重症感染症における鉄代謝の動態を実臨床で確認 − 感染症診断・治療への応用に向けて −
新潟大学医歯学総合病院感染管理部の茂呂寛准教授、同呼吸器・感染症内科の番場祐基専任助教、大学院医歯学総合研究科呼吸器・感染症内科学分野の菊地利明教授らの研究グループは、重症感染症における鉄代謝の動態を明らかにしました。本研究において、血流感染症(注1)の経時的な鉄の血中濃度を確認したところ、急性期には低下し、病態の改善とともに回復する急激な変動パターンを示しました。さらに、この鉄の血中濃度の挙動は炎症に伴う鉄調節因子「ヘプシジン」(注2)の作用によるものと考えられました(図1)。こうした鉄代謝の動態は、細菌側に必須の栄養である鉄獲得を妨げ、増殖を抑制する方向に働くことから、私たち宿主による免疫反応の一環と考えられます(図2)。本研究により、実臨床における鉄代謝と感染症との密接な関係が示されるとともに、感染症の診断と治療に新たな視点をもたらす可能性が期待されます。
本研究成果は、2023年11月6日、科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。
【本研究成果のポイント】
・全身性の感染症に罹ったヒトの血中で、鉄濃度が急激に変動することを確認しました。
・この変動は炎症反応と強く関係し、病原微生物にとって重要な栄養である鉄を奪うことにより、その増殖を抑えようとする免疫反応の一部と解釈できます。
・本研究の知見により、感染症の診断や治療に新たな視点が得られる可能性が期待されます。
Ⅰ.研究の背景
感染症の分野では、既存の抗菌薬が効果を発揮できない「薬剤耐性菌」の蔓延が問題となっており、診断と治療において従来と異なるアプローチが求められていました。
鉄はヒトと細菌の双方にとって必須の金属元素であるため、感染症の病態では、ヒトと細菌の間で鉄を奪い合う形となります。こうした感染症と鉄との密接な関係は約80年前から知られていましたが、その詳細なメカニズムは最近までわかっていませんでした。今世紀初頭に、体内の鉄を調節するタンパク「ヘプシジン」や、細菌の鉄獲得を阻害する「リポカリン2」(注3)の存在が明らかとなり、ヒトにおける鉄代謝の研究が大きく進歩しましたが、感染症の実臨床における研究は限られていました。本研究では、こうした鉄代謝に関する新たな知見に基づいて、感染症と鉄との密接な関わりについて臨床検体を用いて検討しました。
Ⅱ.研究の概要・成果
血流感染症の成人48症例を対象に、急性期(D1、D3)と回復期(D3)の3つのタイミングで得られた血液144検体について、鉄代謝、炎症に関わる検査項目の血中濃度を測定し、発症から改善にいたる経過の中での経時的な変化を明らかにしました。
�� 鉄の血中濃度は急性期に急激な低下を認めましたが、回復期に上昇に転じていました。これと対照的に、鉄調節因子であるヘプシジンやリポカリン2の濃度は、急性期に急激に上昇し、病態の改善に伴い低下していました(図3)。炎症が長引く症例では、鉄は減少したままでした。
�� 敗血症(注4)と診断された30症例を重症例として、それ以外の症例と血中濃度を比べたところ、重症例の急性期にリポカリン2が有意に高い結果でした。
�� ヘプシジンとリポカリン2は、血流感染症の経過を通して、感染症の病勢を示す既存マーカーである白血球数(好中球数)やCRP(注5)と正の相関を示す一方、鉄濃度はこれらと負の相関を示していました。
これらの結果から、ヒトは感染症の病態において、炎症とともにヘプシジンやリポカリン2の産生量を調整し、ヘプシジンは細菌周囲の鉄を減らす形で、リポカリン2は細菌が鉄獲得のために産生するシデロフォア(注6)を阻害する形で、それぞれの方法により細菌の鉄獲得、ひいては増殖を阻害し、免疫反応の一環として感染症の沈静化を図るものと推定されます(図1、2)。
Ⅲ.今後の展開
今回の研究成果により、感染症と鉄との密接な関わりについて、その経時的推移が改めて確認されるとともに、今後は感染症の診断と治療における標的として、感染症の領域における鉄代謝への関心が高まる効果が期待されます。また、細菌による鉄獲得経路を標的とした抗菌薬の開発が進められており、実臨床における鉄代謝の情報は、こうした抗菌薬を活用していくうえで重要なものとなる可能性があります。本研究グループも感染症と鉄代謝の動態について、本研究の応用として、さらに研究を進めていく予定です。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2023年11月6日、科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。
論文タイトル:Dynamics of Iron Metabolism in Patients with Bloodstream Infections: A Time-Course Clinical Study
著者:Hiroshi Moro, Yuuki Bamba, Kei Nagano, Mariko Hakamata, Hideyuki Ogata, Satoshi Shibata, Hiromi Cho, Nobumasa Aoki, Mizuho Sato, Yasuyoshi Ohshima, Satoshi Watanabe, Toshiyuki Koya, Toshinori Takada, and Toshiaki Kikuchi
doi: 10.1038/s41598-023-46383-7
Ⅴ.謝辞
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(17K10015)の支援を受けて行われました。
【用語解説】
(注1)血流感染症
循環している血液中から菌が検出された状態を指し、菌血症と呼ばれる場合もあります。
(注2)ヘプシジン
鉄代謝の調節で中心的な役割を果たすタンパクで、炎症などの刺激により肝臓で産生されます。ヘプシジンは鉄を血液に送り出す「フェロポルチン」というタンパク質を制御しています。ヘプシジンが多いとフェロポルチンが減り、細胞外、血中の鉄濃度が上昇することになります。
(注3)リポカリン2
菌が鉄獲得のために分泌したシデロフォア(注6参照)を直接阻害するタンパクで、感染症の病態では、好中球、マクロファージ、上皮細胞などで産生されます。別名でNGAL、シデロカリンなどと呼ばれることもあります。
(注4)敗血症
感染に起因する全身性の強い炎症反応で、臓器障害や循環動態の悪化を招く重篤な病態です。
(注5)CRP
炎症反応を反映して肝臓で産生されるタンパクです。血液検査では、炎症の指標となる項目です。
(注6)シデロフォア
菌が周囲から鉄を獲得するために分泌する小分子です。
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学医歯学総合病院感染管理部
准教授 茂呂 寛(もろ ひろし)
E-mail:hmoro@med.niigata-u.ac.jp
【広報担当】
新潟大学医歯学系総務課
E-mail:shomu@med.niigata-u.ac.jp









