多くの遺伝子変異を共有していました。一方、組織所見が異なる部位との類似性は乏しく、腫瘍内に全く異なる遺伝子異常を持った細胞が混在していることがわかりました。また、症例1では非がん部を含めて全ての部位で共通する変異を一定数認めましたが、症例2ではほとんど認めませんでした（図2）。組織所見毎の遺伝子変異シグネチャーを解析すると、組織所見の違いによらず、いずれの部位でもAPOBECシグネチャー（SBS2およびSBS13）が多くを占めることがわかりました。いずれの部位においても、APOBECシグネチャーと関連が強いとされるヒトパピローマウイルス（HPV）感染の所見を認めませんでした（図3）。今回の結果から、本疾患は組織所見毎に全く異なった遺伝子異常を持つ、極めて腫瘍内不均一性が強い腫瘍であり、腫瘍内の遺伝子変異の広がりにおいても、症例間で大きく異なることがわかりました（図4）。
症例1ではポリープ病変と浸潤性病変が混在しており、それぞれ角化型扁平上皮癌と非角化型扁平上皮癌と組織所見の違いを認めました。一方、症例2では充実性部分と浸潤性病変が混在しており、こちらもそれぞれ脱分化癌と非角化型扁平上皮癌と組織所見の違いを認めました。
紫の線は遺伝子変異を示し、色の濃さは変異アリル頻度*6を示しています。また、組織型毎に色を変えて提示しています。組織所見に一致して、多くの遺伝子変異を共有しており、他の組織型との遺伝子変異の共有がほとんどないことがわかります。また、症例1では、非がん部から全ての部位で、一定数の遺伝子変異を共有していましたが、症例2の非がん部ではほとんど遺伝子変異を認めませんでした。
いずれの組織所見でも、APOBECシグネチャーである、SBS2とSBS13が半数以上を示していました。
2症例とも組織所見に一致した遺伝子変異の共有を認めました。また、2症例とも本疾患で頻度が高い、TP53およびPIK3CAの遺伝子変異を認めました。症例１では正常上皮にTP53変異が広く広がったのち、角化型・非角化型扁平上皮癌に進化していったと考えられます。一方、症例2では正常上皮にはTP53変異が同定されず、局所的にTP53変異が起こり、その部分が非角化型扁平上皮に進化したのではないかと推測されます。また、いずれの症例でもPIK3CA E545Kが非角化型扁平上皮癌のみに認められ、その分化に関与している可能性が示唆されます。
Ⅳ．今後の展開
本研究の最も重要な点として、卵巣成熟奇形腫から発生したがんが、その組織所見毎に大きく異なる遺伝子異常を持つことを、明らかにしたことが挙げられます。このような強い腫瘍内不均一性は、本疾患の治療抵抗性に影響している可能性があり、治療の際に組織所見が異なる複数部位での評価が重要であると考えられます。本疾患でAPOBECシグネチャーが多い原因の解明は今後の課題ですが、組織所見を超えて同様の結果であることから、卵巣成熟奇形腫内の微小環境との関連が示唆されます。APOBECシグネチャーは腫瘍免疫や免疫チェックポイント阻害薬の効果との関連が報告されています。これらから組織所見に関わらず、本疾患に免疫チェックポイント阻害薬が有効な可能性があります。今後、さらに症例を追加し腫瘍内不均一性に着目した解析を行うことで、卵巣成熟奇形腫のがん化のメカニズムや発生したがんの治療抵抗性の機序を解明し、新規治療につなげることを目指します。
Ⅴ．研究成果の公表
本研究成果は、2022年2月２２日、科学誌「Cancer Science」に掲載されました。
論文タイトル：Spatial genomic diversity associated with APOBEC mutagenesis in squamous cell carcinoma arising from ovarian teratoma
著者：Ryo Tamura, Hirofumi Nakaoka, Nozomi Yachida, Haruka Ueda, Tatsuya Ishiguro, Teiichi Motoyama, Ituro Inoue, Takayuki Enomoto and Kosuke Yoshihara
doi: 10.1111/cas.15754
【用語解説】
*1卵巣成熟奇形腫とは
最も頻度が高い卵巣良性腫瘍であり、内部に様々な組織（皮脂、毛髪、歯牙、骨、軟骨、神経組織、甲状腺など）を認めます。1-2%と稀にがん化し、その多くが扁平上皮癌とされています。
*2 APOBECシグネチャーとは
APOBEC酵素群の活性化に由来する遺伝子変異のパターン
*3 マルチオミックス統合解析とは
DNA解析（ゲノミクス）、RNA解析（トランスクリプトミクス）、蛋白質解析（プロテオミクス）などを一括して分析する手法
*4 TP53とは
最も代表的ながん抑制遺伝子です。先行研究では本疾患の88%で遺伝子変異が認められています。
*5 PIK3CAとは
代表的ながん遺伝子です。先行研究では本疾患の50%で遺伝子変異が認められています。
*6 変異アリル頻度とは
遺伝子変異がない野生型アリルと異なる塩基配列を持つものを変異アリルと呼び、その割合を変異アリル頻度といいます。
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学大学院医歯学総合研究科
産科婦人科学教室
教授 吉原弘祐（よしはらこうすけ）
E-mail：yoshikou@med.niigata-u.ac.jp
客員研究員 田村亮（たむらりょう）
E-mail：ryo-h19@med.niigata-u.ac.jp
【広報担当】
新潟大学広報室
E-mail：pr-office@adm.niigata-u.ac.jp
公益財団法人佐々木研究所附属 佐々木研究所 研究事務室
E-mail：otani@po.kyoundo.jp