指定難病「視神経脊髄炎」の炎症を正負に制御する免疫ダイナミクスを発見 − 好中球とT細胞制御を目指した新たな治療法に道 −
新潟大学脳研究所脳神経内科の中島章博助教、佐治越爾助教(現・新潟市民病院脳神経内科副部長)、同大学大学院医歯学総合研究科の河内泉准教授、独立行政法人国立病院機構新潟病院脳神経内科の柳村文寛医師らの研究グループは、同大学脳研究所(脳神経内科分野、病理学分野)並びに同大学大学院医歯学総合研究科を中核拠点とし、京都府立医科大学、信州大学、関西医科大学、新潟医療福祉大学、国立病院機構まつもと医療センターなどと共同して、「指定難病『視神経脊髄炎(注1)』で、ステージ依存性に炎症を正負に制御する免疫ダイナミクス」を明らかにしました。本研究成果は、2024年4月24日、神経病理学分野のトップジャーナル「Acta Neuropathologica」(IF 12.7)(5-year IF 16.2)のオンライン版に掲載されました。
【本研究成果のポイント】
・視神経、脊髄に炎症を繰り返す指定難病「視神経脊髄炎」において、ステージ依存性に炎症を正負に制御する「新しい免疫ダイナミクス」を世界で初めて明らかにした。
・視神経脊髄炎では、炎症を起こしている神経に、(i)活性化した好中球(注2)、(ii)インターロイキン(IL)-17を分泌するT細胞(TH17細胞やTC17細胞)(注3・注4)、(iii)組織を傷害する顆粒(グランザイム)を持つ組織常在性記憶T細胞(注5)が増加し、病変が拡大する。
・視神経脊髄炎では、神経に組織常在性記憶T細胞が常在し、組織を傷害する顆粒(グランザイム)を持つことで、炎症・自己免疫現象を引き起こす可能性がある。
・視神経脊髄炎の免疫ダイナミクスは、多発性硬化症(注6)とは異なる。
・視神経脊髄炎で、発作を予測する血液バイオマーカーを開発できる可能性がある。
・視神経脊髄炎で、好中球、TH17細胞やTC17細胞、組織常在性記憶T細胞を標的とした新たな治療戦略に繋がる可能性がある。
Ⅰ.研究の背景
指定難病「視神経脊髄炎(NMO)・多発性硬化症(MS)」は、視神経、脊髄や脳に炎症が起こり、視力の障害、手足の麻痺、しびれや認知機能障害などの症状が現れる神経難病です。患者数は世界で250万人、日本で1万8千人であり、近年、増加している疾患群です。多くは社会の生産活動の中核を成す20歳から40歳台の若年成人に発症するため、再発や症状の進行を抑止することは、社会にとって極めて重要な課題です。特に、NMOは、1891年(明治24年)に青山胤通博士(東京帝国大学医学部)により症例報告されて以来、日本を含めたアジアで多いことが明らかになっています。
近年の研究成果により、NMOの標的自己抗原はアクアポリン4(AQP4)水チャネルであることが明らかとなっています。AQP4を発現したアストロサイトが、AQP4自己抗体と補体により破壊され、結果、アストロサイトの機能(神経軸索、髄鞘、血管サポート)を失うことで発作(脊髄炎や視神経炎などの病変)を引き起こします。神経機能が重度に障害された場合、車いすが必要になったり、失明したりすることがあります。2013年から血液のAQP4自己抗体を測定することで、NMOの正確な診断が可能となりました。さらに、NMOに対して、2019年から順次、5種類の免疫制御治療(疾患修飾薬(DMTs)(注7))が開発され(2024年4月現在)、異常な免疫因子をある程度、制御することが可能となりました。正確な診断と疾患に特化したDMTsの出現は、脳神経内科の診療にパラダイム・シフトをもたらしています。しかし、自己抗体以外の免疫動態は不明なままでした。「AQP4自己抗体が中枢神経の外で産生された後、どのようにして中枢神経に入り、病変を引き起こすのか?」、「どのようにして病変を拡大させるのか?」、「どのような機序で再発を起こすのか?」等、いまだに多くの疑問が残されています。さらに、未だにNMOにおける治療法は完成に至っていません。また、完全に神経を保護する治療法は開発されていません。以上から、免疫病態と神経破壊の全容を解明することは、DMTsによる治療をさらにアップデートし、アンメット・メディカル・ニーズに応える神経保護療法の開発への道を切り開くことになります。
Ⅱ.研究の概要と成果
本研究では、指定難病『視神経脊髄炎』『多発性硬化症』を持つ患者さんの神経組織を使用して、ステージ(病期)ごとに浸潤する免疫細胞を病理学的手法で包括的に解析し、次の(a)〜(g)を世界で初めて明らかにしました。
(a) NMOの初期・早期活動性病変には、細胞外DNAトラップ(NETs)を示唆するシトルリン化ヒストンを持つ活性化好中球が集積する。
(b) NMOの初期・早期活動性病変には、インターロイキン(IL)-17を産生する能力を持つTH17/TC17が集積する。
