アルツハイマー病における病原性タウ凝集体の形成と神経細胞生存を促進する因子の同定
アルツハイマー病(AD)は、神経細胞死、脳萎縮、記憶障害を伴う進行性疾患であり、その病態形成には、タウ蛋白質の異常凝集によって形成されるタウ凝集体が重要な役割を果たしています。新潟大学大学院医歯学総合研究科ウイルス学分野の�盒恐輊Ы擽擬�、藤井雅寛名誉教授らの研究グループは、タウ凝集体に含まれる蛋白質USP10(ubiquitin-specific protease 10)に着目しました。タウ蛋白質を発現するADモデルマウスにおいて、USP10の発現を減少させると、タウ蛋白質の凝集が抑制され、ADの進行が緩和されることが確認されました。一方、病状が進行した後期AD患者では、タウ凝集に伴ってUSP10の発現量が低下し、神経細胞死を促進することが示唆されました。USP10を神経系で欠損したマウスにおいても神経細胞死の増加が観察されました。これらの知見は、USP10がADの病期に応じて異なる作用を示すことを示唆しています。すなわち、初期ADではUSP10発現の維持がタウ凝集を促進しますが、後期ADではUSP10発現の減少が神経細胞死を加速させます。
【本研究成果のポイント】
・ADモデルマウスの初期では、USP10はタウ蛋白質量を増加させ、タウ凝集を促進する。
・後期AD患者では、USP10発現の減少が神経細胞死の増加と相関する。
・脳特異的USP10欠損マウスでは、神経細胞死が増加する。
・USP10はタウ凝集と神経細胞の生存を促進する。
・USP10がADに対する新たな治療標的として有望であることが示唆された。
Ⅰ.研究の背景
アルツハイマー病(AD)は高齢者に多くみられる進行性の神経変性疾患であり、脳萎縮と認知機能の低下を特徴とします。これらの病態には、神経細胞内における異常なタウ蛋白質凝集体、特に線維状タウ凝集体(タウ線維)が関与し、この凝集体が細胞死に関与すると考えられています。しかし、その詳細な分子機構には不明の点が多く残されています。
Ⅱ.研究の概要
先行研究において、私たちはAD患者の脳内で形成されるタウ蛋白質の凝集体に、USP10が含まれること、また、USP10が培養神経細胞の細胞死を抑制することを明らかにしました。これらの知見を踏まえ、本研究ではタウ蛋白質が大量に蓄積するAD後期段階におけるUSP10の役割を調べました。ADの進行はリン酸化されたタウ蛋白質の蓄積とその脳内での広がりに基づき、Braak I(初期)からBraak VI(後期)までの6段階に分類されます。また、ADが進行するにつれて、リン酸化タウ蛋白質が線維状凝集体(タウ線維)を形成することが示されています。私たちは、後期AD患者(Braak VI)においてUSP10の発現が低下していることを発見しました(図)。この発現低下は神経細胞死の程度と相関関係を示しました。さらに、USP10の発現低下はUSP10陰性のタウ線維の量と相関していました。USP10の発現低下にはp62(注1)と呼ばれる蛋白質の蓄積が関与していることが示唆されました。p62はオートファジーを誘導する蛋白質であり、USP10の分解を促進していることが示唆されました。これまでの研究では、タウ蛋白質の蓄積がp62の蓄積を誘導することが報告されています。これらの結果から、脳内のタウ蛋白質の蓄積がp62の蓄積を誘導し、このp62の蓄積がUSP10の発現低下につながり、最終的に神経細胞死に至る経路が推定されました。そこで、USP10の発現低下が脳神経細胞に及ぼす影響を調べるため、脳(神経系)特異的USP10欠損マウスを解析しました。このUSP10欠損マウスでは、出生前から脳内の神経細胞死が増加し、成体期(34週齢)までに脳萎縮が観察されました。これらの結果は、USP10の発現低下が神経細胞死を引き起こし、脳萎縮を引き起こすことを示しています。
次に、高度に凝集するタウ変異体を発現するADモデルマウス(注2)を解析しました。このマウスではタウ変異体が凝集・蓄積し、ADに類似した脳機能障害を引き起こし、早期に死亡することが報告されています。このADモデルマウスにおいてUSP10遺伝子を半減させると、タウ凝集体の量が減少し、マウスの生存率が向上しました。これらの結果は、USP10がマウス生体内において異常なタウ凝集を促進し、ADを進行させることを示します。さらに、USP10がADの進行段階に応じて、2つの異なる作用を示すことを示唆しています(図)。具体的には、AD初期ではUSP10の発現は維持されており、USP10はタウ凝集体の形成を促進することでADの進行を助長します。一方、AD後期ではUSP10の発現が低下し、この発現低下が神経細胞死を促進し、ADの悪化に寄与すると考えられます。
要約すると、本研究はUSP10がタウ凝集体の形成と神経細胞の生存の両方に関わることを示しており、将来的にADに対する新たな治療標的となり得ることを示唆しています。
Ⅲ.研究の成果
ADは、日本のみならず世界的に最も有病者数の多い認知症です。しかしながら、現在までにADに対する根本的な治療薬は確立されていません。本研究は、USP10が新たな治療標的として有望であることを示唆しています。
Ⅳ.今後の展開
ADの後期段階において、USP10の発現低下が神経細胞死を引き起こします。私たちは、ADにおける神経細胞死を軽減することを目的として、USP10の量を増加させるか、あるいはその機能を活性化させる薬剤の開発を目指しています。
Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2025年12月8日、科学誌「Molecular and Cellular Biology」誌に掲載されました。
【論文タイトル】Dual Regulatory Roles of USP10 in Tau Pathology and Neuronal Fate During Alzheimer’s Disease Progression
【著者】Masahiko Takahashi, Hiroki Kitaura, Asa Nakahara, Akiyoshi Kakita, Keisuke Watanabe, Taichi Kakihana, Toshifumi Hara, Yoshinori Katsuragi, Manami Yoshita-Takahashi, Sergei Anisimov, Takayuki Abe, Masahiro Fujii
【doi】10.1080/10985549.2025.2575950
Ⅵ.謝辞
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(19H03432、23K24091)、武田科学振興財団・医学系研究助成(基礎)、大樹生命厚生財団・医学研究助成、日本医療研究開発機構(JP21wm0425019、24zf0127012)などの支援を受けて行われました。
【用語解説】
(注1)p62:細胞内で「掃除屋」として働く重要な蛋白質であり、「オートファジー」と呼ばれる仕組みを用いて、細胞内の不要な蛋白質、有害な蛋白質、損傷した細胞小器官を分解します。
(注2)ADモデルマウス:ヒト由来のタウ変異体を発現するマウスであり、AD患者に見られるものと類似した脳病変や認知障害を再現します。そのため、ADの分子メカニズムや薬の有効性を評価する研究で広く利用されています。
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学医歯学総合研究科ウイルス学分野
准教授 �盒供_輊А覆燭�はし まさひこ)
E-mail:masahiko@med.niigata-u.ac.jp
【広報担当】
新潟大学医歯学系総務課
E-mail:shomu@med.niigata-u.ac.jp