(c) NMOの病変の大きさは、NETsを示唆するシトルリン化ヒストン陽性シグナル数やTH17/TC17と、正に相関する。以上から、NETsを伴う活性化した好中球やTH17/TC17はNMOの病変拡大に寄与する可能性が想定される。
(d) NMOにはステージ(病期)と関係なく、常にCD103⁺組織常在性記憶T細胞(TRM)が存在する。特に、初期・早期活動性病変には、細胞傷害性顆粒グランザイムを発現した病原性TRMが顕著となる。以上から、TRMは再発を引き起こすトリガーが作動すると、「細胞傷害性顆粒グランザイムを発現した病原性TRM」に変化することで活動性病変を引き起こす可能性が想定される。
(e) NMOの活動性病変には、炎症を制御する力を持つ調節性FOXP3⁺Treg(注8)が集積する。
(f) (a)〜(e)のプロセスは、ステージ(病期)依存的に進行し、NMOの免疫ダイナミクスを形成する。
(g) NMOの免疫ダイナミクスを制御(好中球、TH17/TC17、TRMの活性化抑止と、FOXP3⁺Tregの増幅)することで、再発を抑止し、神経を保護する新たな治療法の開発が期待される。
以上の研究成果から、「指定難病『視神経脊髄炎』で、ステージ依存性に炎症を正負に制御する免疫ダイナミクス」を概念図で示すと以下のようになります。
【概念図】
今回の成果から考えられる病態仮説を示します。�,覆鵑蕕�の発作誘発因子により、中枢神経に常在している組織常在性記憶T細胞(TRM)が細胞傷害性顆粒グランザイムを発現します。��Melanoma cell adhesion molecule (MCAM) を発現したTH17細胞が侵入し、インターロイキン (IL)-17を産生します。��IL-17に応答して、マクロファージや好中球が侵入し、好中球を活性化させます。活性化した好中球から、細胞外DNAトラップ (NETs)(殺菌蛋白であるミエロペルオキシダーゼやシトルリン化ヒストン、DNAを含む) が形成されます。�い海譴蕕砲茲蝓�血液脳関門が大きく破綻します。�ヂ腓�く破綻した血液脳関門から、アクアポリン4抗体と補体が中枢神経の中へ大量に侵入し、アストロサイトを障害します。�Ε▲好肇蹈汽ぅ箸両祿欧飽�き続き、二次的に神経軸索の腫大・障害と脱髄が起こります。��TH17と活性化好中球がさらに集積し、炎症が増幅し、病変が大きく拡大します。�┛賚△離ぅ戰鵐箸侶覯漫�異常な神経の軸索流が生じ、神経伝導が遮断され、視力の障害・手足の麻痺・しびれ感などの神経症状を来します。一方、��炎症を制御する力を持つFOXP3⁺Tregが侵入し、病巣は沈静化していきます。��病巣が沈静化した後も、TRMが残存し、次の発作誘発に備えます。このように、NMOでは、ステージ (病期) 依存的に、TRM/IL-17/好中球を軸とした免疫ダイナミクスが形成され、その基盤の上でAQP4抗体が作動することが推測されます。免疫ダイナミクスの制御 (好中球・TH17/TC17・TRMの活性化抑止と、FOXP3⁺Tregの増幅) が、再発を抑止し、神経を保護する治療の開発に繋がる可能性があります。
Ⅲ.今後の展開
今回の成果から、NMOの免疫病態を病期(ステージ)ごとに理解することが可能となりました。その結果、NMOの発作・再発を予測することが可能な血液バイオマーカーを開発できる可能性があります。血液検査で、発作・再発の予兆を捉えることで、DMTsの切り替えを含めた適切な治療法を選択することが可能となります。さらに、NMOにおいて免疫ダイナミクスを制御する新たな薬剤を開発できれば、NMOの発作・再発抑止や神経保護に有効である可能性が想定され、患者さんのQOL向上が期待されます。NMOで神経保護治療が成功すれば、他の難治性神経疾患「MS」における神経保護治療への応用も期待できます。
Ⅳ.研究成果の公表
本研究成果は、2024年4月24日、神経病理学分野のトップジャーナル「Acta Neuropathologica」(IF 12.7)(5-year IF 16.2)のオンライン版に掲載されました。
論文タイトル:Stage-dependent immunity orchestrates AQP4 antibody-guided NMOSD pathology: A role for netting neutrophils with resident memory T cells in situ
著者:Akihiro Nakajima♯, Fumihiro Yanagimura♯, Etsuji Saji, Hiroshi Shimizu, Yasuko Toyoshima, Kaori Yanagawa, Musashi Arakawa, Mariko Hokari, Akiko Yokoseki, Takahiro Wakasugi, Kouichirou Okamoto, Hirohide Takebayashi, Chihiro Fujii, Kyoko Itoh, Yo-ichi Takei, Shinji Ohara, Mitsunori Yamada, Hitoshi Takahashi, Masatoyo Nishizawa, Hironaka Igarashi, Akiyoshi Kakita, Osamu Onodera, Izumi Kawachi* (♯, equal contribution; *, correspondence)
doi: 10.1007/s00401-024-02725-x
Ⅴ.謝辞
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP20K07899、JP21K07412、JP23K06923)、厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業)「神経免疫疾患領域における難病の医療水準と患者のQOL向上に資する研究」(神経免疫班)(JPMH 20FC1030、JPMH 23FC1009)の支援を受けて行われました。
【用語解説】
(注1)視神経脊髄炎
水チャネル分子アクアポリン4を標的とする自己抗体によってアストロサイトが障害され、主に視神経と脊髄に炎症が生じ、視力の障害、手足の麻痺、しびれなどが起こる自己免疫疾患である。近年、視神経と脊髄だけでなく大脳にも炎症が生じることがわかり、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)とも呼ばれる。1回の再発で重度の後遺症を残すことが多い。
(注2)好中球
好中球は白血球のなかの顆粒球の一種で、細菌・真菌の感染部位で活性化し、細胞内の顆粒を放出することで感染を制御する。活性化した好中球のDNA・ヒストンと様々な殺菌蛋白が網状に放出される現象を、好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular trap: NETs)と呼ぶ。
(注3)TH(ヘルパーT細胞)
細胞表面にCD4分子を有するT細胞である。マクロファージ、樹状細胞、B細胞によって提示された抗原の断片を認識することで活性化し、サイトカインを分泌して他の免疫細胞の働きを調節する。ヘルパーT細胞のなかで、インターロイキン-17を分泌して好中球を誘導するものをTH17細胞と呼ぶ。
(注4)TC(細胞傷害性T細胞)
細胞表面にCD8分子を有するT細胞である。ヘルパーT細胞の指示を受け、ウイルス感染細胞やがん細胞などの異常な細胞を認識し、細胞傷害性顆粒のグランザイムなどを分泌する。細胞傷害性T細胞のなかで、インターロイキン-17を分泌して好中球を誘導するものをTC17細胞と呼ぶ。
(注5)TRM(組織常在性記憶T細胞)
細胞表面にCD103分子を有するT細胞である。皮膚、肺、腸管などの組織に常在し、病原体を認識し、サイトカインや細胞傷害性顆粒を分泌することで、速やかに感染を制御する。近年、乾癬や白斑といった皮膚の自己免疫疾患だけでなく、多発性硬化症の炎症早期にもTRM細胞が関与し、疾患ごとにTRM細胞の特徴が異なることが明らかにされつつある。
(注6)多発性硬化症
オリゴデンドロサイトを標的とした免疫応答によって、脳、視神経、脊髄に炎症が生じ、視力の障害、手足のまひ、しびれなどが起こる自己免疫疾患である。自己抗原や自己抗体は同定されていない。適切な治療をしなければ、再発と寛解を繰り返し、再発とは無関係に神経障害が進行する。
(注7)疾患修飾薬(DMTs)
疾患の原因となる分子を標的として作用することで、疾患の再発や進行を抑制する薬剤である。AQP4抗体陽性視神経脊髄炎スペクトラム障害では、エクリズマブ(anti-C5)、ラブリズマブ(anti-C5)、サトラリズマブ(anti-IL-6R)、イネビリズマブ(anti-CD19)、リツキシマブ(anti-CD20)の5つが日本国内で承認されている(2024年4月時点)。
(注8)Treg(調節性T細胞)
FOXP3⁺Treg細胞は、細胞同士のコンタクトによって自己反応性T細胞の増殖を抑え、自己免疫疾患による炎症を制御する。
【研究者のコメント】
本研究では、多発性硬化症と視神経脊髄炎の患者さんの神経病理標本を、顕微鏡を用いて解析しました。研究にご協力いただいた患者さんとご家族、治療とケアに従事された医療者の皆様に、感謝を申し上げます。この研究結果が全世界で参照され、多くの患者さんの希望につながることを願っています(中島、柳村)。
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学大学院医歯学総合研究科 医学教育センター
新潟大学脳研究所・医歯学総合病院 脳神経内科
准教授 河内 泉(かわち いずみ)
E-mail:ikawachi@bri.niigata-u.ac.jp
【広報担当】
新潟大学医歯学系総務課
E-mail:shomu@med.niigata-u.ac.jp







